黄昏の国立大学【小松泰信・地方の眼力】2024年9月18日
東京大学は9月10日、授業料改定案と学生支援拡充案を公表した。
東大の授業料改正案
東大新聞オンライン(9月10日付)によれば、東京大学は「全学の諸会議に諮る案」として、学士課程は2025年度から、修士課程は2029年度からそれぞれ現在の授業料を20%増の64万2960円に改定する一方、授業料全額免除の対象を現行の世帯年収400万円以下から600万円以下に引き上げること。博士課程の授業料は据え置き、外国人留学生については、免除判定に関する制度が日本人学生と異なるため、現行の制度を維持すること、などを公表した。
授業料の改定は、教育学習環境を持続的に改善するためのもので、①学修支援システムの機能強化をはじめとする学修環境の整備、②TA(ティーチング・アシスタント)の処遇改善や施設の維持など学修基盤の強化・充実、③図書館機能の強化など専門分野を超えた学術資産活用の強化、④各種バリアフリー強化やメンタルヘルスケアの充実などインクルーシブキャンパスの実現、⑤留学のための奨学金などグローバル体験等の強化・拡充、などに活用するそうだ。
なお朝日新聞デジタル(9月10日21時04分)は、値上げの背景に「東大生には裕福な家庭の出身者が多いという事情もある」ことを次のような内容で伝えている。
―東大が21年度に実施した調査で、世帯収入が「950万円以上」と答えた学生は54%。子どもを中学受験の塾や私立の中高一貫校に通わせてきた世帯が多く、値上げの影響は限定的との見方もあった。それでも14%は、年収が450万円未満の学生だ。大学生のきょうだいがいると、ある程度の年収があっても家計が厳しい世帯もある。学生や教員は「値上げによって東大に通えなくなる人がいる」などと反発した―
国立大学の貧困な財政事情
東京新聞(9月11日付)は、国立大学が人件費などに充てる運営費交付金が、国の財政難などの理由で縮小傾向にあることを伝えている。2024年度は総額1兆784億円で、国立大学が法人化した04年度比13%減。東大に関しては、900億円以上あった交付金が800億円台前半までになっているとのこと。寄付金や企業との共同研究などを通じた資金確保を文部科学省が促してきたが、「大幅な収益増につながるモデル構築には至っていない」とする。
授業料改定に関する多様な反応は、次の通りである。
「支援からこぼれ落ちる人が出るのではないか。授業料増は進学の機会を奪う」(東大生)
「授業料を上げても非難されにくい状況になる。波に乗じたい」(他の国立大学幹部)
「学生の流出につながりかねない。自分の大学でできるかは話が別だ」(地方大学長)
「劇的な改善策を打ち出さないと、根本的な解決にならない」(別の学長)
また、法人化は競争原理の導入を狙いとするものではあったが、「財政面は不安定になり、研究力の低下を指摘する声もある」ことを伝えている。
奪われる高等教育を受ける機会
「国立大学が授業料を値上げして、さらなる私費の負担を求めることは、教育を受ける機会を奪う恐れがある。公費による支えの拡充こそが欠かせない」で始まるのは信濃毎日新聞(9月12日付)の社説。
国立大の授業料は2005年度以来、標準額が53万5800円に据え置かれ、各大学の判断で2割まで増額できるが、引き上げたのは全国86校のうち首都圏の7校にとどまっているとのこと。しかし、法人化以降、国からの運営費交付金が減額され続けたことに加え、物価高や円安で経営が逼迫していることから、東大に追随する動きが広がる可能性があることを危惧している。
そのうえで、「国立大は、授業料を比較的低く抑えることで、高等教育を受ける機会を保障してきた。値上げは、家庭の経済状況による機会の格差を広げかねない。世帯収入に応じて授業料を減免する制度を拡充しても、補うには限りがある」とする。
加えて、国際人権規約が、高等教育の漸進的な無償化を定めていることから、「授業料を値上げするのは、締約国としての責務に背くことでもある」と指摘する。
さらに、日本は高等教育への公的支出の割合が、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均を大きく下回っていることから、すでに「それだけ家庭や学生自身の負担が大きい」ことを訴える。
これらから、「必要なのは、公費支出によって私費負担の軽減を図ることであって、あべこべに負担を増やすことではない。政府は果たすべき役割を見誤ってはならない」と厳しく注文を付ける。
この道は「誰そ彼」国家へと続く
毎日新聞(9月14日付)は、研究の質、国際性、産業界への貢献などを総合評価する英誌のランキングで、東大と京大だけしか100位以内に入っていないことから、「近年、日本の大学の実力低下が著しい」と慨嘆し、「社会保障や気候変動対策などの難題が山積している今こそ、人材育成を担う大学の機能強化が求められている」として、「大学の運営を持続可能にするためにも安定的な財政基盤が欠かせない。学生に過度な負担をかけず、政府や産業界が支える仕組みを考えていく時だ」と提言する。
内田樹氏(思想家・神戸女学院大名誉教授)は、「『複雑化の教育論』をめぐるロングインタビュー その1」(2022年6月6日)で、「日本では、この10年間の政治家たちの知的劣化は目を覆わんばかりです。深い教養を感じさせる政治家の言葉というものを僕は久しく耳にしていません。逆に、知性にも教養にもまったく敬意を示さない政治家たちが教育についてうるさく発言している。その結果、日本の高等教育は先進国最下位に向けて転落し続けています。そのことに切実な危機感を持たないと日本という国にはもう先がないと思います」と憂慮の念を示している。
1997年から22年間国立大学で教育と研究に携わり、法人化の前後を経験した者として、予想された悲観的シナリオを予想以上の速さで進んでいる、という感想しかない。この流れに棹をさしているのは、「知性にも教養にもまったく敬意を示さない政治家たち」と、連中に忖度し一緒に劣化していく文部官僚と国立大学の幹部たち。
これだけメンツが揃えば、国立大学が黄昏れるのも当然のこと。「魚は頭から腐る」の例えになぞらえれば、名ばかり最高学府の黄昏はこの国の教育全般の黄昏となる。その時、わが国は諸外国から敬意を払われることなく、「誰そ彼」と黙殺される。
「地方の眼力」なめんなよ
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