(403)江戸の起業家:与兵衛【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年9月27日
イノベーションを起こす起業家はいつの時代にもいます。今では当たり前の多くのことも、最初は誰かが一歩を踏み出したからこそ全く異なる形で広く普及した訳です。
日本発でグローバル化したものの代表例は「寿司」であろう。インスタント・ヌードルも負けてはいないが、今後、寿司に匹敵する時間を生き残るかどうかはまだわからない。
渡辺実『日本食生活史』を見ると、いわゆる寿司(鮨・鮓)の歴史は古く、上方と呼ばれた京阪地方にそのルーツがあるようだ。ただし、上方では基本的に押しずしが中心である。大分類としては、これ以外にも巻きずしや、現代のちらしのように飯の上に様々な具材を並べたこけらずしが伝えられている。
また、江戸時代の関東人にとって寿司は上方文化のひとつであり、江戸に独立した寿司屋が登場したのは貞享年間と考えられてたようだ。
そう聞いても現代人はピンとこない。後に徳川幕府の8代将軍吉宗が生まれたのが貞享元年(1684年)であり、貞享の次が元禄となる。今から300年以上前の話である。
さて、これも同書によるが、時代をさらに下り文政年間(1818-1831年、元号は文化の後、天保の前)に、江戸のすし屋、与兵衛という人物がいた。当時の江戸の押し寿司の中に、早酢と呼ばれるものがあった。これは酢を入れた飯の上に魚などの具材を載せ桶に入れ、時間をかけた押し寿司である。
与兵衛は、八百屋の子供として生まれ、その後は道具や菓子などを売るなど様々な仕事を経験する中で、商売感覚を身に付けていったのであろう。途中で茶道を習得するなど、向上心も高かったようだ。先に述べた早酢を少し改良して、毒消しかつ風味を引き立てるために山葵(ワサビ)を入れた。さらに、当時はそれほど食べられていなかった芝エビを安価で仕入れ、屋台で良いお茶とともに販売したところこれが受けた。
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当時の江戸の人々には「粋」であり映えたのであろう。現代に置き換えれば、流行りのカフェでプラスチック容器のドリンクを飲みながら、洒落たパソコンを広げているようなものである。これが江戸の寿司の大きな原型になった。
上方から既に入っていた文化である押しずしを基本的な素材として選び、山葵という要素を新たに加え、売り方は屋台という移動方式、茶道の知識を活かし良いお茶を一緒に提供、食べ方も握りという新しい形のファストフードとして販売する。見事なものだ。
1799年生まれとされている与兵衛が寿司店としての「華屋」を出したのは1824年、25歳の時である。酢飯に山葵を聞かせること自体はそれ以前から存在したようだが、現代の寿司に近い形で「粋」で贅沢な寿司を考案したため、与兵衛は後世に残る寿司の考案者として名前を残した訳だ。
良いことばかりではない。一時代を築いたものの、与兵衛40代以降の天保年間になると、世の中は大きく変化する。凶作と飢饉、物価高騰などから世にいう天保の改革が始まる。その中で、質素倹約が是とされたため、贅沢な寿司を振る舞う与兵衛は投獄されてしまう。江戸前握り寿司の考案者としては複雑な気持ちだったのではないだろうか。
1858年、世間は安政の大獄で騒然となった。与兵衛はその後に続く新しい時代を見ることなく江戸の寿司の形を後世に残して世を去っている。
なお、現代では、大手外食チェーンのゼンショー・ホールディングスが和食のファミリーレストランを「華屋与兵衛」というブランドで首都圏1都4県に展開している。メニューブックの屋号の由来を見ると「時代に合わせた新たな和食の価値を創造・開拓していくことを目指し」と記されている。さらに、今や寿司はSUSHIとして世界で愛され食べられている。与兵衛がここまで発展した寿司を見たらどう思うであろうか。
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JR総武線両国駅から徒歩5分程度のところに「与兵衛すし跡」の説明版があります。一度、ゆっくり界隈を歩いてみたらいかがでしょうか。
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