【浜矩子が斬る! 日本経済】「二つの『明るい話題』に思う」 疾走型経営の歪み心配2024年10月18日
この間、二つの報道が目についた。その一が、日本の賃金上昇が中堅世代にも広がっているということだ。その二は、製鉄大手の日本製鉄の収益力が世界の中で群を抜いて高まっているという話だ。その一もその二も、めでたいと言えばめでたい話題だ。だが、本当にそうか。
エコノミスト 浜矩子氏
まず、ミドル世代に賃上げの恩恵が及んでいるのは、御多分に漏れず人手不足のためだ。ふと気づけば、多くの企業が中堅社員不足に当面している。2000年代に入る時期に、いわゆる「氷河期世代」の採用を絞り込んでいたからだ。管理職が足りない。今、40歳~50歳代を迎えている人々を、四半世紀前に採用しなかった。
経営力が改めて問われる局面にさしかかったところで、専門知識も豊富で経験豊かなベテラン社員が不足しているのである。そこで、慌てて転職市場に乗り出し、役職定年間近の人材をゲットしようとしている。転職意欲を駆り立てるために、年収アップにつながる条件を必死で提示しているのである。
いわゆるスタートアップ企業も、ミドル人材の確保に奔走している。若手のエンジニアは一通り集めた。だが、これまたふと気がつけば、彼らをマネージしてくれる幹部社員がいない。財務経理が解かるベテランがいない。財務諸表が読める中堅がいない。人事管理ノウハウの蓄積豊富な人材が欠如している。新興企業の焦りも大きい。
かくして、なんといまや、氷河期世代が引く手あまたの人気者となっているのである。これは、確かに喜ばしいことだ。なんら展望が開けず、労働市場の縁辺部に追いやられていると悲観していた人々が、主役の座に返り咲いている。大いに結構な展開だ。だが、手放しで喜んでばかりいていいのか。どうも、釈然としない。今日の人手不足は、いわば企業の自業自得だ。サバイバルのために致し方無かったとは言え、氷河期世代を切り捨てた。冷たい仕打ちをした。それを、今度は「手の平返し」で追い求める。それが経営だといえば、それまでだ。経営者たちの必死の思いも解かる。だが、こういう調子だと、次の「手の平返し」がいつ何時また来るか解らない。
スタートアップ企業たちのミドルかき集め作戦についても、同様だ。今は血眼になってベテラン社員の争奪戦を繰り広げている。だが、ひとまず落ち着いてみれば、上が重すぎる組織構造になっていたりしないか。そして、今度は慌ててトップ層削りに走る。そんなことになりはしないか。
日本的経営は、その長期的視野が特徴だったはずだ。グローバル競争の時代となった今どき、そんな時代錯誤的なことを言っていたのでは拉致が開かない。スピードが全て、柔軟対応が決め手。そういうことなのだろう。だが、こういう疾走型経営は、経済構造の中に大きな歪みを産みつける。歪みは歪みを生む。こうしてバランスが崩れると、経済活動は人間を幸せに出来なくなる。2000年代に入ってからの日本経済は、この崩れたバランスに小突き回されて、幸せを生み出せない経済になってしまっていたのではないか。
日本製鉄の抜群高収益についても、同様の疑念を抱いてしまう。何しろ凄い。2024年4~6月期の日鉄は、粗鋼生産1トン当たり利益が欧米や韓国の2倍を超えた。同社が買収を仕掛けているUSスティールに比べれば、その利益は3倍に達する。
この偉業達成の要因は、スピーディーな構造改革だったという。需要減少が深刻化する前に、高炉を閉鎖した。損益分岐点の大幅引き下げを実現した。ご立派だ。だが、この苛烈な「稼ぐ力」増強作戦の背後でどんな不幸が発生して来たか。先端を走っていたつもりが、ふと気がつけば、一転して遅行していたということにならないか。疾走は、転んだ時のダメージが大きい。大企業が大怪我をすれば、人々が悼む。この先、どうなることやら。
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