学校教育に未来を託す【小松泰信・地方の眼力】2024年11月27日
前回の当コラムでは、攪乱候補者やSNSに惑わされない有権者を生み出すために、「主権者教育」を初等教育の段階から取り組むことを提起した。しかし教育の現場からは、「余計なこと言って仕事を増やさないでくれ」との声が上がりそうだ。
先生がいません!
「2024年(令和6年度)全国公立学校教頭会の調査〈緊急課題に関する速報〉」(調査対象: 全国公立学校教頭会全会員、調査期間:2024年6月~7月、回答率及び回答者数:79.53%・21,794人)によれば、23年度当初の教員配置で定員を満たさなかったのは、小学校で12.3%、中学校で12.2%。出産や育児に伴う休暇や、療養などによって年度途中に生じた欠員を埋められなかった学校は小学校で9.0%、中学校で7.0%だった。
前年度と近似した値であることから、「約2割の学校で一年間に欠員が生じている時期があったということになり、危機的状況が続いていると言える」と記している。
また、24年度始業式時点で学級担任不在の小・中学校は2.5%。これについても、「学級担任がいない中で学級開きが行われている。児童生徒、保護者は不安な気持ちで新年度を迎えているのではないか。(中略)年度初めをとりあえず乗り切るための対応が改善することなく、さらに年度途中で学級担任の不在が増加しているのであれば、たいへん危機的な状況であったと思わざるを得ない」と、危機感を増幅させている。
教育実習で思い知る現場の勤務環境
「現場の教員が足りないだけでなく、新しく教員になろうとする若者が減っている状況も深刻です」として、小学校教員時代の経験に基づきながら、学生たちの希望と教育現場の労働環境とのギャップ、そして改善策について、『週間SPA!』(11月25日8時53分配信)で開陳しているのは、あや氏(勤続10年の元小学校教員で、現在は民間企業人事部に勤務)。
今年度の東京都における小学校教員採用試験の倍率は1.2倍。倍率が1倍台の自治体は決してめずらしくない。例えば、北海道は1.5倍、鹿児島県は1.2倍。さらに、教員採用試験を合格しても、その後辞退して民間企業の内定を承諾する学生もいることから、採用予定数をクリアできない自治体が出てくるそうだ。
「かつては人気の職業と言われていた教員ですが、どうしてこのような事態になってしまったのでしょうか」と問いかける。
そして、「教育実習に行くと、気づくのです。『こんなに大変なんだ...』と。授業準備はもちろん、児童指導、保護者対応、膨大な事務処理・会議の数々...現在の教育現場は多忙を極め、教員に大きな負担をかけていることは明白です」と、教員職の大変さに言及する。
たしかに、SNSに投稿された現場の教員の悲痛な叫びを見れば、教師を目指す熱き心も冷めていくこと間違いなし。
「教員は未来を育てる仕事」のはず
さらに、「教員採用試験の合格を辞退し、民間企業の内定を承諾するケースが増えています。民間企業の働き方の柔軟性やキャリアパスの多様性、給与や福利厚生、そして労働環境の魅力が背景にあります。特にリモートワークやフレックスタイムの導入が進んでいる企業では、働き方の自由度が高く、それが若い世代に支持されているのです」と明快。
「民間企業も、一部の大企業を除き人手不足の問題を抱えているので、広告費をかけ、基本給の高さや福利厚生、働きやすい職場環境をアピールして優秀な学生を獲得しようとしています」と続けて、「教員を選ぶ学生が減るのも必然」と断じる。
学生の教員離れを防ぐには、「『労働環境の改善』と『適切な残業代支給』しかない」が結論。
「やりがいがあることなんて、みんな分かってるんですよ。日本の未来を育てる仕事なんですから。やりがいのアピールではなく、学生や候補者が思わず『教員になりたい!』と思えるような施策を考え、自治体ごとアピール競争をしてほしい」と訴える。
教育現場の疲弊がもたらすもの
『サンデー毎日』(12月8日号)の「合格辞退、離職...教員不足深刻化 教員たちが語る現場の惨状」という記事でも、「教育現場では、労務管理の意識が一般企業に比べて低い。教育委員会、管理職、そして現場で働く教員自身すら、現場の労働環境を変えようとする意識がありません。この状況が今後も続けば、教員志望者の減少傾向はますます加速し、人手不足による教員の多忙化や、教員の質の低下に拍車がかかることは間違いありません」という、学校以外の組織への転職経験を有する公立高校元教員の声を紹介している。
この教員経験者の予言通りに、現場の労働環境が改善されず、教員の多忙化や、教員の質の低下に拍車がかかった、その結果がわれわれにもたらすものは何であろうか。その答えのヒントを、「国立の旧帝国7大学や早慶大といった難関大の合格者に占める東京圏(埼玉、千葉、東京、神奈川)の高校出身者の割合が、ここ15年で急増している」から始まる同誌の「難関大で東京圏の合格者が急増 広がる格差、背景に受験熱の高まり」という記事が教えている。
「難関大で東京圏の合格者が急増」している背景として、「学習指導要領の改定により、公立学校では02年度から『ゆとり教育』が本格化。だが、進学に熱心な保護者の間で学力低下への危機感が高まり、東京圏では私立中高一貫校などを受験するトレンドが生じ、国私立高では大学合格実績が向上している。また、東京圏は、塾や予備校のサポートも手厚い」と、「ゆとり教育」を契機とした中学受験熱の高まりであることを指摘する。
「地方から難関大に挑戦しづらくなり、受験機会と受験結果の双方で格差がさらに広がる恐れがある」とコメントを寄せるのは、教育を巡る格差に詳しい松岡亮二氏(龍谷大准教授・教育社会学)。
風土と歴史に根差した学校づくり
ここでは、あくまでも「受験」における格差の拡大が指摘されているが、当然社会や地域間の格差拡大にまで波及することは容易に想像される。公立の学校教育の劣化が、受験産業を肥大化させることで、富める者、富める地域はますます富み、貧しき者、貧しき地域はますます貧しくなっていく可能性は大。
そうならないためには、志ある教員の充足を大前提とした上で、東京圏の教育環境を模倣するのではなく、学校教育に地域の未来を託し、地域の風土と歴史に根差した、その地域ならではの学校づくりから始まる「学びの世界」の構築を目指すことだ。
「地方の眼力」なめんなよ
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