(414)「きな臭さ」に対する感度【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年12月13日
12月も半ば、学内で走る同僚を見る季節です。さて、世の中、少しきな臭くなってきたようです。
大学の定例のゼミで少し国際情勢について雑談をした。ちょうど19~20世紀のビジネスの流れを話していたため、テーマとしては昨今の情勢は実にタイムリーである。
まず、米国における鉄鋼業の成立と言えば、カーネギーやモルガンらによるUSスチールの話題を避けては通れない。この会社、元々の設立は1901年であり、20世紀前半の米国ビジネスの根幹を支えた企業である。経営史の中では有名だが、日常生活には余り関わり合いがなく、多くの学生にはあくまで教科書や授業の中での話...のはずであった。
それが、昨年来の日本製鉄による買収の動きにより一挙に身近なものとなった。19世紀後半から20世紀前半の米国ではいわゆる大企業体制が確立した。ところが1930年代以降の世界的な大不況の中で連邦政府の関与が高まり、それが独占禁止政策の強化という形で現れる。1945年のアルコア判決や、その後のクレイトン法改正などである。
話を現代に戻すと、日本製鉄によるUSスチールの買収にバイデン政権が安全保障上の理由から「待った」をかけた。現代社会では鉄は純粋な鉄としての使用だけでなく、様々な金属と混ぜ、各種合金の形で航空機・船舶だけでなく多くの軍需用品や日用品が作られている。その大元を外国資本に買収されることに対する現実的反応と心理的反応が同時に出てきたものであろう。
実際、日本製鉄が掲載している「主要鉄鋼企業-粗鋼生産上位30社」のリスト(日本製鉄ファクトブック2021)を見ると、1位の中国宝武鉄鋼集団以下、30社中17社が中国企業である。この時点では30社の中に米国企業は1社のみであり、それもUSスチールではない。
また、2023年の日本の普通鉄鋼財仕入れ先を見ると、総量470万トンのうち、韓国(295万トン)、台湾(86万トン)、中国(79万トン)で98%を占める(「2023暦年鉄工輸出入実績概況」一般社団法人日本鉄鋼連盟)。日本の鉄鋼輸入という面で見れば、ほぼ全量が韓国・台湾・中国である。ちなみに上位30社の中に韓国は2社、台湾は1社、そして日本は2社である。
粗鋼生産量という統計で見れば当然なのかもしれないが、米国の立場で冷静にこうした状況を眺めると、今回の買収はまた異なる姿に見えるのではないだろうか。そのあたりの感度はどうも同盟国の日本人は鈍い可能性がある。
同様な視点として、世界地図を全体として見れば、中東ではシリアのアサド政権が崩壊したと同時に、イスラエルは迅速な行動を起こしている。ユーラシア大陸の中央ではロシアとウクライナの戦闘が継続している。そして、東アジアでは韓国の政権が大混乱に陥っている。この状況の中で、駐韓米国大使が韓国政府の上層部に面会し、朝鮮半島有事の際に「我々は誰と話し合うべきなのか」と大統領が韓国軍の統帥権を行使できるかどうかについての懸念を表明し、その上で外交消息筋の話として、「米国は、韓国の軍統帥権が事実上空白状態にあるとみている」と伝えている(朝鮮日報2024年12月11日)。
農業・食料問題だけでなく現代の日本は、世界各国との心理的な友好関係だけでなく、物理的な友好関係、つまりモノの動きが順調であることが大前提である。国際的な物流が少しでも滞れば、それは即座に欠品や価格高騰につながる。グローバルな世界の動きが、目の前のローカルな生活に直接影響を与えかねない。全てがつながっていると理解した方が良い。
* *
壁の世界地図を見ながら、しばし学生達とどこで何が生じているかを議論しました。「きな臭さ」が単なる懸念であることを望みます。
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