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「国賊」と「下剋上」【小松泰信・地方の眼力】2025年3月19日

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「文科大臣は『国賊』だ」と、中央教育審議会(以下、中教審と略。文部科学相の諮問機関)委員の任命に関連して痛烈な批判をしたのは丸山達也島根県知事。「高額療養費制度」の負担上限額引き上げ案についても、「少なくとも提案されたということだけでも国家的殺人未遂だ」と政府を批判した方。

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なぜ島根県知事は憤るのか

 毎日新聞(最終更新3月14日、17時25分)によれば、丸山知事の発言は3月12日の定例記者会見でのもの。
 発端は、24年3月の中教審特別部会で、国立大の授業料を現在の約3倍となる150万円程度に引き上げることを提唱した、慶応義塾長の伊藤公平氏が10日付で中教審の新たな委員に任命されたこと。
 この任命について「物議を醸した人を中教審の委員にするのは、国立大の授業料を引き上げる宣言をするのと同じ」と指摘。私立大がない県内の状況に触れ、「地元の島根大ならばそれほど仕送りをせずに、なんとか大学を卒業させられるという選択肢が残されている。国立大の授業料を3倍にすることは、その道を閉ざすことだ」と憤った。
 丸山氏は、伊藤氏が国立大授業料値上げ発言をした後の記者会見でも「慶応大は150万円で余裕でやっていける。それでも(進学を)望む人たちがいるのは現実だが、対応できない人が日本社会にどれだけいるのか想像力がない」と猛反発した。
 専業農家の長男で裕福な家庭ではなかったが、授業料半額免除の措置を受けて東京大に進学した経験からの憤り。
 「私は国立大に行かせてもらえる道を社会に作ってもらったから、県知事という仕事をやらせてもらっている。(授業料を)3倍にさせられる時代に生まれていたら、同じ人生を歩めない」と語った後、「そういうことを言う人を中教審の委員にわざわざ任命しようという文科大臣は『国賊』だと思う」と語気を強めた。さらに、国立大の授業料引き上げに言及し、人口減少対策や子育て支援とは正反対、「アクセルを踏みながら、ブレーキを踏んで、サイドブレーキも踏んで、スピンを起こして、ガードレールを突き破って崖の下に落ちていく。そんなことをしている」と表現した。

広がる自治体による奨学金返還支援制度

 日本経済新聞(3月15日付)の1面は、「日本学生支援機構の調査では、大学学部生の55%が何らかの奨学金を受給している。労働者福祉中央協議会によると、同機構からの平均借入額は300万円を超えており、社会人になってからの負担が重いと感じる人は多い」ことから、大学時代などに借りた奨学金の返還を肩代わりする自治体が増えていることを伝えている。
 2024年度において、全体の半数近い816市区町村が支援制度を設けており、5年間で倍増したそうだ。
 内閣官房の調査によれば、24年6月1日時点で奨学金返還支援制度がある市区町村の割合が最も高いのは、山形県の100%。これに秋田県と富山県が80%で続いている。
 山形県は県内市町村と支援額を折半する制度を15年度に始めた。卒業後に県内で居住・就業すれば最大124万8000円を給付する。24年度までに300人以上が支援を受ける見通し。吉村美栄子知事によれば、「進学と就職時の人口流出が大きく、将来を担う若者が1人でも多く地元に戻って定着してほしい」とのこと。
 鶴岡市は山形県との共同支援に上乗せして、四年制大学の場合で最大201万6000円を給付。卒業後に市内で就職してから3年以上経過した人を対象に、奨学金の返還分に相当する金額を10年間にわたって分割支給するそうだ。これまでに60人以上が市内企業に就職した。
 皆川治鶴岡市長は、「県内最高水準の支援額にしたことで利用者は明らかに増えた」「今の若い世代は昔よりも地方への関心が高い。若者が何を望んでいるかをしっかり把握して地方回帰の流れを強くしていきたい」と語っている。
 静岡県伊東市は医療・介護の専門人材確保に向け、地元出身者以外も対象とした奨学金返還支援制度を20年に導入。看護師などの資格を持ち、同市に居住・勤務することを条件に月2万円まで最長10年間支給。これまでの利用者は50人以上。新潟県出身でこの制度を使って伊東市民病院に就職した管理栄養士は、「伊東市の支援が最も充実していたのが決め手になった」と語っている。同院には10人以上が支援策を活用して就職している。
 ブリの養殖が盛んな鹿児島県長島町は地元の信用金庫と連携し、16年から最大500万円を借りられる「ぶり奨学金」を始めた。高校がなく中学卒業後に地元を離れる子どもが多いことから、「奨学金」は高校生や大学生らが対象。利子は町が負担し、卒業後10年以内に同町に戻って暮らせば元金の返還もいらない。出世魚のブリにちなんだ名称で、23年度までに300人以上が利用している。なお当コラムが電話で確認したところ、利子も元金も「ふるさと納税」を活用しているとのこと。

人口流出抑制効果に期待

 同紙は1面だけではなく、全国の地域経済面においても、各地域での興味深い取り組みを紹介している。2事例のみ紹介。
 日本屈指のスノーリゾート、長野県白馬村では基幹産業である観光業を担う若者のUターンを促す奨学金返還補助事業を19年から続けている。白馬高校の卒業生が対象で、23年度は5人が利用した。「白馬村の未来を担う国際観光人材育成事業」は白馬高校を卒業し大学などに進学した後、村内に住み観光関係の事業所に就職した人の奨学金返還を一部補助する。企業版ふるさと納税を活用した「ふるさと白馬ひとづくり基金」で運用している。
 和歌山県紀美野町は、23年度に30歳未満の町内定住者を対象に「奨学金返還助成事業」を始めた。大学や短大を卒業した町内就業者に年間24万円を上限に補助。町外で就業している場合は12万円を上限に半額補助。支援を受けたのは23年度が20人で、うち町内就業者は5人。24年度は25人で、うち町内就業者は9人の見込み。同町まちづくり課は「就業したばかりの、特に子育て世代の負担を減らし、町内での定住を後押ししたい」と話す。

下剋上の道

 『サンデー毎日』(3月30日号)において髙村薫氏(作家)は、「限りある予算はまず、経済的理由で十分な教育を諦める子どもたちの支援と、公立校の底上げのために使ってほしい。学校で地道に育まれた基礎学力は、近年低下が著しい大学の研究力を支え、盛り返す力となる。未来は子どもたちの学力にかかっているのである」と記している。
 学力を付けるにはカネがかかりすぎる。学力を武器とした下剋上の可能性は限りなく乏しい。貧しき者はますます貧しく、裕福な者はますます裕福に。拡大する生活格差。裕福な「国賊」どもには期待せず、貧者、弱者で下剋上の道を作るしかない。

 「地方の眼力」なめんなよ

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