始まった「老人ホーム」の暮らし【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第333回2025年3月20日
今朝(3月19)朝、目を覚ましたら、6階の窓から見るビル街は雪だった。私たちたち夫婦が東京の「老人ホーム」に入所すべく上京した一週間目(3月5日)の朝にも淡雪が降ったのだが、これは「これは私達への天からの贈り物、『名残雪』だね」と家内と笑ったものだった、そこにまたもや雪のプレゼントだ。私たちがいかに名残を惜しんでいるかを知っている天が同情してくれたのだろう。仙台でも珍しい3月の名残雪を二度も贈ってくれたのである。
もちろん単なる地球温暖化の一現象でしかないし、「いま春が来て 君はきれいになった」(注)わけでもない(それどころか「醜くなっている」)のだが、長いこと生きているといろんなことがあるものだ、私たち夫婦にとっては前回も言ったように生まれ育った東北を去って東京に来ての介護施設・「老人ホーム」生活が始まったこともそのうちの大きな一つだ。
それからもう3週間を経過してしまった。
と言っても、一ヶ月にも満たない期間、にもかかわらず私には何ヶ月も経ったように、それどころか長い夢を見ているように思われ、それどころが私の頭脳の時間・空間が歪んでいるのではないかと不安にも感じさせられており、何とも不思議な気持ちでいる。
ところで、私が「老人ホーム」なるものに初めて接したのは、昭和の終わり(1980年)頃、宮城県北の農村地帯のある町でだった。
昔からある町営の老人ホームを新改築したいのでご意見を伺う会議を開きたい、それに参加してもらいたいという話しが来たのである。その道の専門家でも何でもない私がなぜと思ったのだが、農村地帯の施設だから建築・医療福祉関係者ぱかりでなく農村問題に詳しい農業経済関係者にも参加してもらおうということだったのだろう。そしてまた高齢化時代が始まっていたからなのだろう。
でも私は専門家ではもちろんないし、まったく建築・福祉無知なのだから、あまりお役に立たなかったと思う。でも私には勉強にはなった。
それはそれとして、ショックを受けたのは、木造の古びた施設、そしてその建物の中の異様な臭気(カレー臭ならぬ加齢臭)だった。自分も年をとったらあんな臭いを発するようになるのだろうか、こんな施設に入るのだろうかと思うと憂鬱になり、なるべく思い出さないように、臭い物には蓋をしてこれまで生きてきた。
その私も、あれから半世紀弱、とうとうその蓋を開けなければならなくなった。「老人ホーム」のお世話になることになったのである。
ただし、それはかつて見た老人保健施設(公的な施設)ではなく、民間の事業者が運営する施設「有料老人ホーム」であり、「概ね60歳以上」の高齢者が入所して、食事の提供、入浴・排泄・食事の介護、洗濯・掃除等の家事、健康管理、機能訓練(リハビリ・レクリエーション)などのサービスの提供を受けられる施設ではあるが。
当然高額、仙台の自宅を売却し、老後の蓄えをはたいて入ることにした。「老いては子に従え」、東京に住む娘と息子夫婦、孫たちが私たち夫達を思いやってくれる気持ちにしたがわないわけにはいかなかった。
こうして入所した東京郊外のある町にある住宅型有料老人ホーム、その最上階の6階の2部屋・台所・浴室・洗面所、その「家」の外には広いベランダがある(鉢植えなどもおけるし、子どもや孫たちは夏になったらここでビアパーティをやろうかなどと話している)。
食事は三食有料で食堂で提供してくれるが、私たちの場合は朝食のみをそこにお願いして食べ、昼は外食もしくは残り物で室内で食べ、夜は近くのスーパーやコンビニ、惣菜専門の小さな店などから買ってきた野菜や魚肉を家内が今まで通り室内で調理し、私が缶ビール一本(冬期は熱燗日本酒一合)を晩酌した後、ご飯を食べることにしており、とくに不便はない(東北の新鮮な野菜や魚介類が少ないのは不満だが)。
しかし、6階の部屋からの眺望はあまりよくない。一面ビルが林立していて、田畑や山々などほとんど見ることがてきないからだ。
その昔は桑畑が一面広がっていたとのことだが、今はその面影はまったくなし、1980年代から大手デベロッパーによる宅地開発が行われ、多数の都営住宅、民間のマンション群などの中・大規模集合住宅がひしめいている。
私の住む施設の斜め向かいなどには12階建てのビルが建っており、最上階には「サービス付き高齢者向け住宅 入居者募集中」、「入居相談実施中」のでかい看板が据え付けられている。どうも私の住もうとしている町は働く場のなくなった高齢者の住む町、流れ込む町、「現代姥捨て山」になりつつあるらしい。
などと言ったら昔からこの町に住む人に怒られるかもしれない。
私の住む施設から30mくらい離れたところには小学校があり、グランドで遊ぶ子どもの声が時々聞こえてくる、子どももたくさんいる賑やかな町だからだ。
どうも私は小学校についているようだ。山形の幼い頃は家から小学校の玄関まで50mもなし、仙台の家は100mくらいしか離れていなかったからである。小学校の近くで生まれ、その近くで死ぬ、私の死に場所はここ、小学校の近くになったようだ。
店もたくさんあり(飲み屋も)、公園等にも恵まれている。と言ってもすべて見ているわけではないが。
それにしてもこの一ヶ月間は忙しかった。引っ越しの荷物の整理(まだ完全に終わっていない)、住民票・健康保険証等の異動を初めとする諸手続き、新しい病院を探しての治療の再開、買い物をする店探し等々で机に座る暇も見つからなかった。
だからだろうか、それとも老化の進展による時空の歪み(要するに『物忘れ」)が激しくなったせいなのか、いまだ私の身の回りは片付いていない。
本箱などは大小厚薄・内容雑多の本がめちゃくちゃに詰め込まれたままである。物置(施設の近くに娘婿が借りてくれた)にはまだ開封していない段ボール箱もたくさん置いてある。その昔のアルバムなどもそうだ。それらの整理も残っている。
梅雨に入る前に整理したいと思っているのだが、どうなることやら。
こうしたことでいまだに忙しさは続きそうだ。
しかもパソコンがCATVのDメールからGメールに変わった(?)らしいので使い方がよくわからなくなり、パソコン音痴の私はいま大混乱に陥っている。この原稿を編集部に送信するさいなども無事届くかどうか、ヒヤヒヤしている。
一方 先日この町の脳外科に診察を受けに行ったら私のボケはかなり進行しているとのご託宣、他の診療科も当然継続、週に四日は医者通いで忙しい。仙台以上の忙しさだ。なぜか昨日から右後頭部がズキンズキンと傷むようになり、困っている。家内も同様、娘が車で連れて行ってくれるので今のところは楽だが、「おんぶに抱っこ」(これも死語になっているか)では申し訳ない、何とか自立したいと思ってはいるのだが。
楽になったのは買い物と炊事だ、朝食はホームの食堂で食べるから、そのための炊事と買い物は不要(朝寝もゆっくりできる)、昼食と夕食は近くにあるお惣菜を専門とする店やコンビニ、スーパー等からの購入で何とかなる、とは言っても不便だ、品数が少ないからである。でも、その近くに農協の直売所があるのを見つけた。早速、今日行ってみようと思っている。
もう少し暖かくなったら散歩がてら家内をカートにでも載せてもうちょっと足を伸ばし、駅前の大型店等々を回って買い物をしてみたいものだと思っている。そううまくいけばいいのだが。
ともかく、新しく住むようになったこの老人ホームで何とかがんばろうと思っている。
考えて見たら(考えて見なくともそうなのだが)二人とも90歳、本当に残り少ない人生なのだ。足せて死せに他成治に生きていこうと思っている。と言いながらついついイライラして言葉が荒くなったしう私、さらにまた家内依存でまったく家事無能力できてしまった自分を叱咤しながら、アルバムの整理や読書を、新しい土地での新たな発見を楽しみながら。jacomコラムやブログ(なぜか引っ越ししたとたんこの掲載がうまく行かず、困っているのだが)の執筆を続けさせていただこうと思っている。
(注)作詞・作曲:伊勢正三、歌:かぐや姫、1974(昭49)年
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