最重要就農促進策【小松泰信・地方の眼力】2025年3月26日
「自衛官の処遇の魅力向上、若くして定年退職を迎える自衛官が退職後も活躍できる環境の創出等を内容とする法案を提出いたします」(1月24日の衆参本会議における石破茂首相の施政方針演説より)
退職自衛官の就農促進
日本農業新聞(3月5日付)によれば、3月4日の衆院予算委員会で日本維新の会の池畑浩太朗氏が、元自衛官の就農者増加に向けた対策として、農業大学校での受け入れを後押しする仕組みを求めた。
これに対して首相は「自衛官と農林水産業はものすごく親和性が高い」との認識を強調し、「農業大学校で授業料の減免などができるかどうかは考えていかねばならない課題だ」と表明した。今後、具体策について「政府内で検討させてもらう。いろんなやり方があろうかと思う」とも述べた。
自衛隊は若年定年制や任期制といった任用制度を採用しており、自衛官の大半が50代半ばか20~30代半ばで退職するため、再就職による生活基盤の安定が重要となっている。
他方、農業界では担い手不足が深刻化しており、元自衛官の再就職先に選んでもらおうと、就農体験やセミナーなどを開く事例が広がっている。
退職自衛官の就農促進は、自衛隊にとっても、農業界にとって望ましいこととして、政府は、就農を促すための具体策の検討を加速させるようだ。
なお、全国に41校ある農業大学校の授業料は各道府県の条例で定めることになっているが、農水省によると退職自衛官を対象にした授業料減免措置は「全国に例がない」(就農・女性課)とのこと。そのため、「任期満了などで早期に退官した自衛官の再就職先に農林水産業を加えてもらうべく、施策を検討したい」(同)としていることも紹介されている。
選択肢に入っていない第1次産業
同紙(3月21日付)の論説は、「農業従事者の減少が続く中、比較的若く、強い体力・精神力を持った退職自衛官は農業の新たな担い手として有望だ」として、政府に対して、省庁横断的な育成策の具体化を求めている。
第1次産業への再就職の状況は、若年定年者(50代半ば)が0.6%、任期満了者(20から30代半ば)が1.1%。現在のところ、第1次産業は再就職先の選択肢にはなっていない。
「農業の担い手確保は喫緊の課題だ」として、国防と農政の両分野に詳しい石破首相に対し、「支援策の具現化に向けて今こそ、強いリーダーシップを発揮してほしい」と訴えている。
また、「自衛官の配置が多く、1次産業が基幹産業の北海道では、セカンドキャリアとして農業を選んでもらう取り組みが盛んだ。道庁や自衛隊の再就職を支援する団体、JAなどが連携。退職予定の自衛官向けの体験・説明会やインターンシップ(就業体験)などが各地で開かれている」ことを紹介し、このような取り組みの全国展開を求めている。
退職自衛官によれば
当コラムの義弟(義妹の夫・60代半ば)は、北海道在住の退職自衛官である。今回のテーマに関する、彼の意見や感想は次のように整序される。
質問1 退職自衛官の就農促進に関する感想
回答 選択肢が増えることは良いこと。ただし、農業という仕事に関しては不安の方が先に立つ。農業の世界で成長を目指すためには、農業を学ぶための十分な期間・時間が必要。当然、その間の経済的な支援もしてほしい。退職金があるので開業資金はあるとしても、そのあとの生活が心配。
質問2 退職する前に、再就職先として農業や農業生産法人への就職等が示されたか
回答 10年ほど前に退職したが、その時は選択肢として示されることはなかった。
質問3 北海道では他県よりも就農者が多いと聞いたが
回答 法人化が進んでいるから、たしかに最近は出てきているようだ。しかし、もし自分の時に就農の選択肢が示されたとしても、選ばない。農業の大変さを自分なりに分かっているから。自衛官の行動原則は上官の指示・命令に従って動くこと。自然相手の農業において、柔軟な判断と対応ができるか、自分には自信がない。
質問4 質問3と関連して、知人で退職後就農した方がいるか
回答 実家の手伝い程度の人はいるが、本業として農業経営者となった人は知人にはいない。
質問5 退職自衛官の就農を促進させるために、どのような環境整備か
回答 農業という産業の現状や課題などについてきちんとした説明が必要。農業大学校の授業料減免といった支援も必要だが、定年後の生活がかかっており、失敗は許されない。気候変動もあり、不安定な職業であるにもかかわらず、経済的には報われない。そのような仕事を選択する訳にはいかない。
不可欠な所得補償
たった1人のヒアリング結果ですべてを語ろうとは思わないが、義弟は「おそらく誰に聞いても、だいたいこんな意見だと思います」と語った。少々のカネと太鼓で退職自衛官が就農するとは思えない。
考えてみたら簡単な話。「農業の担い手」が激減しているのはなぜか。経済的にも社会的にも報われない仕事だからである。
「再就職による生活基盤の安定が重要」だとすれば、不安定なおすすめできない再就職先といえる。
農水省による「農業経営統計調査(営農類型別経営統計)2023年 」によれば、主業経営体(個人経営体のうち農業所得が主で、自営農業に60日以上従事している65歳未満の者がいる経営体)でさえも、水田作経営の時給892円をはじめ、多くが時給1000円未満である。こんな時給で誰が働きますか。
早急に取り組むべき就農促進策は、今農業に従事している人たちが報われ、自信を持って他人様におすすめできる仕事にすること。そのためには、農業が家族に安定した生活を提供できるよう、所得補償によって経済的に安定した職業にすることである。
当事者が苦しみ、やめたがっている仕事に、喜んで参入しようとする者はいない。
「地方の眼力」なめんなよ
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