金融共済:JA共済優績表彰2014
【インタビュー】日本農業とJA共済の役割 安田舜一郎・JA共済連経営管理委員会会長2014年5月16日
・5年、10年先のグランドデザインを描く
・食糧安保のなかに農業をどう位置づけるのか
・条件不利地には「地域社会政策」で対応
・しっかりした農業基盤が地域を支えている
・生産者・JA・連合会がリスクを分担する
・地域への密着度が評価のポイントに
・本音で「崖っぷち」の議論をするときでは
現在の日本農業、農協について、そしてこれからのあり方についてどう考えていくのか。そこでのJA共済事業のあり方などについて、安田舜一郎JA共済連会長に忌憚なくお話いただいた。聞き手は、谷口信和東京農業大学教授にお願いした。
「地域になくてはならない」存在に
◆5年、10年先のグランドデザインを描く
谷口 まず初めに、日本農業の現状について、どのようにお考えになっているのかお話ください。
安田 農協も含めて日本農業は、非常に大きな転換点にきていると思います。
TPPも含めて、グローバル化のなかで、本来は「品質競争」と「価格競争」の両方があってしかるべきですが、「価格競争」だけになっています。食品の安全・安心について生産者やJAは高い意識をもって取組んでいますが、残念ながら消費者には、安全・安心についてのコストを評価していただけないという傾向が、デフレ以降いまも続いています。
日本独特の農産品をその価値に値する価格で提供し、消費者との連携を深めることが大事だと思います。
谷口 労働組合の連合で講演する機会があり、そこで「安い農産物はいいことではありません。安ければ安いだけ、皆さんの賃金も安くていいという論理になるからです」と話しましたが、そういうことがきちんと理解されていません。
安田 適正な価格や食糧の安全保障を含めて、国としての5年先、10年先のグランドデザインをきちんと描いて、その下に、米や穀類、畜産、野菜・果樹の施策を策定したうえで自給率目標を設定し、国民の合意をえることです。
◆食糧安保のなかに農業をどう位置づけるのか
谷口 国がグランドデザインを描くときに一番大きなポイントはなんですか。
安田 日本全国画一ではありません。同一地域でも山間地など条件不利地があります。日本型直接支払制度を含めたうえで、国が多様な地域に対応していくための具体的なものとして、経済政策は経済政策としてあるけれど、「社会政策」として守るべきものをどう守っていくのかを意識づけして国民合意する。そのうえで国民の食糧安全保障のなかに、どう農業を位置づけていくのかという基本理念がないといけないです。
谷口 いまなされている議論は、水田農業をどうするかになっていて、農業をどうするかという話が見えてこないですね。
安田 自給率や食糧安保も含めて、国民が求めている多様な食料についてのグランドデザインを描き、それの下にどう具体的な政策を策定するのかが、一番重要な肝の部分だと思います。
そのなかで、TPPや米政策あるいは農協改革について、具体的に取組んでいくものを生産者団体が自ら出し、それをたたき台にしていくのが望ましいと私は思っています。
自給率については、いま国は50%といっていますが、それで食糧安保が守られ、国民の安全・安心が確保されるなら40%でも50%でもいいと思います。
自給率はカロリーベースでいわれますが、日本農業にとって重要な野菜や果樹はカロリーベースだけでは判断できない部分があります。これも十分に加味したうえで、万が一の時にも国民全体がある程度豊かな食文化を維持できるものでなければいけません。
◆条件不利地には「地域社会政策」で対応
谷口 先ほど「社会政策」でというお話がありましたが…
安田 条件不利地については、日本型直接支払制度がありますが、私は、これは経済政策としての「地域政策」ではなく、「地域社会政策」にすべきだと考えています。つまりその地域でくらし、生業をしていることで、水路や水や緑を守り、国土保全や環境保全につながっているのだから、そのことをきちんと国民が評価する必要がある。だから、予算を農水省の「経済政策」ではなく国交省や環境省に位置づけるべきです。
谷口 ただの地域政策ではなく、「社会」政策ということが大事ですね。
安田 条件不利地や山間地は経済政策でやっても絶対に勝てません。
この問題で3つの法律があれば、1つは全体、2つは条件不利地でも段階がありますから、その2つに分ける。そして国土保全や環境保全をしてもらい「ありがとう」と国民からいわれるような分かりやすい政策と予算づけをすることです。そのことでそうした地域で生業をする人たちが、誇りをもっていきていくことができるようになります。
谷口 中山間地は小規模でもやっていくことを前提にしないといけないと思います。同時に中山間なりに大規模となっても、それにあてはまらないところが残ってしまうので、中小規模の人にちゃんと残ってもらうことが大事ですね。
安田 日本型直接支払制度をうまく運用することと、農産品だけでは生業として成り立たないので、再生可能エネルギー法を含めて、選択でき、くらしていけるようにと、石川では産官学を交えたセンターを立ち上げて、農業に限ったいろいろな取組みの拠点を作ろうとしています。
◆しっかりした農業基盤が地域を支えている
谷口 大きな問題として担い手問題があると思いますが、「担い手」といっても幅があって、ばりばりやるような中心的な人たちだけではないと思いますが、どうでしょうか。
安田 地域に多様な担い手がいて初めて地域農業が守られるものだと思っています。私はよく石川県の法人協会の人たちに「あなた方は誰のベースの上に乗って農業をしているのですか? しっかりした農業の基盤があったうえで、あなた方は地域の中で農業をさせてもらっているんです」といっています。
自らの取組みが唯一無二のような考え方でいては地域が守れないし、必ず自分自身にしっぺ返しがきますよ、と…。
谷口 分かってもらえていますか
安田 けっこう理解されていると思います。そして、彼らが、6次産業化などでブランド商品を作っても、一人だけでは全量供給できませんから、JAの部会などを通じてJAが後押しするとか、マッチングをきちんとすることではじめて、ブランド化も進むわけです。
谷口 最近、東北で生産者が集まって米の販売をしていますが、こうした動きをみていると最後は結局、農協の真似をし、ミニ農協的になっています。ですから、既存組織である農協を活用していくこと抜きに、日本農業の再生はありえないですね。
(写真)
安田会長(右)とインタビュアーの谷口氏
◆生産者・JA・連合会がリスクを分担する
安田 農協という組織は、本来、小さな生産者が集まって大きくして、有利販売、有利購買する組織です。これが産業組合以来の農協のコアの部分です。そのコアの部分を現在のニーズに合ったビジネスにしなければいけないわけですが、残念ながらまだそれができきれていないと思います。
谷口 そのために、生産法人などにうまく対応できていない…。
安田 そうです。
谷口 地域によってはしっかり対応し、法人経営を抱えてやっているところもあり、JA間に差があるわけですね。
安田 産業競争力会議とかでなぜいま「農協改革」がいわれるのかというと、経済事業でリスクをとっていないからではないかと思います。
事業を活性化していくうえで生産者やJAが単体で投資することは難しいので、生産者とJAと全農の3者がきちんとリスク分散をしていかないと本来の事業にはなりません。
谷口 そういうビジネスモデルにしないと、法人などからは、「自分たちは常に安泰で、俺たちだけが損をしている」と見られてしまうわけです。
安田 とくに発展的な農家はそう思います。事業ですから損をすることもあるわけですが、3者で互いにリスクを分散すればいいわけです。利益を得たときにも3者で等分する、そういうリスクマネジメントをすることです。
谷口 そういうなかでJAはどういう役割を果たしていくのですか。
安田 一言でいえば「地域社会で、なくてはならない存在になる」ということです。そのための総合事業です。本来的にはJAそして全中、全農が具体策をだし、それを農林中金やJA共済が金融面や共済の面などあらゆる面でサポートしていきます。
谷口 JAのあり方を考えるときに、規模の大小ではなくて、地域にどれだけ密着しているかで考えるのがポイントと思いますね。
◆地域への密着度が評価のポイントに
安田 経済事業は、県内あるいは大型JAでは支店によって地域性が異なることがありますから、そこにきちんと対応することが一番大事です。そして信用・共済事業は、その地域に応じたリテールの仕方を考えなければいけません。
谷口 JA共済はどうですか。
安田 JA共済は、万が一のときの安全・安心を守るもので、あくまでも地域に密着しJAが共同元受けであることで、地域に対する責任を明確化しているわけです。先日の規制改革会議でも「そこは譲れない」と私は言いました。
谷口 自信があるからそう言い切れるわけで、だから憎らしいんじゃないですか。
安田 JAが信用・共済事業で収益を上げ、他の金融機関や保険会社に迫るかというボリュウムをもってきていますから…。
谷口 逆にいうと大手銀行などが地元密着型ではないということですね。
安田 彼らは暖簾(のれん)とボリュウムで経営していますが、JAは人海戦術ですからコストが大幅に違います。
しかし、JAも競争が厳しくなるなかで、コスト削減よりは効率化したうえでお客様に対応していくような改革をしなければと順次実行しているところです。
谷口 JA共済事業は農業に関わっているだけに、民間保険よりも有利だといえますか。
安田 JA共済は「ひと・いえ・くるま」の総合保障ですから、農業というよりはくらしです。そのことを踏まえたうえでいま求められているのは、農業リスクに対する保障です。
そのために、先日の雪害のような異常気象や農産物輸出などに伴う農業経営リスクに応えられる保障やサービスを提供できるよう検討しています。
谷口 これまでは自然災害リスクについて考えられてきましたが、これからは口蹄疫とか鳥インフル、あるいは豚のPEDなど、家畜の病気というリスクについて考えないといけない。これは食の安全保障ともつながると思いますね。
◆本音で「崖っぷち」の議論をするときでは
谷口 最後に、JAグループのみなさん、そして私たちのような研究者へのメッセージをお願いします。
安田 日本の農業のために、農協がどうあらなければならないのか。とくにいま都市と地域の格差が大きくなっていく中で、地域を見た目にも実質的にも活性化させるのは、農・林・漁が自らの資源を活用することです。そこでJAが「地域のためになくてはならない存在」になるためにの果たす役割は何か。それを県段階、全国段階はどうサポートしていくのか。そのことを考えて欲しいです。
谷口 理念ではなく具体的な事業論としてですね。
安田 運動論と事業論は両輪で、一緒に回らないと右往左往してしまいます。いまは「大転換期」にきているわけですから、運動論も事業論も一緒にした本音の「崖っぷち」の議論をしていかないといけないと思います。
谷口 ありがとうございました。
【インタビューを終えて】
JAグループ関係者と話すと、JA攻撃が激しいことの反動だろうが、ときに組織防衛的な姿勢が気になることがある。だが、安田会長は初対面にもかかわらず、そうした印象を全く与えなかった。
それは、永年にわたりJA共済事業をリードしてきた立場にある自信の表れだろうと拝察した。
やはり、「貧すれば鈍する」からは脱却しないといけないと強く感じた次第である。
今回の農政改革で日本型直接支払が「地域政策」と位置づけられたことに対して、「地域社会政策」という考え方を提起されたことは極めて斬新で興味深いし、経済政策ではない予算を国交省や環境省に位置づけるべしとの指摘も傾聴に値する。もちろん、それは「農業・農村の多面的機能」の理解に新たな論点を提起することにはなるが。
異常気象や農産物輸出などに伴う農業経営リスクへの対応といった新たな課題や、東京海上日動火災との業務提携について時間不足のために聞けなかったのが惜しまれる。
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