【クローズアップ農政】水田農業改革、計画生産を基本に 安藤光義・東大准教授に聞く2013年11月21日
・減反面積が拡大、転作行き詰まる
・米への転作導入、水田維持に助成
・需給調整できず「戸別補償」限界
・生産調整の維持、米価下落防止を
11月末にかけて水田農業政策の見直しが農政の最大の焦点になってきた。自民党は11月下旬に米の直接支払い交付金を見直し、新たな日本型直接支払い制度の創設と経営所得安定対策の改革について大綱を取りまとめる。また、政府は産業競争力会議・農業分科会の報告もふまえて水田農業改革の方向を11月末に「農林水産業・地域の活力創造プラン」のなかで策定する方針だ。
今後議論が活発化するなか、米の生産調整に参加し地域で計画的な生産を行うメリット措置だった10a1.5万円の直接支払交付金がどう見直されるのが現場に大きな不安を与えている。今回の政策見直しで問われている基本問題は何か。安藤光義・東大准教授に聞いた。
水田維持へ正念場
◆減反面積が拡大、転作行き詰まる
減反政策から転作政策に転換した昭和53年からの水田利用再編対策事業は、まさに米プラス麦、大豆、飼料作物による水田農業生産の方向を打ち出しました。そして農村の現場では農協を中心に集団的土地利用調整を行ってブロックローテーションを組み、水田の高度利用を進めてきました。
この水田利用再編対策は「国策」だったと思います。昭和48年、日本はオイルショックで貿易赤字に転落します。当時は石油を買うことすら大変で、さらに米国は大豆の不作で日本への輸出を禁止しました。
その結果、食料とエネルギーは安全保障の重要な構成要素として位置づけられ、減反から転作へと大きく舵が切られた。足りないものを生産し、外から輸入する量を減らして外貨を節約するということです。もちろん、すべてを国産に置き換えることはできませんが、一時的に農業に追い風が吹き、水田農業政策が確立したといえます。
しかし、その後は、この成功体験に囚われ続けた、ということではないでしょうか。転作率が30%であれば畑作物は3年に1回の作付けですが、主食用の需要が減り続け、転作率が50%になれば2年に1回です。転作率が上がっているため連作障害は発生しやすくなります。配分された米の生産数量目標から漏れた水田で麦、大豆、飼料作物を作る、という対応は、転作率が低ければ水田利用という点からも合理的なのですが、生産調整の割合が一定水準を超えてくれば厳しくなります。
実際に米を作付けしている水田は160万ha程度。100万ha近くは本来の水田としての機能を発揮していないわけです。しかもこの面積は増えていく。生産装置としての稼働率は60%程度ですから採算割れです。経済合理性だけを考えれば100万haの水田は不要だということです。これが水田農業の置かれている現実です。
しかし、そうだとしても多面的機能の維持、長期的な食料自給力の維持を考えれば水田を潰すことはできません。では、財政的な制約があるなかでどうしたらよいのか。これが基本問題として問われています。予算があれば解決できるでしょう。でもこのお金がないのです。この制約の下での苦闘の歴史が水田農業政策の歴史だったのです。
◆米への転作導入、水田維持に助成
転作政策に話を戻します。そこで自公政権の最後の段階には米(飼料米など)での転作への助成が始まり、民主党政権になってそれが加速化されました。現場もそれに応えて、麦、大豆を作っている地域でも、これ以上の作付拡大が難しいところは米での転作が進んだのではないでしょうか。
今回の自民党の政策も米での転作に力を入れていますが、これは水田の保全を考えた政策だと思います。
水田を維持するには水利施設の維持が必要です。水利施設の更新費も賄わなければならない。そのためのお金を水田に支給しなくてはなりません。米の直接支払い交付金を見直し、農地・水保全管理支払いと一緒にして交付金を支給するというのは、この線に沿うものだと考えます。水田を維持していくために必要な最低限の費用を支払っていくという方向で予算の組み替えが行われているのだと思います。「売れる米づくり」に成功している地域の水田だけが残ればよいという判断ではないと考えたいところです。
◆需給調整できず「戸別補償」限界
戸別所得補償制度で必ずしも米の需給調整が達成されたとは思いません。10a1万5000円の固定支払いがあることによって確かに過剰作付けは減りました。しかし、この直接支払い交付金があるため逆に買い叩かれて米価が大きく下がったのが、実施初年度の22年産米でした。それは前年度からの持ち越し在庫があるなかで直接支払いを実施したからです。
もっとも米価が下がった分は変動部分で補てんされました。戸別所得補償制度は生産調整の参加者を増やし、米の需給を引き締める方向を目指すものでしたが、米価の下落を放置する政策であったことを認識する必要があります。財政負担も莫大なものとなる可能性もありましたし、それがいくらになるかも分からない政策でした。
しかし、その後、米価は上昇したため変動部分の支払いが行われていません。これは福島原発事故が大きかったのではないでしょうか。福島産米が市場から消えた。その動揺は非常に大きかったのではないか。福島産米は全国区で流通していましたし、生産量も多かった。それが市場から消えたことで卸業者が手当を急いだのではないでしょうか。それで米価が非常に上昇した。これは無視できない要因だと思います。福島の生産調整の達成率も低かったです。戸別所得補償制度の政策評価を行う場合、こうした問題を抜きにすることはできないと思います。
また、戸別所得補償制度によって麦、大豆の作付面積は増えていません。増えたのは新規需要米でした。米での転作です。主食用米の供給過剰状態に変わりはありません。在庫も積み上がっていますから、少しでも生産過剰になれば需給バランスは緩んで、米価は再び暴落してしまう可能性が高いです。
◆生産調整の維持、米価下落防止を
これが現在の状況だと思います。こうしたなかで政策の見直しにとって重要なことは、生産調整に参加した農家に今と同じ水準以上の交付金を支給できるかどうか。その1点にかかっています。
生産調整は米の需給調整だけでなく、水田農業の構造改革につながった面もあります。平成12年から麦・大豆の本作化をめざした水田農業経営確立対策では、大規模経営ほど麦・大豆作を拡大しました。転作水田の集積が経営規模の拡大の後押しとなりました。こうした構造変動の足を引っ張るような政策の見直しは避けるべきです。
また、生産調整のための土地利用調整は地域での話し合いの場をつくるという副次的な効果もありました。飼料用米による転作についても、その配分と水田利用を地域で話し合って決めるようにするとともに、それに実効性を持たせるためにも生産調整への参加を条件にした助成の仕組みにすべきだと思います。さらに飼料用米については生産者ではなく、畜産農家に助成を行った方が需要量を増やすことにつながるのではないでしょうか。
現在の米価水準を維持することも必要です。米価が回復しているので改革の議論が可能となっていることを忘れてはいけません。米価が暴落している状況では改革の「か」の字も言い出せなかったはずです。一旦、下落した米価を戻すのには莫大な費用がかかります。
独自販売をしている大規模農家も、その販売価格は市場価格が基準となっています。奇跡的に回復した現在の米価の下落を防ぐしかないのです。米価が底を打っていない以上、収入保険では支え切れません。これは稲経でも経験済みのはずです。それ相応の予算をつけられないとすれば、国は需給調整に積極的に関与せざるを得ないのです。
(写真はイメージです)
【生産調整政策の変遷】
○減反政策
昭和40年代前半に大豊作が続いた(作況指数=昭和42年112、43年109など)ことなどもあって、食管制度(食糧管理法)のもと政府全量買入制度で政府在庫が720万tなったことなどから、昭和46年度から水田の休耕などを中心とした生産調整(減反)が本格的に開始された。
生産調整が開始された当初は主食用米を生産してはいけない面積(生産調整の目標面積)を配分。単純休耕に対しても助成。生産調整の目標面積が達成されない場合は翌年の目標面積を多く配分するとともに補助事業を優先採択しないなどのペナルティを措置。
○転作政策
昭和53年からは稲作から自給率の低い転作作物への転換を推進(水田利用再編対策)。
平成16年からは食糧法改正で販売実績を基礎として主食用米を作る数量(生産数量目標)を配分する方式に転換。需要に応じた「売れる米づくり」を推進。
○米による転作と選択制
平成20年産から飼料用米など新規需要米への助成を本格的に実施。22年産からは従来の強制感を伴うペナルティを廃止。主食用米に対するメリット措置で生産調整への参加に誘導するという実質的な選択制に転換。
(資料は農水省より)
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