【特集・米流通最前線】水田農業改革と米流通業界の動向 中小は国産で生き残り(米穀新聞記者 熊野孝文)2013年12月2日
・自由化見すえ動くコメ加工食品業界
・大手米菓メーカー、ベトナム生産開始
・米卸も海外子会社、冷凍米飯を売込み
・生産者の連合組織大手銀行も支援へ
11月26日、政府は与党の合意をふまえて26年度以降の経営所得安定対策と米の生産調整見直し対策を決めた。対策の柱は需要に合わせて生産を進め、水田をフル活用し自給率、自給力の向上をめざすというものだ。一方、主食用米に限らず加工用米や加工米飯などさまざまなコメビジネスに関わる米流通、食品業界は今後、どう対応しようとしているのか。米流通専門紙記者に最近の動向を解説してもらった。
大手コメ加工食品
海外展開を本格化
◆自由化見すえ動くコメ加工食品業界
この10月、米の生産調整見直し議論が始まると、1970年に始まったいわゆる減反政策が廃止される、とテレビ、新聞などマスメディアが大きく取り上げた。
TPP参加によりコメの関税が撤廃され、国境措置がなくなり自由化されれば、国内で生産調整をして価格を維持する意味がなくなるので、まさに大変革でマスコミが大騒ぎするのも当然だが、コメ流通業界は意外に冷めている。その理由は、コメ政策の実態が生産調整廃止どころかむしろ生産調整強化の方向に動いているからである。識者の中には「生産調整廃止はマスコミの大誤報」という見解を示している向きもあるほどで、実態だけを見るとその通りなのかもしれない。
実際、農水省は生産調整を廃止するとは一言も言っておらず、26年産米以降の改革基本方針も主食用米を減らし、エサ米の生産を拡大するというものである。政策を推進した自民党の議員はこれを「減反によらない生産調整」と分かったような分からないような表現を使っているが、この政策がコメ業界にどのような影響を与えるかは回を改めるとして、今回の生産調整廃止論議がコメ業界に全く影響がないかと言うとそうではない。むしろこのような生産調整見直し議論がなされる以前から水面下では来たるべき「自由化」に備えた動きが着々と進んでいる。最も早くから動き始めたのはコメ加工食品業界である。
◆大手米菓メーカー、ベトナム生産開始
国内最大手米菓メーカー亀田製菓(株)は、かねてから建設中であったTPP参加国であるベトナムの米菓工場が完成し、11月から現地で「YORI(ゆり)」と言う名称で米菓を販売し始めた。同社によると現地ではYORIと言う名前は日本人女性をイメージする言葉だそうで、日本のお菓子をアピールする作戦。同社は、ベトナム以外にアメリカに3工場、中国、タイにそれぞれ1工場ずつ子会社を有しており、近い将来、売り上げの3割を海外で稼ごうとしている。
米菓業界の置かれている環境は、国内での売上額は全体でざっと2000億円だが、世界最大手にのし上がった中国の旺旺フーズの売上は米菓だけで1200億円もあり、亀田製菓の700億円をはるかに上回る。旺旺フーズが日本の岩塚製菓と技術提携を結んだのが1986年で、30年に満たない間に世界一の米菓メーカーに躍り出たことになる。 日本国内での需要が頭打ちになっている状況では、亀田製菓が海外にシフトし、グローバル化しようとしているのは企業として当然の選択と言える。
しかし、米菓業界の大半のメーカーはこうしたグローバル戦略の手段を持たない中小業者であり、TPPで米菓の関税が撤廃された場合、海外からの製品流入急増に戦々恐々としている。
米菓業界の全国団体である全国米菓工業組合の幹部は「かりにTPP交渉で原料米が守られたとしても、コメ加工食品の関税が撤廃された場合は国内米菓業界は立ち行かなくなり、産業の空洞化が起きる」と危機感を強めている。
そうした懸念があるため全国米菓では農水省に対して、国内の米菓メーカーに対して1キロ当たり100円から120円の国産原料米が供給出来るような体制を作るよう求めている(関連記事2面)。
具体的には26年産以降の加工用米生産に対する助成額のアップで、これは米菓業界に限らず、清酒、焼酎、味噌、穀粉などあらゆるコメ加工食品業界の総意である。というのも、一般にはあまり知られていないが、日本産農産物・食品の輸出額は酒類を含めて年間4500億円程度だが、日本の食品メーカーが海外の工場で生産している製品額は2兆6000億円にも達しているからで、関税が撤廃されれば逆輸入されるようになるのは必然と言える。
◆米卸も海外子会社、冷凍米飯を売込み
グローバル化戦略を進めているのはコメ加工食品メーカーだけでなく、コメ卸も早くから動き始めている。最も早く海外に進出したのは木徳神糧(株)で、アメリカ、中国、ベトナムに子会社を持っている。ベトナムでは現地で日本米を生産、精米してシンガポールなどに輸出するなど三国間貿易も手掛けている。
最近、急速に海外展開を加速させているのが(株)神明で、アメリカ、香港、中国に立て続けに子会社を設立した。アメリカではカリフォルニア州ウェストサクラメントに10億円を投資して冷凍米飯工場を建設、ライスバンズというユニークな商品の製造・販売を始めた。この商品は炊飯米を直径8cmほどの円形にした冷凍米飯で、これを照り焼きにしたりプルーンをのせたり、スパイスなどで味付けして食べるという商品。同社では、炊飯の習慣がないアメリカでは、冷凍米飯がコメ食を普及させる最も有効な手段だと言っている。さらに神明はM&Aを積極的に仕掛け、カッパ寿司、元気寿司といった回転寿司チェーンと提携「回転寿司を世界最大のファストフードチェーンにする」という大きな夢を描いている。
◆生産者の連合組織 大手銀行も支援へ
こうした資本を有したコメ加工食品メーカーや大手コメ卸は将来のTPP妥結を織り込み、完全自由化を見据えた動きとして捉え、国内で生産調整が廃止されようがされまいが事業そのものに影響はないとみている。
一方、生産調整廃止で最も影響を受けるのは、言うまでもなく生産者である。生産調整が廃止され、自由な作付が行われるようになるとコメの価格競争が起こり熾烈な生き残り合戦が始まるだろう。 そうした大変革に備えた新たな生産者組織が11月11日に誕生した。 (株)東日本コメ産業生産者連合会(略称RIO東日本)は県域を越えた大規模稲作生産者が連合して立ち上げた組織で、その設立趣旨は「稲作の生産構造を変えてコメを産業化しよう」という壮大なものである。
秋田県大潟村で開催された設立総会では、参加者全員に設立趣意書が配布され、その中に「私たち専業農家は、国からの農業政策の発表を待つだけでなく、積極的に政策提言をし、行動していくことで、TPP時代の新しい日本農業の姿を構築し、国民食料の安定供給に貢献するため、県域を越えた複数の専業農家が全国組織としての連合会を設立いたしました。連合会は、総合農協としてのJAグループとは異なり、全国の専業農家の経営支援に特化した以下の事業に取り組みます」とし、9項目の支援策が記されている。
具体的には[1]農業ファンドの導入[2]販売支援(国内)[3]販売支援(海外)[4]コスト削減支援[5]農地集積支援[6]6次産業化支援[7]資金調達システムの構築[8]経営支援システムの構築[9]新規就農支援である。
真っ先に農業ファンドの構築が記されているが、驚いたことに設立総会では、日銀を筆頭に日本政策金融公庫、みずほ銀行などメガバンク、地方銀行、ファイナンス企業などなど25行もの金融機関が出席した。農業関連の大企業が設立総会を開いてもこれほどの金融機関が集まることはないだろう。それだけ農業に対する金融機関の関心が高いということの表れだが、驚くのはそれだけではない。設立総会前夜に関係者だけの会合が開催されたが、その席で、ある金融機関は「これまで金融機関は過去のデータを基にお金を貸していましたが、今回はまったく新しい事業にお金を貸すということになります」と発言、自ら支援を申し出たのだ。
これまで大規模経営の農業者といえども有力な資金調達手段を持たず、民間企業に比べると経営規模を拡大するには高いハードルがあったが、農業者が連合することによって大きな事業を起こし、さらにはコメそのものをファイナンス化することによって生産、流通のあり方も変えようという意欲的な構想を描いているのだ。まさにコメを産業化するという大きな目的を掲げた組織だけのことはある。
おそらく年明けには、同じような目的を掲げた大規模生産者の組織がまた一つ生まれるだろうが、TPP交渉による自由化が歴史の必然だとすると、大規模生産者による連合組織の誕生も歴史の必然なのかもしれない。
(写真)
新たな生産者組織(株)東日本コメ産業生産者連合会の設立総会
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