税金500億円垂れ流し MA米いつまで財政負担を続けるのか【農業ジャーナリスト 山田優】2023年9月25日
食料安全保障が注目される中、日本は米の輸入(MA米)を続けている。水田を減らしてでも輸入する状況といえる。「MA米でいつまで財政負担を続けるのか」という農業ジャーナリストの山田優氏に寄稿してもらった。
30年前から始まったMA米※(ことば)。普段は意識することが少ないが、実は農家や納税者に重い負担をかけている。国際的な約束事だとして制度見直しを拒む日本政府の姿勢は明らかにおかしい。
500億円の垂れ流し
国内倉庫に積み上がるMA米(千葉市内で2017年に筆者撮影)
毎年8月末は、霞が関の官庁がちょっとした興奮に包まれる時期だ。各省庁が翌年度の予算を財務省に提出する期限で、新聞やテレビは「防衛予算要求が〇%増」みたいな報道をして盛り上げる。農水省や関係団体も輸出振興などの目新しい項目で「予算増」などの威勢の良い声が飛び交う。
しかし、華やかな予算獲得合戦の舞台には登場しない影の予算がある。食料安定供給特別会計への繰り入れ金だ。同会計で取り扱うMA米は毎年大幅な赤字を垂れ流し、その尻拭いに必要な税金は、年間に500億円近くに達することもある。
同省の2024年度概算要求(総額2兆7000億円)を眺めて同規模の事業を探すと、「収入保険制度実施」(399億円)、「多面的機能支払い交付金」(488億円)、「酪農経営安定対策」(434億円)などが並ぶ。いずれも農家にはなじみがあり、農政の柱の一つだ。MA米処理にどれだけ多額の予算を必要としているかが分かるだろう。
グラフは過去30年間のMA米売買損益を示している。最初の数年間は安い米を買って国内に高く売る売買損益がプラスで、必要経費などを勘案した損益合計もトントンだった。ところが2002年度以降は、損益がマイナスの状態から抜け切れていない。むしろ数百億円の赤字が続く。これを埋めるために、農水省は貴重な一般会計予算からこっそりと多額の予算を回しているわけだ。
MA米の売買損益 と 損益合計
いちばん赤字幅が大きかったのは2015年度の505億円、21年度も477億円だ。過去の赤字額を積み上げると、5700億円にもなる。
なぜ巨額のお金が消えるのだろうか。赤字が増える原因をMA米の出口と入り口から考えてみよう。
行き先失うMA米
まずはMA米を何の用途に売るかという出口の問題だ。農水省は「国家貿易によって輸入したMA米は、価格などの面で国産米では十分に対応しがたい用途、主として加工食品の原料用を中心に販売する」ことを原則としている。みそや酒、米菓など比較的高く販売できる加工用のMA米は、08年頃までは20万トンから30数万トンあった。
ところがそれ以降は加工用米向けが減って、低価格の飼料用米向けの比率が急上昇する。ここ数年は加工用米は10万トン前後まで減少し、代わって飼料用が60万トン程度まで増えている。MA米の大半が豚や鶏などの餌になっている。
MA米や国内の特定米穀などに詳しい業者が解説する。
「最近、農水省が売却価格を引き上げ、加工用米に回るMA米需要は減っている。みそや米菓などの実需者はMA米の仕様に合わせて製造工程を組んでいるので、すぐに国産米には切り替えにくい。それでもMA米が低価格という魅力を失っていることは明らかだ」
家畜の飼料原料には安価な輸入トウモロコシを使う。同省の試算では「1トン8万円の輸入米を2万円で飼料用米として売却すると、6万円の財政負担」が生じると説明している。60万トンならそれだけで360億円の赤字を生む。
さらに、主食向けに10万トンを見込んでいた分は、国内産米価の低迷もあって、足元では年間に1万トンほどしかさばけていない。
MA米の競争力が失われ、国産に置き換わるのならば国内農家にとって悪い話ではないが、その分赤字負担が急増する構造がある。
「赤字が出るくらいなら、いっそ在庫にしたらどうか」というのも解決策にはならない。米を保管するにはコストが掛かる。年間で1トン当たりざっと1万円が必要で、100万トンを1年間取り置くだけで100億円が消えると同省は試算している。在庫が増えれば問題が先送りされるだけではなく、赤字も増えてしまう。
「安い米を海外から買い入れて加工用米に売れば良い」という同省が描いた構図はすでに破たんしているのだ。
対米配慮で入り口もゆがむ
入り口は、もっと深刻な問題を抱えている。MA米の出口が塞がって赤字が増えて困るのならば、せめて入り口で安い米を買って工夫するというのがふつうの感覚だろう。この常識が同省には働かない。
出口がないのに、わざわざ高い米を買おうとしているとしか見えない。21年度のMA米購入金額は780億円。5年前は579億円だから35%増えている。20年前に比べると2・7倍のお金を払って同じ量のMA米を買い入れている計算だ。
「米の国際価格が高騰」とか「円安で輸入コストが上昇」と同省は値上がりの理由を説明している。言っていることに間違いはないが、それは一部に過ぎない。
足元で輸入価格がタイ産の3倍になる米国産カリフォルニア米を、必要以上に買い入れていることが問題の本質だ。カリフォルニアを襲った歴史的な干ばつで22年産は平年の半作となったため、同省が買い入れた米国産MA米は22年度に平年の3分の2水準まで落ち込んだものの、それ以前は輸入量全体の47%前後を米国産が占めてきた。
どれほど価格差があるか、数字で確かめてみよう。
同省がMA米の輸入契約を結んだ中で、今年3月22日契約の米国産うるち精米中粒種は1トン当たり24万円、同じ日のタイ産うるち精米長粒種は同7万円だった。さらに米国産と似た品質の中国産は同12万円。大半が飼料用に向けられることが分かっていながらタイ産の3倍以上ものお金を払って高い米国産を買った。飼料用なら短粒種も長粒種もそれほど違いがない。もし「中短粒種でないと豚が食わない」とでも言うのなら、半値の中国産を手当てすれば済む話だ。
国産食用米より高い米国産
ちなみに1トン24万円の米国産精米は、10キロに直すと2400円。筆者の近所のホームセンターでは国産米を10キロ3000円未満で販売していた。倉庫にある米国産MA精米を仮に10キロの袋詰めをして店頭で販売すれば、国産米と同じかそれ以上の値段になるだろう。それを餌にするとしたらとんでもない話だ。
近年のMA米購入価格上昇の理由は、高い米国産を指名買いしていることに尽きる。だからむちゃくちゃな高値でも平気で買い付ける。
同省は表向き、シェア操作を否定しているが、大手商社で米麦輸入を担当する関係者の一人は「MA米に関わっている人なら、農水省が米国産シェアを保とうと必死なのはみんな知ってるよ」と同省の輸入操作の存在を証言する。そのシェア操作を前提として、各商社が入札応募しているのが実態だという。
なぜ、同省は一定量を米国産に割り振ることにこだわるのか。背景には日本の政治や外交、軍事、経済のすべてに浸透する米国への配慮がある。現在のMA米制度が決まった1993年には、日米間で秘密の米交渉が繰り広げられた。将来の米交渉でいじめられることを恐れる日本政府にとって、米国に与えるあめ玉をなくす選択肢は採りにくいという事情がある。
制度見直しの交渉を
出口も入り口も破たんしているように見えるMA米制度を変える事は出来ないのか。
国会の質問では何回かMA米制度のゆがんだ対米配慮が取り上げられたが、同省は「配慮はしていない。需要に応じて買い入れたら結果として同じシェアになった」と見え透いた嘘をついてきた。「MA米は国際約束だから」と同省は77万トンの米輸入を見直す考えがないことも表明している。
幕末に欧米列国と結んだ条約は、相手国に領事裁判権を認め、日本に関税自主権を認めない不平等条約だった。明治政府が富国強兵、鹿鳴館などを舞台にした極端な欧化政策などを通じ、不平等条約の改正列国に働きかけたことはよく知られている。
明治政府は「いったん結んだ約束だから」と、あきらめることをしなかった。あらゆる面で行き詰まり、多額の税金を垂れ流す制度を温存する今の政府との落差を感じる。
※ことば
【MA(ミニマムアクセス)米】 日本政府は1993年に決着した国際交渉の結果を受け、米の輸入機会を提供している。徐々に拡大し、玄米換算で77万トンを毎年買い入れている。交渉で合意したのは日本市場に売り込むチャンスを提供する義務だが、農水省による国家輸入であるため、政府は毎年全量を輸入している。
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