酪農危機と政策課題浮き彫り 後継者不足、低い飼料自給 3年に一度「中酪全戸調査」2024年6月25日
中央酪農会議は、3年に一度の2023年度酪農全国基礎調査をまとめた。この間の生産資材の高止まりや生乳需給緩和も影響し、国内酪農の生産基盤弱体化や後継者不足加速など、深刻化する酪農危機の実態と今後の政策課題が浮き彫りとなった。中酪では「一刻も早い基盤弱体化への歯止めが必要だ」としている。(農政ジャーナリスト・伊本克宜)
課題に「経営継承」「基盤再構築」「飼料国産化」
23年度調査は指定団体出荷ベースの全国1万550戸(北海道4536、都府県6019)を対象とした酪農全戸調査(悉皆調査)で、酪農実態と今後の動向が分かる。回収率は68%。
3年に一度の全戸調査だが、重要なのはコロナ禍での生乳需給緩和、脱脂粉乳の在庫累積に伴う北海道での減産実施、ウクライナ紛争など地政学リスクの高まり、円安進行による輸入飼料、肥料などの高騰といった、今日の「酪農危機」を招いた環境変化の時期と重なる点だ。国内酪農の苦境と今後の生産、経営動向の指標となる。
三つの調査課題を設定した。「酪農経営の継承」「生産基盤の再構築」「飼料の国産化」で、いずれも、今後の農政課題の重要テーマだ。改正食料・農業・農村基本法でも食料安全保障、持続可能な農業の確立、過度の輸入依存からの転換作目として小麦、大豆とともに飼料の国産化推進は大きな課題となっている。
「担い手確保率」6割切る
持続可能な酪農経営確立の際に最重要課題は担い手確保である。酪農は他作目に比べ比較的経営者の平均年齢が若く担い手確保も高いとされるが、今回の調査で「担い手確保率」は全国で59・0%と6割を割り込んだ。地区別では、大規模経営を展開する北海道が7割なのに対し都府県は53・9%と、ほぼ半分近くの酪農家が現状では担い手が確保されていない。「担い手確保率」の割合は、今後の離農動向に直結する。
□地域別(指定団体別)担い手確保率
◇全国 59・0(31・4)
〇北海道70・7(46・6)
〇都府県53・9(24・7)
・東北 51・9(22・1)
・関東 52・3(22・0)
・北陸 46・0(25・0)
・東海 50・7(21・6)
・近畿 46・0(17・2)
・中国 60・3(33・2)
・四国 51・3(23・6)
・九州 64・0(33・9)
・沖縄 54・5(38・6)
※(単位%、カッコ内は「経営主が50歳未満」)
「担い手確保率」は「経営主が50歳未満」「就農中の後継者あり(経営主50歳未満除く)」「就農予定の後継者あり(経営主50歳未満除く)」の合計。全国で59・0%、うち北海道70・7%、都府県が53・9%。北海道は7割が担い手を確保している半面、都府県は半分強しか後継者など担い手がいない。あらためて、大規模経営の多い北海道とは別メニューで都府県酪農の支援対策の必要性が分かった。
ただ、北海道は担い手確保率7割とはいえ、乳製品過剰に伴う在庫削減で22、23年度と2年間、ホクレン傘下の酪農家は出荷制限、減産を強いられた。営農意欲に少なからず影響を与えており、今後の動向を注視する必要がある。
「担い手確保率」のうち最も重要な指標は「経営主が50歳未満」。若い担い手が健在で持続可能な酪農経営を展開中の割合は、全国で31・4%足らず。うち北海道46・6%、都府県は24・7%に過ぎないのが実態だ。
先行き不透明の中で「投資計画」6割弱
生産基盤の再構築では、今後の営農継続に影響する搾乳牛舎の築年数の最多階層は全国で「40~50年未満」(30・3%)。平均築年数は35・7年だった。
今後の経営動向を見る重要指標である投資計画(複数回答、未定及び無回答除く)は、「現在検討中」の割合が全国で58・8%と6割を切った。生乳需給緩和、輸入飼料をはじめ資材価格高止まりといった先行不透明の中で、将来に向けて酪農家の経営判断が難しい局面にある状況を裏付けた。
「検討中の投資計画」の内訳は「機械購入(更新含む)」31・3%が最も多く、次いで「草地更新」(18・4%)、「乳用牛購入」(16・8%)、「従業員雇用」(15・9%)、「牛舎増改築」(14・6%)。地域別に見ると北海道が「草地更新」(39・7%)、「機械購入」35・3%、「従業員雇用」(35・3)、九州では「機械購入」(35・3%)を検討している経営が、他地域に比べ多かった。「機械購入」を挙げた割合は各地域とも3割前後と高い。政府の「畜産クラスター」などの補助事業による支援も後押ししている。一方で、目に見える規模拡大・生乳増産につながる投資計画である「乳用牛購入」。この割合が北海道は9・1%と一けたに落ち込んだ。他地域に比べ格段に低い。この間の減産計画が響いている。
粗飼料自給は都府県の課題
酪農経営は、労働費を除くとコストの半分は飼料代が占め、他の畜種に比べ粗飼料をどう確保し有効活用するかが収益性に直結する。そこで飼料自給が極めて大切だ。
今回の「酪農全戸調査」で注目の粗飼料自給率を見ると、全国では「100%(全て自給)」28・1%、「0%(全て購入)」20・2%、「25%(4分の1自給)」17・3%、「50%自給(2分の1)」12・0%、「75%自給(4分の3)」17・5%。酪農肉用牛近代化計画(酪肉近)では粗飼料自給率100%を目指すことになっている。
粗飼料自給率は地域別格差が大きい。「全て自給」は北海道67・2%、都府県11・0%。逆に「全て購入」は北海道6・7%、都府県26・1%となる。農地面積の制約など、北海道と都府県の格差は理解できるとしても、「自給ゼロ」が都府県で4戸に1戸ある。全て購入飼料に頼って果たして今後、経営が成り立つのか。「離農予備軍」とも言っていい。経営規模が大きい北海道にしても、本来100%自給の条件が整っているにもかかわらず7割を切っていることは大きな課題だ。
労働力確保が最重要課題
飼料作物の生産、利用上の障害は「各種作業を行う労働力不足」が53・4%と最も多い。耕畜連携、飼料生産や収穫の農作業受託組織・コントラクターの整備が問われる。
回答は「労働力確保」に次いで「作業機械の不足」「生産用地の確保・整備が難しい」「収支が合わない」の順で多かった。飼料作物は大規模ほど生産コストが低い規模の経済が働く。「収支が合わない」はこうした面積集積の課題のほか、飼料作物への助成単価の低さも起因している。改正基本法でも、過度の輸入依存を脱し自給率向上に飼料作物も挙げており、助成拡充も必要となる。
「自給100%」「ゼロ」ともに2割台
調査結果で改めて驚くのは、「100%自給」と「全て購入(自給ゼロ)」がともに2割台という数字だ。酪肉近に沿って段階的に、計画的に粗飼料自給率100%に向け、特に農地面積に制約がある都府県は近隣の稲作経営などと調整した耕畜連携の着実な実施が問われる。
粗飼料自給を経産牛飼養規模別に見ると、北海道は「100%自給」の割合は零細規模層と大規模層で低く、20~75頭未満の中規模層で高い。半面、都府県は飼養規模の大きい層ほど「100%自給」割合が低く、「全て購入」と「25%(4分の1)自給」が高かった。このことは、大規模酪農ほど飼料高が経営に打撃を与える構図を示す。自給飼料基盤と増頭による規模拡大が同時並行に行われていない実態を物語る。
濃厚飼料の自給底上げも課題
今回の調査項目に濃厚飼料の自給動向は入っていない。輸入配合飼料の高止まりが続いている。現在、乳牛に欠かせない粗飼料の自給率を100%に近づける一方で、トウモロコシをはじめ輸入依存度の高い濃厚飼料の国産化を少しでも底上げすることが喫緊の課題となっている。JA全農などで子実用トウモロコシの国産化実証試験、青刈りトウモロコシの増産、飼料用米利用、水田活用の中でのホールクロップサイレージ(WCS)確保などが進むが、飼料自給率向上には不十分なのが実態だ。
※国内酪農の離農に歯止めがかからない。まさに「酪農有事」の危機的事態と言っていい。このままでは、改正基本法の目玉である食料安全保障の構築にも大きな支障が出かねない。持続可能な日本酪農はどうあるべきか。危機の実態と打開策を探る連載・シリーズ「酪農『有事』を追う」(上・中・下)を今後、随時掲載予定。
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