畜産:JA全農畜産生産部
和牛受精卵 農家採卵で増産へ 繁殖農家の新たなビジネスモデルに2016年3月14日
和牛繁殖基盤の強化に向けた総合対策
JA全農畜産生産部は繁殖農家に和牛受精卵を生産してもらうことで和子牛増産につなげる取り組みを柱にした和牛繁殖基盤の強化に向けた総合対策を実施する。繁殖農家が受精卵を販売する新たなビジネスモデルの創出も視野に入れている。
◆素牛の増産が急務
和牛繁殖雌牛は平成22年の68万4000頭をピークに高齢化による離農や口蹄疫の発生、さらに大手牧場の破綻などで平成27年には15%減少し58万頭となった。
このため21年に1頭36万1000円だった肥育用や繁殖用の素牛価格は、28年1月には75万4000円と2倍以上に高騰している。
【図1 和牛素牛の生産状況の年次推移】
25年度と26年度では肥育牛1頭あたりの生産費が約5万円増加したが、これは素牛価格の高騰が主な原因。図2のように肥育牛の生産コストのなかでは素畜費がもっともウエートが高い。このため素牛の頭数減少と価格上昇が続けば肥育農家の経営がますます圧迫されることから素牛の増産が急務となっている。
【図2 去勢肥育牛1頭あたりの生産費】
現在の子牛の生産状況をみると、乳牛と和牛繁殖雌牛は合計で約200万頭(乳牛140万頭、和牛繁殖雌牛60万頭)。これら母牛から生まれる子牛の年間出生頭数は乳牛50万頭、交雑23万2000頭、和牛50万5000頭となっている。
このうち和子牛の約8%(4万2000頭)が受精卵移植産子(ET産子)であり、JA全農畜産生産部では「和子牛増産にはET産子の増産が即効性ある対策」と位置づけている。
【図3 和牛および乳牛の子牛生産状況(平成26年2月の畜産統計ベース)】
◆ET 15倍の増産効率
和牛受精卵は年間10万卵移植され、そのうち全農ET研究所のシェアは23%(2万3000卵)を占める。
ET(Embryo Transfer)とは和牛繁殖牛から採卵した受精卵を乳牛の子宮内に移植して和子牛を生産する技術だ。全農ET研究所の採卵実績(1頭1回平均で8卵採取、年4回採卵により32卵)と国内のET受胎率(46%)で計算すると、年間15頭の和子牛を確保でき、人工授精(AI)による和子牛生産とくらべて約15倍の増産効率がある。
【図4 ET産子の増産効率】
和子牛を増産し繁殖雌牛を増やす取り組みも重要であるが、育成して繁殖牛にするまでには時間を要する。一方、ETを活用する増産は乳牛から和子牛を生産する方法だ。かりに和牛繁殖雌牛が減少しても、乳牛がいれば和子牛を増やすことができるといえる。
さらに全農ET研究所の受精卵は体内受精卵であり受胎率は全国平均46%にくらべて63%と高い。(25年度農水省調べ)また、母牛として血統登録が可能であることも特徴だ。
◆繁殖農家の所得向上
現在、全農ET研究所では研究所内の供卵牛550頭から年間最大で2万卵の受精卵を生産している。酪農家からの需要が高まっていることから、JA全農では和牛繁殖基盤の強化に向けた総合対策の柱のひとつとして「農家採卵による和牛受精卵の増産」を進めている。
繁殖農家と全農ET研究所が契約し、地元JAや同研究所によって過剰排卵処置と人工授精を行ったのち、獣医師資格を持つ全農ET研究所の職員が採卵し、採卵専用車の中で検卵し凍結する。
【図5 農家採卵モデル】
繁殖農家にとっては、受精卵の販売により所得を向上させる新しいビジネスモデルに転換することで経営資源を維持することができるとともに、畜産生産基盤の強化にもつながる。
全農ET研究所の農家採卵実績は27年4月~12月で3400卵。全国21のJAなどで実施している。畜産生産部では農家採卵を将来的に2万卵まで増やし、受精卵の供給能力をこれまでの倍の4万卵にまで拡大させたい考えだ。
現在は採卵に獣医師資格が必要なため獣医師の育成と確保が必要だが、同時に人工授精師、ET受精卵移植師なども採卵できるよう資格要件の緩和も必要だとしている。
◆キャトルステーション活用
ET産子による増産を地域のキャトルステーションが受け皿となって進める取り組みも柱のひとつとしている。
JA全農岩手県本部は県内の既存施設を活用してキャトルステーションの運営を始めた。
キャトルステーションから酪農家に獣医師を派遣して和牛受精卵を移植、分娩後はキャトルステーションが子牛を引き取り哺育・育成、それを県内の肉牛農家への素牛供給につなげるという仕組みだ。
JA全農長野県本部も酪農家からの要望が強くこれまでのキャトルステーションの規模を拡大した。いずれも酪農家の労力軽減と和子牛生産による増収、県内での増産をサポートする取り組みだ。
ICT機器を活用した子牛の損失防止による増産も対策のひとつだ。
和子牛の分娩事故率が約5%(全農調べ)で年間2万5000頭を失っている。農家の所得向上と素牛増産には事故の防止が重要になっている。
そのため分娩事故防止に効果のある「モバイル牛温恵」を普及し和子牛の増産をはかる。
◆ICT活用で増産
「モバイル牛温恵」は分娩予定日の7日前に母牛内にセンサーを挿入し、牛の膣温を24時間、5分ごとに測定し分娩兆候をメールで通知するというICT機器。体温の微弱変化を捉えて分娩1日前を検出して農家に「段取り通報」メールを送る。その後、分娩直前の2~3時間前の一時破水を捉えて「駆けつけ通報」をメールする。農家を24時間の見回りから解放するとともに、確実な分娩立ち会いで事故死を防止し、農家の心労も軽減させるシステムだ。
【図6 「モバイル牛温恵」の製品概要】
JA全農は機器を開発したリモート社と携帯メール通報など通信システムを担うNTTドコモと連携してシステムの改良と普及を進めている。
「モバイル牛温恵」は今年1月末で全国633農場(肉用牛繁殖農場、酪農牧場、サラブレッド牧場)で導入されており、販売台数も900台超となっている。
導入による分娩事故率は全農の調べでは0.4%と大幅に低下している。
【図7 導入による分娩事故率低減効果】
(写真)和子牛の増産が急務
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