畜産:JA全農畜産生産部
家畜の健康と食卓の安全結ぶ JA全農の若い力/家畜衛生研究所2016年7月4日
「生産者と消費者を安心で結ぶ懸け橋」を経営理念に掲げるJA全農―。畜産事業部門を担う畜産生産部の家畜衛生研究所は「家畜の健康と食卓の安全を結ぶ研究所」を目指して畜産現場を支えるさまざまな技術や資材の開発研究を行っている。その基本となるコンセプトが家畜を病気にさせない「予防衛生」の徹底。“健康な家畜が安全・安心な畜産物を作る”を課題にしている。その実践に日々取り組む職員たちの若い力を取材するため千葉県佐倉市にある同研究所を訪ねた。
◆基本コンセプトは「予防衛生」の徹底
JA全農畜産生産部には3つの研究所が所属している。飼料と素豚、畜産技術の研究開発や普及などを行っている飼料畜産中央研究所と、牛受精卵の研究開発と移植などを行っているET研究所、そして今回訪ねた家畜衛生研究所である。
家畜衛生研究所の基本コンセプトの第一は「生産性を阻害する感染症の予防衛生」である。家畜が病気にならないための研究開発などを行う。さらに「生産現場で衛生指導できる人材教育」と「生産現場に密着した技術対応」も第2、第3のコンセプトとしている。"生産現場に密着した技術対応"とは、研究所で開発された技術を現場に橋渡しし、生きた技術として普及・活用することだ。
こうしたコンセプトを実現するための2本柱の部署が「研究開発室」と「クリニックセンター」である。
このうち研究開発室の業務目標は、▽重要な家畜疾病の診断法の確立と予防に役立つワクチンなど疾病対策資材の開発を柱に、▽家畜が健康に育つ飼料原料や飼料の開発、▽衛生対策技術の指導支援となっている。これまでにワクチン13種、診断薬7種、機能性飼料7品目という成果を上げている。
一方、クリニックセンターは「農家への衛生指導」と「検査」の2つの業務を通じて、家畜予防衛生の徹底と農家への啓蒙、専門技術を持った指導支援などを業務目標としている。
◆現場支える仕事やり甲斐持てる
今回は入会3年~4年の若手職員に集まってもらった。みな獣医師である。 長濱明成さん(27)は2013年入会。この4月からクリニックセンターで「衛生指導」の担当スタッフとなった。業務は畜産農家を訪問して血液など検体採取と農家への衛生指導、さらに検体の検査結果の説明も行う。佐倉のクリニックセンターの担当エリアは関東・甲信越地区。新潟から山梨までをカバーし、長濱さんは先輩と2人で、多いときは週5日間、畜産農家を回っている。
「やはり現場に行くと何とかしよう、どうにかしようとやりがいを感じます」と長濱さん。企業的経営の大規模畜産農家も増えてきており「病気を起こさないで飼養し、いかに生産性を上げていくかが大切になっています。予防衛生の考え方は畜産農家で重視されていると思う。経験を積んでひとつでも役に立てるように努力していきたい」と話す。
長濱さんたち「衛生指導」のスタッフたちが畜産農家から持ち帰った検体を「検査」するのがクリニックセンターのもうひとつの部門だ。
2013年入会の郷右近賢司さん(27)は入会当初から検査を担当してきた。クリニックセンターの検査項目は血清検査、細菌検査、寄生虫検査、遺伝子検査など8項目あり、それぞれ畜種ごとに検査すべき病原体があるから、たとえば豚では50項目を超える。
検査はスタッフで役割分担をしており、郷右近さんは血清検査(抗体検査)と遺伝子検査、培養検査を担当している。血清検査は病原体による感染で抗体価が上昇しているかどうか、また、病気予防のために接種したワクチンの効果を判定するのも血清検査である。また、採取した検体のなかに病原体がいないかどうか培養する検査は結果が出るまで一定の時間を要する。
「農家のみなさんは一日も早く検査結果が知りたいと思います。一方で正確な検査結果を得るにはどうしても時間がかかります。しかし、遅れるわけにはいかない。難しいですが、正確な結果をいかに早く現場にフィードバックするかが私たちに求められていると思います」。
正確な結果を迅速に生産現場に伝え家畜を健康に育てる―、両立しがたい難しい問題にそれでも取り組めるのは家畜衛生研究所にはクリニックセンターという検査部門だけでなく「研究開発室」という研究部門があることだという。
「ある検査結果が示す疑いや可能性などを研究開発室のスタッフに聞きに行ったり、関連する論文などのアドバイスを受けることもできます。検査部門と研究部門の2つを持っているのが強みだと思います」。
◆基礎研究で貢献未知の病態解明
その研究開発室に4月から配属になったのが2013年入会の松本弘輝さんだ。入会から3年間はクリニックセンターで検査を担当し、研究開発室へ。テーマは子豚の下痢の病態解明だという。
子豚は一部の大腸菌が産生する毒素で下痢を引き起こすことが分かっている。下痢と呼吸器疾患は養豚経営に大きな打撃を与えるもので、まさに病気にさせない「予防衛生」が求められている。 ところが、どのような条件で下痢を引き起こすのか詳しいメカニズムは分かっていないのだという。現場から対策が求められており家畜衛生研究所でも以前から研究テーマとしてきた課題で松本さんも4月から長濱さんからこのテーマを引き継いだ。
下痢の原因はある大腸菌が生み出す毒素だと想定されているが、その毒素があっても下痢をしない豚もいるという。では、その違いはどこにあるのか、が目下の大きなテーマだ。下痢を起こしても抗生物質など投与すれば症状は治まり豚は元気を取り戻すかもしれないが、やっかいな耐性菌を増やす懸念などから可能な限り予防しようという流れに応える必要もある。 「病因が分かれば、たとえば、子豚の腸内環境を整える資材を開発、あらかじめ給与することで下痢の発症を抑えることもできるかもしれない。そういう夢をみています」と松本さんは話す。
2014年入会の朝日基さんのテーマは、牛で長年問題になっているある病原体だ。さまざまな疾患を引き起こすことが知られているが発症予防策は今のところない。朝日さんが取り組んでいるのはワクチン開発を見据えた基礎研究だ。
さまざまな試験ワクチンを作製し牛に接種して牛の状態を診断するという作業に取り組んでいるという。ワクチン開発なら有効な株の選定、有効な混合物質の検討、接種量と回数、安全性評価などと段階を経て進むが、朝日さんが取り組んでいるのは「それ以前の本当の基礎研究。ワクチンが有効かどうかも分からない段階です。もやのなかを進んでいかなければならない仕事です」と話す。また、この病原体でも、薬剤耐性が問題となっている。同じ病原体でも遺伝子型の違いが抗生物質が効くか、効かないかの違いをもたらしていると想定されることから、朝日さんは疫学調査ができればと考えている。
◆全国からデータ蓄積して発信を
疫学調査とはある病気の発生状態、病原菌などについて症例を広く集め分析する調査である。
この研究所で疫学調査ができると朝日さんが考えるのはここには全国から症例が集まってくるからである。クリニックセンター東北分室、大阪分室をはじめ家畜衛生研究所の事業拠点は全国に5つある。北海道から九州までの農場から検体が集まり、同じ病原体でもどの地域でどのような遺伝子を持つ病原体が流行しているのかを知ることも可能だ。
研究開発室の松本さんは「クリニックセンターの事業で全国からデータが集まる。これは他の機関にない特徴だと思います。積極的に発信して全国の畜産現場の防疫に役立つようにしたい」と話す。
現場からさまざまなデータが集積されそれをもとに研究開発して現場にフィードバックするのがまさに全農ならではの機関としての家畜衛生研究所の機能と役割といえそうだ。
「現場を回る職員も、検査、研究を担当する職員も仲間として畜産の現場を支えていると思います」とみな一様に話す。
◆畜産を元気にする
今回訪ねた4人はいずれも非農家出身。大学で獣医学を学ぶなかで畜産現場に役立つ研究開発を志すようになったという。 「研修で畜産農家へ。本当に大変な仕事だと思いましたが、国産はおいしく誇れるものだと思います。自分の仕事が役立てば」と松本さん。郷右近さんは「大規模農家から家族経営まで対応するのが全農の強みであり役割。畜産農家の目線で仕事をしたい」と話す。
長濱さんは「それぞれの得意分野が連携し力を発揮している組織だと実感しています。畜産現場に出向く体制が研究所の基本」と強調する。
朝日さんは「小さな農家でも守るのが全農の役割。自分の研究もそこにつながることを念頭に置いて仕事をしていきたい」と話す。
畜産も競争力強化が強調されるが、安定して経営し生産力を維持していくことが重要だろう。担い手が夢を持って日本の畜産を引き継ぐためにもそれを支える畜産技術を担う若い力が期待される。
(写真)得意分野で連携し日本の畜産を支える全農の若い力、2013年入会の長濱明成さん、郷右近賢司さん、松本弘輝さん、2014年入会の朝日基さん
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