畜産:JA全農畜産生産部
JA全農家畜衛生研究所クリニックセンター 検査を武器に農家をサポート【JA全農の若い力】2020年3月12日
JA全農の家畜衛生研究所クリニックセンターは、農家が飼養している家畜への衛生検査を実施し、疾病を予防することで畜産経営の発展に貢献する事業を展開している。今回はクリニック事業を担当する2人の獣医師を訪ねた。「日本農業を支えている一員、と実感しています」と意気込む。
検査を武器に農家サポート
【クリニック西日本分室 福田啓志さん】
◆データに基づき対策
クリニックセンターは検査によって家畜の疾病の原因を明らかにし、それに基づいて農場の衛生指導を行っている。家畜が死亡すれば大きな損害となるのはもちろん、病気を発症すれば治療費もかさみ、体重も増えないなど経営悪化につながる。農場がそうした事態に陥らないよう徹底した予防衛生の観点に立つのがクリニックセンターの事業である。
福田啓志さんは2014年入会。17年から西日本分室に勤務している。取材に訪れた日は、岡山県北部の和牛繁殖農場で検査結果の検討会が行われていた。
この農場では一部の牛に呼吸器疾患や下痢が見られたため牛クリニック検査を依頼した。福田さんは呼吸器症状について、検査結果をもとにどんな病原体が原因と考えられるかなどを農場関係者に説明していった。
そのうえで疾病予防のためにはワクチン接種が有効なことを提案。農場からは抗生物質の投与による治療などこれまでの対応でいいのではないかとの考えも示されたが、耐性菌を生み出す可能性もあることを指摘した。
下痢については糞便の検査結果から原因を検討、有効な薬剤を提案するとともに、コンプレッサーを使った石灰乳の散布なども提案した。
また、持続感染牛の有無についても報告され、幸いにも持続感染牛は存在しないことが判明した。持続感染牛とは、まだ免疫システムができていない胎子期に牛ウイルス性下痢(BVD)に感染すると、BVDウイルスを病原体と認識できずに自分の体の一部と思い込んでしまい、鼻汁や糞尿などに大量のBVDウイルスを排出し続けることによって農場に感染を拡大させ死亡牛を増やす牛のこと。持続感染牛を検査によって発見し淘汰することによって死亡率を大きく減らした実績があり、福田さんは必要があるとみられる農場にはこの検査実施を勧めている。
この農場では預託牧場の役割も担っていることから導入元の衛生対策も必要なことが検討会のなかで確認された。
福田さんは「検査をすればどういう対応をすればいいか方針がはっきりします。治療を続けてもあまり改善しないなら必ず検査を。長い目で見ればメリットになると思います」と検討会で話した。農場関係者らは「暖かくなれば治るだろうなどと話し合っていたが、検査を受けて光が射してきた思い」と話し、「他の牧場に負けちゃいられない」と優良な牛づくりに力を込めていた。今後は定期的に検査を受け、福田さんら相談する場を設けていくことにした。
◆現場での仕事にやりがい
こうしたクリニックセンターの検査は、各地の農場に飼料を供給しているくみあい飼料などの担当者からの情報に基づいて動く。農場には検査には確かにコストがかかるがエビデンスに基づいた飼養につながりメリットがあることを説明する。 家畜に病気や事故が発生する背景は、もちろん感染症が原因でもあるが、飼養環境に問題があることもある。福田さんは、検査結果を農場に分かりやすく説明することだけでなく、病原体以外にも飼料の給与状況や、気象などの要因による家畜へのストレスなどにも目を配るように努めている。
「最初は検査結果の説明で精一杯でしたが、それだけではなく飼養環境などを注意深く見て、感染症以外の要因も重視して問題点を探っていくことが重要だと考えています。現場で仕事をしているという実感があります」と話す。
それを心がけることで定期的に相談を受け検査を行うなど、継続して農場運営の改善を提案するような関係づくりにつなげていかなければならないと考えている。これまでに「クリニックがなかったらつぶれていた」という農場からの声も聞いた。家畜を飼っている以上、病気などのトラブルは避けられないが、発生したら治療をすればいいという考えから、いかに予防が重要だという考えに転換するか。定期的な農場のモニタリングによって生産者に意識を変えてもらうことも重要になっているという。
農場の問題点に応じて感染症検査だけではなく、さまざまな検査も実施している。代謝プロファイルテストもそのひとつ。牛の栄養状態をモニタリングする手法で健康診断的な検査といえる。牛群の栄養状態を把握し、そのバランスが崩れている場合は、飼料の改善などの対策につなげることができる。たとえば肉用繁殖牛では受胎率の低下や、子牛の成育不良などの原因を、母牛の栄養状態の問題であることを検査で示し、対策を立てることができる。あるいは放牧されている牛の栄養状態のモニタリングにも役立つという。
「検査できることは何でもしたいという思いです。そのためのスキルをしっかりと確立し、畜産農家の要望に応え経営に貢献したいと考えています」と意気込む。
小規模経営も全力で支援
【クリニック東日本分室 萱場昌さん】
萱場昌さんは2019年入会。3月末で入会1年を迎える。大学時代は牛の肺炎を起こす病原体などの細菌学を専攻していた。家畜衛生研究所のクリニックの仕事が家畜の病気の治療ではなく、予防であることにやりがいを感じて志したという。たとえば、消費者にとっても口にする畜産物が健康で育ったかどうかが問われたとき、予防という考え方を畜産現場に浸透させることに意義があるのでは、と考えた。
東日本分室に配属され、この1年間は先輩に同行して農場を回り採血などの検査スキルを身につけてきた。4月からは担当する農場を任される。
「クリニック検査で分かることは農場の病気の動きなど。家畜の状態や飼料の問題点など、病気の背景を探ることが重要だということが分かりました。問題をきちんと把握していく勉強を続けていかなければと思っています」と話す。
畜産の現場に出向いたのはこの仕事について初めて。大規模化が進んでいる現状がある一方、家族経営も少なくなく、そうした畜産農家への支援も課題だと感じている。 大規模農場とは異なり、家族経営では労働力も不足しがちで、農場の衛生管理面では、農場の清掃から長靴の洗浄まで課題を抱えている農場も少なくないと感じた。しかし、家畜に病気を発生させてしまえば経営に打撃となるのは明らか。そうならないよう予防対策がいかに大事かを理解してもらうことが重要だ。
長年の経験を積んでいる農家に学ぶことは多いが「データに基づいてしっかりと説明し、改善提案ができるかが問われると思います」。
また、全農の職員として感じているのはクリニック検査はもちろん、そのほかに日常的な衛生対策や、飼料の内容まで、小さな改善点を見つけて全体として支援することが求められていることだ。「きめ細かく農家を支援できるのが全農の強み。自分も全農職員の一員として日本の農業を支えるという実感があります。小さなことでも全力で現場をフォローしたいと思っています」と話す。若い力の発揮に期待したい。
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