地域イノベーションプログラムを 企業と連携して新たな変革へ挑戦 JA全中教育部教育企画課長 田村政司(下)2020年7月27日
イノベーション3つの視点
価値の創造とは、さまざまな定義があるが、ここでは「地域の人々(組合員)の営農と暮らしの課題を特定し、地域の人々を巻き込みながら解決する仕組みを構築し、持続的に運営していくこと」と考え、「地域イノベーション」と表現したい。そして、地域でJAが主体的な役割を担いながら、地域イノベーションを興すためには、3つの新たな視点が必要と考える。
「地域企業」とコラボ
一つには、地域に人がいて暮らしが営まれることを組織の前提とする、いわゆる「地域企業」とのコラボレーションである。JAは総合事業を営み、これまでは単独で組合員の営農と暮らしをかなり多くの領域でカバーすることができた。しかし、マイナス金利下での経営難、さらには、DX(デジタルトランスフォーメーション)という技術革新とそれらを上手に活用した暮らしの営み方の変化の下で、いかに総合事業といえども、JA単独で組合員の期待に応えていくことは困難な状況となっている。
例えばNTT、ヤマト宅急便などの企業グループは、JAと同様に、中山間・過疎化地帯を含めて地域に人が住み、暮らしが営まれていることを前提として運営されるユニバーサル企業であり、地域から「夜逃げができない」という点においてJAグループと同様に地域と一蓮托生である。またDXを先導し、いち早く企業活動に取り込んでいる。こうした「地域企業」とのコラボレーションが地域イノベーションの第一の視点である。
決して絵空ごとではない。彼らにとっても、農業という成長分野に大きな経営資源を有し、1000万人組合員という膨大な「顧客」の営農と暮らしに深くコミットするJAは魅力あるパートナーなのである。
当事者の参加・参画
二つ目の視点は、営農と暮らしに課題をもち、サポートを必要とする当事者、すなわち組合員の参加・参画の視点である。そこにどんな問題があり、何を望んでいるかを知っているのは組合員であるとするなら、問題解決のためにお金を出し、汗をかくのは本来組合員その人である。組合員を「お客様」ととらえ、JAが丸ごと面倒みることができる時代は既に終わった。そもそもJAの経営が立ちゆかなくなりつつあるのである。
協同組合であるJAにとって、最大の経営資源は組合員であり、組合員の参加・参画である。今後減り続けると予想される職員だけの力に頼っていては、地域イノベーションは不可能である。もちろん組合員の組織化をはかり、事業・活動に巻き込んでいく職員の役割はますます重要になる。組合員の当事者意識を引き出し、参加・参画を促す職員の組織力、コーディネート力、ファシリテーション力を、集合研修、組合員参加・参画の実践活動の中で磨き上げていくことは、中央会教育部門の役割と認識しており、現在、ファシリテーションスキル修得にむけた体制づくりをすすめている。
現場で問題を特定化
何が問題かは、見えるようで見えないものである。「農業は儲からない」「集落に人がいない」という問題は確かに問題である。ただ、そうした最終的な現象に問題意識をおいたとしても問題解決にはつながらない。組合員個々の「現場」、田んぼや畑、台所、居間という現場に身を置いて、組合員との対話を重ねていく中で、おぼろげながらに浮かんでくるイメージ、さまざまな人たちと交流する中で起きる一瞬の「閃き」をつかみ取った時に真の問題・課題は特定化される。
無限にある問題の中から、真の問題を「特定」することがイノベーションのスタートである。問題が特定できれば、そこから先は「地域企業」を含めて、問題解決策のノウハウを有するさまざまな組織・人を見つけ出し、コラボレーションしてソリューションを紡ぎだしていけばよい。難しいのは、解決方策よりも、むしろ「問題の特定」ではないだろうか。
例えば、農家が高齢化し、農産物を統廃合により遠くなった選果場まで車で運んでいくことが困難な農家が増えてきている。静岡県牧之原市にある「やさいバス株式会社」は、顔がみえる新鮮な野菜を求める消費者と高齢化で野菜を運ぶのが困難になった農家との間で、インターネットの注文と発注システムを構築した。参加する農家は注文のあった野菜を近くのヤマトの配送所(バス停)まで持ち込むと、ヤマトが全国物流網を生かして、注文者の近くにあるネコサポステーション(バス停)まで運び、発注者が取りにいくという地域間野菜流通システムをつくりあげた。現在、産地として静岡、長野、茨木、消費地として東京多摩地域において、モデル的に運用を始めている。(図表1)
高齢農家にとって、車でJA選果場まで運んでいければいいが、気づいてみればJA選果場よりヤマトの配送所の方が近く、注文があってから収穫して、持ち込むというリアルな手ごたえを感じながら、たくさんの野菜をつくることができるのである。いたって素朴な現場感溢れる問題意識から「やさいバス」は生まれた。農家にとっても、消費者にとってもすごくいいね」。
プログラム 志ある〝人財〟育成
地域イノベーションプログラムを担うのは、①いろいろとやってみようというバイタリティーとチャレンジスピリット、②歩きながら、人と対話をしながら考えるフットワーク、そしてなによりも、③地域をよくしたいという志・マインドを有する、まさしく「人財」である。こうした「人財」を育成していくための場、仕組みを意識的につくっていきたいと思う。
現時点で考えるプログラムのコンセプト・スキームは以下のとおりである。①組織の枠を超えた地域イノベーションに意欲のある「人財」を募集し、②地域イノベーションの理念と基本メソッドを学ぶとともに、志を同じくする仲間をつくる研修をおこない、③修了生同士が現場を紹介しあい、議論を重ねる交流活動を継続し、④仲間同士で「問題を特定」できたならば、互いの経営資源を出し合い、解決する仕組みを構築し、⑤現在は、さまざまなファンドを活用し、チャレンジしてみる一連のプログラムを構築することが必要と考える。(図表2)
研修会を開催し、あとは参加者が職場に戻って頑張ることを期待するというのでは、地域イノベーションは望めない。また、いきなりビジネス交渉をするといっても、利益を第一目的とする限り、こうした地域社会の問題解決は上手くいくものではない。地域をよくしたい志や思いがエネルギーの源泉だ。志を育み、仲間をつくり、相互の現場を訪問しあう時間と交流の中からプログラムは動き始めるであろう。
地域に根付き重層的に
地域イノベーションプログラムは、現場で根づいていくことが必要である。しかしながら、JAグループにしても、NTTやヤマトなど「地域企業グループ」にしても、ユニバーサルな大組織であり、現場の思い一つで現場を変えることはできない。それぞれが、官僚組織として意思決定の仕組みをもっている。
官僚組織は意思決定が遅いが、いったん意思決定ができれば、大きく持続的に動いていくという組織の性格を有している。上意下達、前例踏襲、縦割りの官僚組織は、いい面と悪い面がある。そのことを否定するのではなく、官僚組織のもつ性格を上手く使いこなしていくことが必要である。
その意味で、地域イノベーションプログラムは、市町村という現場段階、県・ブロックという都道府県段階、全国段階というコラボレーションする「地域企業グループ」の階層に合わせて重層的に仕組んでいくことが必要かと考えている。なお、本稿ではユニバーサルな「地域企業」に関心を寄せているが、もちろん地場の中小企業とJAとの地域イノベーションはより重要である。別の機会に提案したい。
◇
来年度は、全国・都道府県においてJA大会が開催され、JA現場では新たな中期3か年計画が検討される年である。自分自身の新たなテーマとして、イノベーションと人材育成にむけて仲間と共に知恵を絞っていきたい。
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