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【クローズアップ】コロナ禍1年の備忘録(2)JCA客員研究員 伊藤澄一2021年2月25日

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2 政治と科学の連携

2021年1月28日にオーストラリアのローウィー研究所が新型コロナウイルスへの世界98か国の対応ランキングを発表した(注5)。調査データは感染者数、死者数、対人口100万人の感染者数・死者数、検査数、陽性率などの6項目。1位はニュージーランド、日本はやや意外な45位であり検査数などが信頼を落としたと思われる。2位以下は、ベトナム、台湾、タイなどと続き、8位はオーストラリア、韓国は20位。さらにドイツの55位に続きイタリア、カナダ、イギリス(66位)、フランス(73位)、ロシア、スペイン、南アフリカ、インド、アメリカ(94位)、イラン、メキシコ、そして最下位98位がブラジルとなっている。中国はデータ面で除外されている。

同研究所は、「経済発展や政治体制の違いによるランキングへの影響は想定より小さかった、指導者への市民の信頼、指導者による適切な国家運営が重要」と指摘している。このような調査とランク付けはこれまでになく、真摯に耳を傾ける必要がある。このような調査とは別に、やはりその国の指導者の言葉は注目してきたところであり、以下に触れたい。

(1)指導者の言葉

世界に目を転じてみると、2020年12月末にはコロナ災禍によって8270万人の感染者と180万人を超える命が奪われ、2021年の1月末の現在になっても日々60万人の感染者と1万人以上の死者を出し続けている(注6)。1月27日には感染者が1億人を超えた。各国を対人口100万人の死者数をみると、2021年1月30日現在で、イギリス1558人、イタリア1460人、アメリカ1327人、メキシコ1226人、フランス1164人、ドイツ681人、世界283人、インド111人、日本45人、オーストラリア35人、韓国27人、中国3.3人などとなっている(注7)。

世界同時のパニックでは、各国の人々は自らが感染予防のための自衛の行動をとり、ある人々は神仏に加護を求めて祈り、多くの人々は国の政治や行政、医療制度に救いを求めている。そのような日々、世界の政治指導者の言葉が注目された。

例えば、オーストラリアの東に位置する、人口500万人の島国であるニュージーランドの若き女性首相アーダーンのような傑出した指導者のコロナ英断の言葉の数々は、高い水準の民主主義の実践をうかがわせる。

大国のトップで世界が注目した首脳は、アメリカのトランプ前大統領とドイツのメルケル首相だろう。メルケルもトランプも選挙制度によって選ばれた国のトップである。それだけに、日々、コロナ災禍で国民が亡くなっていく悲惨な現実のなかで、世界の国家トップが国民に向けて発した言葉は各様で、経済活動と自粛要請の狭間で混迷を極めた。とはいえ、指導者の資質や言葉がコロナ災禍の感染者数や死者数の違いに影響を与えたというエビデンスはない。メルケルの言葉がドイツ国民の自粛意識に決定的な影響を与えたとのエビデンスもない。トランプの言葉がアメリカのコロナ惨禍に加担したとのエビデンスもない。

ドイツは直近の1週間(1月30日時点)の対人口100万人の死者数(注7)では62人となっており、66人のアメリカと拮抗している。因みにイギリスは121人と変異ウイルスで非常に厳しい。日本は増加傾向だが5人である。死者総数は、アメリカが43.9万人(1位)、ドイツは5.7万人(10位)となっている。

昨年3月のメルケルの国民向け演説(注8)は、ドイツ国民にも世界の人々にも命の大切さを訴えて心うつものであった。ドイツは公立病院が過半で政府が指揮命令権限を持ち、一般病床をコロナ病床に転換して、医療体制を維持したといわれる。しかもPCR検査を強力に進めるなどで、欧米諸国のなかでは死者数も低位で、政治と科学(感染症機関のロベルト・コッホ研究所など)の連携によりコロナ対応では欧米先進国のモデル国とされる。しかし、冬場になってドイツは先述のような苦境に陥った。メルケル首相は12月9日のドイツ連邦議会で再び【参考2】の演説を行った。筆者はコロナ禍のなかの政治家の言葉として、さらに現在の世界の政治指導者が発する高い水準の言葉として本稿でも記したいと思う。

【参考2】メルケル首相の12月演説

私が非常に心配しているのは、ドイツの1日あたりの新規感染者数が1週間ごとに約3500人ずつ増えていることです。以前は感染者数が少なかった旧東ドイツの州でも、数が急激に増えています。しかもクリスマスまであと2週間しかありません。わずか2週間です! 我々は感染者数の爆発的な増加を防ぐためには、あらゆる手段を取らなくてはなりません。科学者たちは、クリスマスの休暇に、市民の接触を必要最小限のレベルまで減らすべきだと提言しています。

私はこれがいかに難しいかを知っています。クリスマスの風物詩であるホットワインやワッフルの露店が町の広場で準備されていた時に、政府から『食べ物を屋外で食べてはならず、家に持ち帰らなくてはならない』と命じられることが、人々にとっていかにつらく不愉快であるか、私は理解できます。申し訳ありません。私は心から申し訳なく思います。しかし接触が減らない場合、我々は毎日590人の命が失われるという代償を払わなくてはなりません。これは、私の考えでは絶対に受け入れられません。したがって、我々は今行動しなくてはならないのです。科学者たちは、クリスマス直前の時期を、市民の接触を大幅に減らすために使うべきだと訴えています。子どもたちの就学義務を一時的に廃止して、冬休みを早めることを批判する人もいるでしょう。しかし我々はパンデミックという100年に1度の災厄に襲われている今、オンライン授業など緊急的な解決手段を見つけるべきです。もしも我々がクリスマス前にロックダウンを始めず、人々と接触し続けることで、今年が祖父母との最後のクリスマスになったとしたら、我々は重大な間違いを犯すことになるでしょう。そうした事態は絶対に避けなくてはなりません(注9)。
 
(2)コロナの不条理

伝えられた記事によれば、メルケルの演説のテーマは2021年の予算案だったという。メルケル政権はパンデミックによって経済界が受けつつある打撃を緩和するために、巨額の借金をして市民や企業支援をしている。そのために、財政赤字が急増するがその必要性を国民に説明する、その演説の後半での感情を露わにした言葉である。「我々の努力は不十分だった」と結論づけ、科学者の一面をのぞかせて「私は科学による啓蒙の力を信じています。啓蒙主義は、今日のヨーロッパ文明の基礎です。私は社会主義時代の東ドイツで物理学を専攻しました。その理由は、社会主義政権がいくら政治的な出来事や歴史上の事実を捻じ曲げることができても、重力や光の速度などに関する事実や法則を歪曲できないと思ったからです」と述べている。つまり、感染拡大の防止策について懐疑的な市民たちに対し、「新規感染者数や死者数の激増を示す数字を直視してほしい」と訴えたのだ。このような言葉を口にしたときに、メルケルは拳を振り上げ、声を高ぶらせている。TV報道の映像で見た方も多いだろう。ドイツのメディアは突然首相が感情的になったと評したという。それでもメルケルの国民の命を思う真剣さ、熱意がひしひしと伝わってくる演説であった。科学の声を聴き、国民に理解を求めて必死の説得をしても厳しい事態に遭遇する不条理。それがこの秋に首相の座を去るといわれているメルケルの苦境でもある。EU秩序を牽引する第一人者としてドイツ首相在任が17年に及ぶキリスト者メルケル、その永年にわたる一連の発言が改めて想起される(注10)。

一方で、トランプについては特段の説明を要しない。昨年の4月10日に世界の死者は10万人を超えたが、最多の1万9000人に迫るアメリカはパニックであった。当時は世界の累計感染者数も170万人となり、毎日10万人のペースで増えていた。アメリカは50万人を超えて突出していた。WHO(世界保健機構)のテドロス事務局長は危機感を露わにしていた。トランプは記者会見で「感染のピークは近い。経済活動をできるだけ早期に再開させたい。家に閉じこもっていたって、死を待つのに変わりはない」と豪語している。トランプのコロナ対策の基本的な認識はその後もこのようであった。

コロナ対策ばかりでなく、トランプ政治とは何であったのか、バイデン大統領に交代した現在、その論議が始まっている。アメリカが失った民主主義を論じる動きなのだが、『世界』(2021年1月号)で、「ポスト・トランプの課題」を特集している。論文タイトルを拾ってみると、「ドナルド・トランプの危険な嘘」、「深き分断 アメリカのこれから-2020年大統領選を分析する」、「犬笛政治の果てに-トランプ大統領の4年間を歴史的に考える」、さらに自由主義秩序の行方として「ポスト・トランプ状況と国際協調の行方」などとなっている。先ごろの大統領選で国を二分する7400万人の国民の支持を得たトランプも急速に支持を下げているが、トランプ的な勢力がアメリカ社会には根付いてしまっていると識者は指摘する。

吐き出す呼気のように虚言を弄した前大統領が、コロナ対策には無関心なだけでなく、自己利益のために振る舞い続けた姿は、民主主義によって選出されたトップがもたらした政治の不条理として看過することはできない。
 
(3)日本のケース

10月8日に「新型コロナ対応・民間臨時調査会」は報告書を公表した。民間シンクタンクが日本の新型コロナ対応を検証したもので、政府・関係省庁、日本医師会などのトップや責任者83人に100回を超えるヒヤリングを行ったものである。その結論は「政府の対応は場当たり的だったが、結果的に、先進諸国のなかでは死亡率が低く経済の落ち込みも抑えられた」というものだった。

コロナ災禍の感染者数と死者数の低位を維持している日本だが、この間、科学と政治の連携については国内でも常に論じられてきた。それはアメリカ国立アレルギー・感染症研究所のファウチ所長と対立し続けたトランプの虚言とは異なる。また、メルケル率いるドイツ連邦政府と国の感染症研究機関であるロベルト・コッホ研究所の科学者たちとの連携のようでもない。どちらかと言えば、トランプに近いかもしれない。わからなければついてもいい嘘をついたのが安倍氏だった。菅首相は嘘をつくつもりはないが、下した視野の狭い決断にこだわりをもつ。どちらも説明責任や説明能力に欠ける。科学はそのような政治判断に反論しにくい状況になっている。

政治が科学の提言を採用しないきはその理由を説明しない。科学を使うときはそれを正当化の理由とする。エビデンスやそれに近い根拠をもとに提言する科学を政治が採用しない場合は、やはりきちんと説明する必要がある。国民は科学と政治のやりとりを情報として理解したいからだ。政治や行政が国民にコロナ禍での自粛を求めるときに、強制措置がとれない要請であるからなおさらである。

因みに、日本の行政には3つの壁がある。過去にこだわる前例主義、行政の横がつながらない縦割り主義、確定した予算や予備費・補正予算の裏付けがないと動かない予算主義である。平時の仕事の仕方は有事には3つの壁となって動きがとれない。PCR検査の停滞はまさにこれらが相乗して壁となったが、厚生労働省内の組織問題を指摘する向きもある(注11)。

コロナ災禍の折に、日本学術会議委員の指名をめぐる官邸と学者たちとの無用な対立は、不幸なできごとであった。専門家だけの「専門家会議」から各層の代表が委員となる「分科会」への組織変更は、今度は政治主導を科学が補完するようなジレンマも生じた。これらは日本における政治・行政と科学の連携の在り方を問う一例である。科学者のメルケルは「私は科学による啓蒙の力を信じています。啓蒙主義は、今日のヨーロッパ文明の基礎です」と語ったが、メルケルと日本の政治リーダーの国民へのメッセージのギャップはこのようなレベルの違いがある。
 
(4)科学者の良心と叡智

さらに、菅首相は東日本大震災からの復興と人類がコロナに打ち勝った証として五輪開催を実現する決意だと述べている。しかし、何かそこには感染者数も死者数も先進国で低位にある日本を誇示するかのようなトーンがある。民間臨調の報告書の指摘するように、そのために特別な努力を政治がして見せたわけでもないのに、そのような物言いに不遜なものを感じる。

例えば、東日本大震災から10年を経ていまだに故郷を失ったままの福島の皆さんの今後、原発施設の後処理の問題など、復興のアピールなどできるものだろうか。あるいは感染拡大と死者の増加が収まっていないなか、コロナの変異種が次々と発生しつつあり世界各国も非常な苦しみのなかにあるが、そのような国々から人々を日本に集めるということが、新ワクチンが出てきているといえども、無謀の誹りは免れない。8割の国民が中止・再延期を支持しているのに、科学も沈黙したまま政治も行政も必要な議論すらストップさせている。この先がどうなるかわからないが、これが1月末時点の日本の状況である。

1月8日に緊急事態宣言の再発出が1都3県に出されたその日、ノーベル賞を受賞した4名の科学者が連名で以下の【参考3】の「声明」(注12)を出した。

4氏は「声明」で科学と政治の分断された関係の改善を求めている。コロナ対応病院を設けて通常医療を維持する、2年目になっても世界低位にあるPCR検査の大幅拡充と無感染者の隔離の原則を強調し、さらにワクチン対応など今後の感染症発生に備えるための産学連携の強化、科学者の真の意見を反映する国の機関の創設などを提言した(注13)。日本における世界の叡智の提言である声明の深刻さに日本の政治と科学の連携不足の現況が読み取れる。

【参考3】ノーベル賞受賞学者の声明
声明

過去一年に渡るコロナ感染症の拡張が未だに収束せず、首都圏で緊急事態宣言が出された。現下の 状況を憂慮し、我々は以下のような方針を政府に要望し、実行を求める。

一、 医療機関と医療従事者への支援を拡充し、医療崩壊を防ぐ

二、 PCR 検査能力の大幅な拡充と無症候感染者の隔離を強化する

三、 ワクチンや治療薬の審査および承認は、独立性と透明性を担保しつつ迅速に行う

四、 今後の新たな感染症発生の可能性を考え、ワクチンや治療薬等の開発原理を生み出す生命 科学、およびその社会実装に不可欠な産学連携の支援を強化する

五、 科学者の勧告を政策に反映できる長期的展望に立った制度を確立する

2021 年 1 月8日
大隅良典 大村智 本庶佑 山中伸弥

※コロナ禍1年の備忘録(3)へ続く(26日掲載予定)

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