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【クローズアップ】コロナ禍1年の備忘録(4)JCA客員研究員 伊藤澄一2021年2月26日

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5 平時の健康管理-免疫力を養う

(1)結核とコロナウイルス

世界が抱える三大感染症がエイズ、マラリアそして結核である。新型コロナウイルスは第4の感染症となりつつある。日本人にとっての感染症は、何といっても結核である。日本人は結核という感染症とともに歩んできたと言ってよい(注16)。BCG接種率の高さがそれを示している。結核は世界で毎年1000万人が罹患し150万人が死亡する難病。日本では毎年ほぼ15000人が罹患し2000人が死亡しており、1年を経過した時点で新型コロナは結核の死者数の2.5倍になり、感染者数は25倍になった。

一方で、この間の科学や医療の知見も目覚ましく、4のように有力なコロナ新ワクチンによって人間とウイルスの適度な共存関係に収束する可能性も高い。

さらに、コロナ新ワクチン接種が始まるが、コロナウイルスへの対応として、(1)マスク着用・手洗い・うがい・消毒・入浴などの生活習慣、(2)3密(密閉空間・密集場所・密接場面)の回避と換気、(4)何らかの遺伝的要因、そして(5)結核予防のBCG接種の影響などへの関心は変わらない。

これまで、私たちを勇気づけたのは、感染予防の世界共通の認識となった(1)、(2)の徹底であった。それらによって、微粒子のマイクロ飛沫感染と手指などからの接触感染が抑えられることが実証されている。マイクロ飛沫は、空気感染と飛沫感染の中間にあたる微粒子の飛沫で、床に落ちないで空中に浮遊し続けるという。NHKのBS放送では光センサーや高感度カメラを使った実験を行った。くしゃみや大声で口から出たマイクロ飛沫の浮遊や流れを映像として可視化した。さらに10人程度の立食会で蛍光塗料をウイルスに見立てた感染者の手指から次々と別の人に伝播していく様を可視化した。サーキュレーターと扇風機を使った換気の効果的な実験も可視化された。まさに、百聞は一見に如かずであった(注17)。

(1)と(2)に関する実験は感染予防の世界標準になったと言ってよく、科学実験の知恵のような方法だと思う。NHKは折あるごとにこれらの映像を放映しており、日本人の感染回避のマナーとして定着した。これは感染症対応の基本であることは変わらない。また、(3)についても東アジアの感染者・死亡者の少なさについて人種や遺伝子との関連で研究が進んでおり、コロナ新ワクチンと連動してアジア型の展開があるかもしれない。
 
(2)自己アラート

免疫学の宮坂昌之先生は新型コロナについての教科書のような本を出版している(注18)。著作でのコロナウイルスや人間にとっての「免疫力」の話は「目から鱗」でもあった。NHKなどのTV番組での国民への解説は視野を広げるのに役立った。

とくに、日々の生活で健康を管理して免疫力(細菌やウイルスに対抗して身体を守るシステム)を高めに維持することが重要だと指摘している。平時でも有事でも生まれながらに持つ自然免疫と病気や予防薬の接種による獲得免疫で、体外の異物や感染症に免疫力をもち、自己アラート(自分のからだが発する警告。危機の意識)で対処していくことも大切だという。リスクを避けて、備える意識、それが自己アラートとなる。体調はひとり一人違うので、自分を管理する意識を持つことだと思う。平時の仕草は有事にも役立っているのだ。コロナによって視野を狭めてはいけないとの指摘も納得できる。

具体的には食事のバランス、歩行・体操などの適度な運動、睡眠、日光浴、定期的な健診、禁煙、ストレス回避などに努めることだ。農文協も農家の生活や農作業は太陽を浴びてする適度な運動であり、自己治癒力にいいと特集している(注19)。作った野菜を直売所に出荷すれば心も躍動するなど、気をつければコロナとは無縁の日々なのである。委縮し過ぎて家に閉じこもりはいけない。

卑近な話で恐縮だが、筆者は山歩きが趣味なので訓練を兼ねてほぼ毎日、速歩で汗をかくことを生活の基本としている。80分で9000歩程度。コロナ禍でも人のいない時間に川べりや公園を歩く。もうやめられない。何がいいのかというと、「ごはんが美味しい、よく眠れる、便の出がいい」(快食・快眠・快便=3快)に尽きる。これが宮坂先生のいう私自身の自己アラートの基準である。3快がサインになっている。夏場の山歩きがしたい一心の日々の速歩、まさに自己流の免疫力を養う手段となっている。恐らく、これがコロナ対応にもなっているのだと信じている。

さて、人類には細菌・ウイルスとの共存共生の歴史がある。それを究明する免疫学は、私たちの日々の健康生活をサポートする注目の科学となっていくと思う。JAグループが取り組み私自身も実践する「健康寿命100歳プロジェクト」は、宮坂先生の免疫論とも重なっている。この運動は高齢者の心と身体の免疫力を維持・強化する自助のメニューでもある。コロナの2年目に入って、前述のように、地方・高齢者への感染拡大と重症者・死亡者が増加しているが、一般的にはほとんどの方は感染していない。(1)を正しい理解の拠り所として、自己アラートも動員して、運動、食事そして主治医との会話を大切にして定期的な健診なども怠りなく、日々の暮らしのなかで引き続き、免疫力を養っていくことが大切だと思う。

6 ウイルスと人間の未来

コロナ災禍に至るまでに、世界はいくつもの共通問題に悩んできた。それらは(1)核・原子力問題が軍事とエネルギーで赤信号を点し、(2)温暖化問題が地球環境の悪化と異常自然災害の発生を恒常化させ、さらに(3)著しい貧富の格差問題が人間の分断・対立と差別を助長している。資本主義の過度な競争による地球と人心の荒れ野にやってきたのが、(4)コロナ災禍だと思う。豊かな国も貧しい国も、そこに暮らすすべての老若男女も等しくあのような人間の尊厳を著しく損なう死と向き合っている。(1)から(4)の問題は、地球上に棲みかを得た人類が築いた現在の社会・経済、さらには政治・科学のシステム転換を迫っているように思われる。

いまだに厳しい第3波のさなかにあるが、ポストコロナの論議もされている。それは人間が闘う真の敵はコロナウイルスなのかどうか、ということだ。コウモリを宿主として恐らく1万年は共存共生してきたというコロナウイルスが、なぜ人間を宿主としたのか。ウイルスになったつもりで想像してみた。

ありとあらゆる地球資源が枯渇するまで経済を支配し科学を駆使して富を求める人間や資本の強欲が、地球の辺境に棲む小動物やそこに共生するウイルスまでも駆逐する事態への強い警告がコロナ災禍なのではないか(注20)。コロナ新ワクチンの登場も、ウイルスには政治と科学による一方的な攻撃のように映っているだろう。だから、ウイルスも生き延びようとして変異を遂げて、これからも登場してくるのではないか。人間の徹底した感染抑止とウイルスとの距離感の維持で、相互の生きる際(きわ)を分けたい。コロナ新ワクチンによる終息は難しいかもしれないが、一定の成果のもとに収束することを願いたい。

天然痘と牛疫の根絶に貢献したウイルス研究の山内一也先生は、20世紀はウイルス根絶を目指した時代で、21世紀は共存の時代だと指摘する(注21)。ウイルスは30億年前に地球上に現れ、人類の祖先が現れたのが20万年前。地球上の『生命の1年歴』に例えれば、1月1日の午前零時である46億年前に地球ができて、その後ウイルスが出現したのは5月の初め頃、人間が出現したのが大晦日の最後の数秒である。老先生は、ウイルスにとってみれば人間はとるにたらない存在であり、人間とウイルスは敵とか勝ち負けの相手ではない、生命体としてのウイルスと人間の区分はつけがたいと指摘する。人間の遺伝子のヒトゲノムの4割はウイルスであり、身の内のようなもの。100兆個ある人の腸内細菌にはおよそ1千兆のウイルスがいて免疫細胞の棲みかにもなっている。今後は野生のウイルスとの共存も考え、我々の体内で共に生きてきたウイルスを科学する時代がきていると説いている。これらの言葉は筆者にはすっきりする。

眼前のコロナ災禍の収束と未知なるウイルスとの共存を探ることで、地球と人間の新たな持続可能性の端緒が拓けると思う。
 

おわりに

この1年というもの、近くに住む小学校6年生の孫の日々の生活を案じながら見守ってきた。最高学年として下級生たちの範となり、あふれるような体力と気力を体育館や運動場で発散させて友達と交わり、少し大人の雰囲気を醸し始める、一生に1年の貴重な時間がコロナ禍という有事の時間とともに過ぎて、残りわずかとなっている。世界の子どもたちも同じだと理解しているようだが、健気である。

温暖化という環境変化が誘因の一つなのだが、このような事態を招いた大人の責任を子供たちに背負わせてしまった1年だった思う。「人新世の資本論」の斎藤幸平が著書で指摘するように、環境に優しいECOな暮らしを心がけている「やっている感」での狭義のSDGsでは「もう間に合わないよ、何をやっていたの」と彼らから問われるのは時間の問題かもしれない。資本主義の行きついた先が、最も上位の世界26人の大富豪の富が最も下位の38億人の貧しい人々の富よりも大きい事態となっているが、「世界の富裕層の10%の人々が排出するCo2は全体の半分を占める一方で、下位半分の人々が占める排出量は10%に過ぎない。その10%の富裕層の人々がヨーロッパの平均的な個人と同じ程度のCo2の排出量にまで減らせば、全世界のCo2の排出量を1/3に減らすことができる」と斎藤は言う。その10%に日本人の多くが入るだろう。次代を担う子供たちに、そのことを日々の生活の中で伝えなければならない。そうでないと子供たちは世界のグリーンな心をもった子供たちと普通の会話ができないかもしれない。

2021年1月末の今、コロナ災禍の世界は新ワクチンに大きな期待が集まり、争奪戦が始まっている。新たなステージに入っている。ここでも日本は立ち遅れているが、そのことよりも心配なのは次のパンデミックが来たときに、日本の国を運営するシステム(とくに政治・行政、医療・介護、社会保障)は今回と同じ轍を踏むことになるのではないか、ということである。

資本主義の過度な競争による地球と人心の荒れ野にやってきたのが、コロナ災禍であったと反芻するとともに、孫たち次々世代のために私たちが最後の力を尽くさねばならないと思うのである。(了)

 関係資料など

(注1)厚生労働省。「新型コロナウイルス感染症に関する報道発表資料」による。チャーター便、クルーズ船に関するデータは含まない。

(注2)サンデーモーニング(TBSテレビ。1月24日)。厚生労働省のデータより抽出。

(注3)日本医師会プレスリリース。「新型コロナウイルス感染症に関する最近の動向にについて。1月14日」

(注4)左巻健男。「コロナを優に超える死者を出した感染症の歴史。2020年8月4日」

(注5)AFP=時事通信

(注6)NHK。「新型コロナウイルス 世界の感染者数・死者数(累計)。毎日午後3時」

(注7)札幌医大フロンティア研ゲノム医科学「人口当たり新型コロナウイルス死者数の推移」

(注8)メルケル首相の3月の国民向け演説は、『文化連情報9』(日本文化厚生連)の「地球と人間の危機-コロナ災禍に向き合う」で記述した。

(注9) Foresight。2020年12月15日記事

(注10)アンゲラ・メルケル『わたしの信仰』(新教出版社。2018年11月1日)

(注11)上昌広。『日本のコロナ対策はなぜ迷走するのか』(毎日新聞社。2020年11月30日)

(注12)山中伸弥コロナホームページ。「大隅先生、大村先生、本庶先生との声明(2020年1月8日)」

(注13)後日、声明の具体的な説明をTV番組の質問に答えて、各氏が答えている。

(注14)大隈典子。『コロナにBCGは有効か?』(ダイヤモンドオンライン寄稿。2020年4月13日)、NHK・BS1の番組等での山中伸弥の指摘などがある。また、小林弘幸。『なぜ日本は重症化率が低いのか』(プレジデントオンライン。2020年12月13日)も参考となる。

(注15)山口成仁。「新型コロナウイルス(COVID-19)の死亡者数減少に対する日本株・ロシア株BCG接種の有用性のビッグデータによる検証および考察」。

(注16)戸井田一郎。『BCGの歴史:過去の歴史から何を学ぶべきか』(資料と展望No48。2004年1月)

(注17)NHK。「可視化でここまで見えた!コロナ・ミニ版」(2021年1月10日)。2020年のBS1で放送した内容のミニ版を製作して啓蒙に資したもの。

(注18)宮坂昌之。『新型コロナ7つの謎-最新免疫学からわかった病原体の正体』(講談社。2020年11月20日)。『免疫力を強くする-最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』(講談社。2020年7月7日)

(注19)現代農業1。『農家が教える免疫力アップ術』(農山漁村文化協会。2021年1月号)

(注20)斎藤幸平。『人新世の資本論』(集英社。2020年9月22日)。人新世とは人間の活動の痕跡が地球の表面を覆い尽くした時代として、資本と社会と自然の調和で気候危機の克服を提言。もはやSDGsでも気候変動は止められないとする。

(注21)山内一也。『新版 ウイルスと人間』(岩波書店。2020年10月15

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