【クローズアップ:緊急事態下の産地は今】コロナ禍 影響じわり気候変動に懸念も―首都圏の台所・ 茨城の現場から(1)2021年8月26日
新型コロナウイルスが世界中に広がり、2年目。わが国でも東京を含む関東各県、大阪府など人口密集地の都府県を中心に第4次緊急事態宣言下が広がり、勢いはさらに拡大、収束の見通しはたっていない。東京五輪・パラリンピックを除いた各種イベントが軒並み中止になり、「外出自粛」や海外からの観光客が途絶え、飲食店やホテル、観光業界などが苦境に陥っている。この影響は農業分野にも及んでおり、農畜産物の重要な販売先である加工・業務用、観光業、外食産業などに大きな打撃を与え、丹精した農畜産物が販売先を失ったり、買いたたかれたりしている。
また農畜産業は、今年の盆時期の長雨や台風の来襲などのような異常ともいえる気候変動の影響を受けている。
このコロナ禍と異常気象の中で、首都圏の台所と言われている農業県・茨城と農協の動きや対応はどうなのか。全農茨城県本部(全農いばらき)と県内の主要な農協である水戸、水郷つくば、北つくば、なめがたしおさいの4農協を取材し、2回に分けて掲載する。(取材・構成:客員編集委員 先﨑千尋)
多彩な販路で反転攻勢
筑波山麓にひろがる下館付近の農地
多種多様な農を念頭に総合力生かし地域貢献
第1回の今回は、茨城県の主力農業を支える全農茨城県本部の県本部長鴨川隆計氏に現状と課題、今後の戦略などを聞いた。(聞き手 先﨑千尋)
鴨川県本部長
まるでボディブロー
――最初に、茨城の農業の特徴をお聞きしたい。
茨城は平たん地が多く、農地面積や農家戸数も多いので、2019年の農業産出額は4302億円と北海道、鹿児島県に次いで全国第3位。東京都中央卸売市場における茨城の取扱高は17年連続でトップの座を占め、首都圏の重要な食料供給基地となっている。生産者の高齢化や耕作放棄地の増加など全国共通の課題、問題もある。
産出額の内訳は、園芸(芋類、野菜、果実、花卉)が49%、畜産が29%、米が19%で、園芸部門の割合が高く、鶏卵、カンショ、メロン、ピーマン、ハクサイ、レンコン、干し芋など日本一の品目が13もある。
県内には17農協あり、園芸で売り上げ100億円を超える農協はなめがたしおさいなど5農協ある。
――コロナの影響はどうか。
県全体では、ここへきてボディブローが効いてきている感じだ。販売事業として見ると、飲食店やホテルなどに納める業務加工用の野菜や牛肉などが減った。外食・中食業向けのレタス、ハクサイ、キャベツなど影響が大きい。県のブランドでもある「常陸牛」は、ホテルや高級店が営業できなくなり、高級部位中心に需要がなくなった。
一方で、直売所やネット通販は伸びている。
米は、通常は家庭用が60%、業務用が40%の消費割合であり、巣ごもりから家庭消費への転換が期待されたが、1人当たりの消費量へ減少傾向が続いている。全国どこでも同じだが、在庫を抱え、販売に苦労している。
農畜産物以外の事業では、例えば燃料関係は、ガソリンスタンドでは、人の移動が減ったことにより、ガソリンが売れなくなっている。また葬祭関係は、家族葬が増え、葬儀が小さくなり、お茶など購買取扱高が減るなどの影響が出ている。
――そのような需要の減少や変化に対して、全農、農協はどう対応しているのか。
業務用野菜は、生産と消費をリンクさせるために半年前から準備し、契約取引を行うが、コロナ禍により販売が滞ったため、急きょ販売先を変更するなど調整して対応した。今後は契約の減少した業務用野菜の代替品目としてブロッコリーなど新たな契約品目などを増やしていくが、冷凍向けの野菜や加工向けも選択の一つ。同時に、販路の再修正や拡大も図っていく。
米は、販売の低迷を想定し、飼料用米への転換と長期販売のための共計(共同計算)米へのシフトを呼び掛けてきた。そして今後は、自給率の向上に重要な対策として飼料用米の継続、高温耐性品種や病害抵抗性品種への転換や穀物類との輪作の転換、そして現物市場を見据えた共計システムの再構築を進めたいと思っている。
畜産は、学校給食への提供、ネット通販、カタログ販売、直売所の強化など。
全農いばらきでは、生産者と消費者のかけ橋として直営の直売所「どきどき」にレストランを併設してきたが、茨城町店でこれまでのビュッフェ方式からカフェタイプにリニューアルした。今のところ順調にいっている。
気象変動と自然災害
――気象の変動や自然災害に対してはどのような対策を講じているのか。
水戸市はこの100年で気温が2度前後上昇している。降水量の変化はないが、集中豪雨が増えている。今まで発生していなかった病害虫の被害が増え、イノシシなどの野生動物の被害も増えている。また今、最も懸念されるのが米の縞葉枯病とカンショの基腐病だ。
米は縞葉枯病の抵抗性品種の推進や高温耐性のある品種への転換が必要であり、今年、抵抗性品種の試作を始めた。また、カンショの基腐病は、茨城では今年になって発生が確認され、深刻に受け止めている。県と連携し、予防対策や発生した場合の対処など、生産者だけでなく、一般消費者に対しても防災無線を活用するなど、注意喚起を行っている。
有機より「こだわり」
――国は5月に、環境政策を前面に掲げた「みどりの食料システム戦略」を決定し、2050年までに有機農業の取り組み面積を全農地の25%に拡大する、化学肥料や農薬の削減などの方針を掲げ、その実現のため、来年度に新法を制定し、予算化を図り、技術の実証やモデル産地づくりなど新たな対策を打ち出すと伝えられている。しかし実態を見ると、有機農業に取り組む農家と有機農産物はわずかに0.1%と、コンマ以下。国の新たな方針に全農、農協としてどう取り組むのか。
有機農業の拡大は、まだまだ生産・消費、それぞれに課題が多い。ここは拙速に進めるのではなく、一歩一歩確実に進めることが大切だ。
日本の消費者は欧州や米国と違い、有機ではなく、こだわりという認識が強い。産地はどこどこのとか、誰さんが作ったとか。だから、有機を唱えるだけでは、今のところ受け皿(消費者)がなかなか見つからない。生協も含めて消費者が有機とは何かを認識し、有機農産物を選んで買ってくれる状況にならないと、うまくいかないのではないか。
「良いものをより安く」ではなく、「良いものを適正な価格で買っていただく」ための教育が必要であり、私としては食育も含め、学校給食への納入を提案したい。長期の視点が大切であるということだ。
全農いばらきとしては、当面は土壌分析による適正施肥や一斉防除などによる農薬・化学肥料の減少、有機由来の肥料の検討、消費者への理解促進と販路の開拓、生分解マルチの取り組み、流通経費の削減などだが、今後はIPM(総合的病害虫・雑草管理)の検証に取り組んでいく考えだ。
また国の「みどりの食料戦略」全般に対しては、「農業の持続」や「環境にやさしい」ことをキーワードに事業を進めたいと思っている。そしてこのことは生産者だけでなく、地元の消費者に理解されることが前提である。
-新たな販路開拓の一つとして農産物の輸出があり、国は25年の輸出額の目標を2兆円としている。茨城の農協は輸出にどう取り組んでいるのか。そしてこれからの展望は。
輸出の増大は国の方針でもあるが、全農本部や日園連、商社、華僑、青果卸売などとタイアップして積極的に取り組んできた。昨年度はベトナム、カナダ、タイ、シンガポール、香港、フィンランドなどに米、カンショ、トマト、ミズナ、イチゴ、梨などを2億円以上販売している。関係する農協は、なめがたしおさい、常総ひかりなど。今年度は、どこのサプライヤーと組んでどのような品目をどのように販売するのか、そのスキームをしっかり固めて取り組みたい。その上で品目や取り扱い農協を増やし、3億円以上の実績を上げたい。
経済の理論で語れぬ
――最後に、これからの農業、農協のあり方をお聞きしたい。
農業には経済活動と地域活動の2面があり、相反する部分がある。近年、自国優先主義が増えてきている一方で、SDGsやみどりの食料戦略が生まれてきた。私はさまざまな考え方があり、さまざまな農業があっていい、それが農業なのだと思う。ただ、農業生産は工業製品と違い、自然相手に生き物を扱う業種であり、経済の理論だけでは語れない。
農協の主たる目的は組合員である生産者の所得増大だが、販売が低迷し、資材コストが上昇している状況だ。そして組合員の負託に応えていくためには、新たな事業にも取り組み、さまざまなリスクにも対応していかなければならない。社会の流通消費の構造が変わり、組合員や消費者のニーズも細分化され、ベクトルが変化してきている。
しかし基本は今までと同様に、総合事業としてのスケールメリットをいかに出していくのか、である。具体的には三つ考えられる。まず、全方向型販売(生産者の多様化への対応、リスク回避)、輸出などの新たな販路の開拓、加工による付加価値販売、県域ブランド力の向上など販売力の強化だ。二つ目は、原料、銘柄集約、直送による配送などのコスト低減。三つ目は、生産対策、地域対策としてGAPの普及やドローン、GISなどスマート農業の実証などの生産振興と直売所、学校給食への供給など、地域への密着度合いを強めることだ。
外(消費者)に向かっての情報発信も、これまで農協の弱いところだが、大事なことだ。
――ありがとうございました。
【JA】クローズアップ 緊急事態下の産地は今―首都圏の台所・ 茨城の現場から(2)(8月27日掲載)に続く
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