【提言・JA全国大会に寄せて】「自分の言葉」で未来描こう JCA主席研究員・基礎研究部長・小林元2021年10月18日
JA全国大会が開かれるに当たってJCA主席研究員・基礎研究部長の小林元氏に「提言」として寄稿してもらった。小林氏はJAグループの「10年後のめざす姿」について、「自分の言葉」で説明できるようになるかが問われているという。
2021年度産の米価格は、14年度産以来の水準まで下がりつつある。その原因のひとつは、昨年度産の在庫の持ち越しだ。コロナウイルス感染症の拡大下で、外食産業向けを中心とした業務用需要の縮小も原因だ。生産者にとっては厳しい出来秋となっている。かつてであれば、ここまでの米価低迷は政治課題として表出していたはずだが、衆議院選挙を迎える状況であっても、必ずしも主要な論点になりえていないように感じる。
もう少し長い視野で見つめると、米価格の低下の向こう側には、米需要の著しい減少が見えてくる。主食用米の需要量は、2010年を前後して800万tを割った。当時は大きな議論となったが、つい10年前のことである。ところが、この10年間で、100万tの需要が消え、とうとう700万tを割るところまでに至った。
50年前の日本人は、1年間に2俵(120kg)を食べていたが、現在の日本人が1年間に食べる米は1俵(60kg)を大きく割り込んでいる。米の需要喚起を促すことは重要な取り組みであるし、需要に応じた生産に、より一層取り組むことも期待される。
同時に、農業生産の現場の弱体化、縮小傾向が大きな課題となっている。例えば、担い手の高齢化や農業労働力の不足といった課題ほ場では鳥獣害の被害が著しく増加しているし、50年に1度、100年に1度の自然災害が、毎年のように農業被害を拡大させている。生産者にとっては厳しい状況だ。
ここで居酒屋談義に転じよう。経済学の基礎的な理解によれば、需要が減少するならば、モノの価格は下がるし、供給も減少する。経済的な合理性に基づいて、需要にあった供給という構造に向かうはずである。
こうした机上の議論に基づくのであれば、米の需要が減少すれば、供給も減少し、その結果として農業の生産基盤は縮小に向かうはずである。であるならば、農業の生産基盤の縮小は社会的な課題となりえない。単に、経済的に合理的な変化をしているに過ぎないという話だ。
もちろん、話はそれほど単純ではなく、農業が持つ環境保全機能や、食料安全保障といった重要な議論がある。他方で、国の統計によれば、わが国は人口減少の段階に突入し、30年後の2050年には人口1億人を切るという推計も発表されている。加えて、高齢化は農山村の課題から都市の課題へと移り、人口減少と高齢化という複層的な課題となる。
農業にひきつけてわかりやすく言えば、「胃袋」が縮小するということだ。胃袋が縮小すれば、需要も縮小するはずである。であるならば、より一層、農業の生産基盤は縮小に向かう、ということになる。
もう少し、居酒屋談義を続けてみよう。わが国の食料自給率は世界的に低い水準にあり、その改善を求める声が多い。もちろん、食料自給率が高いことに越したことはない。しかし、食料自給率を高めることは、本当に必要なことだろうか。
食料・農業・農村白書には、過去と現在の熱量換算の食料自給率の推移を表すグラフが、ほぼ毎年掲載されている。それを見ると、米の消費が半減し、代わりに畜産物の消費が大幅に増加していることがわかる。畜産物自体の輸入も増えたが、なによりも飼料の輸入が増えた。食料自給率が下がることは自明だ。
ところが、巷で言われるように「パンや麺を食べるようになったから、米の消費量が減少した」という意見は眉唾ものだ。グラフを見る限り、小麦の自給率、熱量換算の消費量は、微増にとどまる。パンが米に代わったということを示す数字は見られない。
米と畜産物に並んで増加した統計が示す品目は油脂類だ。食料自給率の変化を単純化すれば、私たちの食生活が変わったということであり、そして、選択肢が著しく増え、豊かになったということだ。50年前の食卓は、「しょっぱいおかず」で「どんぶり飯」を食べるという「日本型食生活」であった。
現在の食卓は、油脂類をふんだんに使用したバラエティーに富んだおかずが中心である。ドレッシングの普及は野菜の消費を変え、油を多用したさまざまな国にルーツを持つおかずが並ぶ。
言い換えれば、今日の食料自給率の低下、そして米の消費量が減少した理由は、食生活の豊かさの結果である。食料自給率を上げたいのは山々だが、代わりに豊かな食生活、豊かな食の選択肢を捨てることはできるだろうか。世界的に見ても、わが国は著しく豊かな国であり、飽食の国であり、もっとも食料を廃棄している国のひとつだ。
ただし、その恩恵に預かることができるのは、たまたま、この国に生を受けたことにほかならない。そして、わが国でも格差が拡大する中では、食の選択肢が貧困化している人びとが著しく増えていることに目をつむることはできないはずだ。
さらに、食料自給率には農業資材、すなわち肥料や農薬、燃料や資材などは反映されない。植物の生長に必要な窒素、リン、カリウムのうち、リンとカリウムはほぼ全量を輸入に頼っている。石油の輸入が止まれば農業機械は動かないし、農業用ビニールなどさまざまな資材は行き渡らない。
私たちの食卓は世界につながっているし、農業生産の現場も世界につながっている。そして、世界では分配の偏りから飢餓と飽食が併存しているし、人口の増加がより一層進む中では、食料の不足も顕在化している。
限られた紙幅の中で居酒屋談義を続けるわけにもいかない。本題に入ろう。来る10月29日に第29回JA全国大会が開催される。今大会の大会議案のひとつの特徴は、環境変化の認識に、DXやSDGs、脱炭素社会(気候変動)といった「流行り」の議論が盛り込まれたことだ。
蛇足だが、環境変化としては、依然として、高齢化や担い手不足、生産基盤の弱体化が盛り込まれている。このうち、高齢化の議論は1970年代から、担い手不足は90年代から延々と書き込まれている。もはや、JAの正組合員は高齢化により絶滅していてもおかしくない書きぶりである。
ところが、ついに正組合員が減少局面に入ったとは言え、依然として「高齢」の正組合員が大宗を占めて加入している。もちろん、平均寿命が著しく伸びたことが要因のひとつであろうが、JAにおける高齢化という実態も、もう少し捉え直す必要があるのではないだろうか。
直言すれば、JAは高齢者の組織である、という開き直りであり、その次世代も20~40歳代ではなく、50~60歳代だという認識の転換が必要であると思う。
話を戻そう。SDGsと脱炭素社会(気候変動)は、大会議案では「持続可能な社会実現への潮流」としてまとめられ、その中には、わが国で進められる「みどりの食料システム戦略」も取り上げられた。
本来であれば、その中身自体に議論が必要だ。例えば、国が掲げる「みどりの食料システム戦略」の数値目標を達成するためには、いまから始めなければおよそ不可能な目標も多い。4分の1の農地で有機農業・環境保全型農業を進めようというならば、産地の構造をまるごと変えていく必要がある。
ところが、現実的には目標のみが独り歩きして、「今は無理だから」と先延ばしされているのが実態だ。現実の課題の前に足踏みし、未来の姿は絵に描いた餅となる。
他方で、大会議案では10年後の未来を描き、10年後のめざす姿から「バックキャスティング」によって「取り組む方向を共有する」とある。SDGsや脱炭素社会(気候変動)の議論の特徴は、このバックキャスティングにある。
現状の課題から出発して考える(フォアキャスティング)のではなく、未来の姿から今やるべきことを明らかにする(バックキャスティング)といった考え方だ。
ところが、現実的には目の前の課題が出発点となり、「できることから取り組む」にとどまっているのがJAの現実だ。SDGsは流行したが、結局、自分たちに可能な「目標」のみに取り組むというチェリーピッキングに留まっている。
依然としてJAの会議の多くは男性で占められるし、机の上にはペットボトルの飲み物が並ぶ。食料自給率を訴えながら、夜の席では多様な食材が並び、宴の後には食べ残しが大量に残る。
およそ10年前の第26回JA全国大会でJAグループは「10年後のめざす姿」を描いた。私たちは、あのとき描いた「めざす姿」をどこまで達成できたのだろうか。そして、迎える第29回JA全国大会でも「10年後のめざす姿」を描き、それに向かってバックキャスティングで取り組むとされる。
それは「潮流」で終わるのか、それとも自律的に未来に向けて挑戦するのか。JAに関わる人びとが、どのように考え、どのように行動するのか、そして「自分の言葉」で説明できるようになるか、強く問われ続けていると思う。
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