【寄稿】こども食堂が照らす未来 協同組合と 湯浅誠氏(NPO法人全国子ども食堂支援センター・むすびえ理事長 東京大学特任教授)2022年2月2日
リエゾンという名の滋賀のこども食堂が1周年を迎えたとき、子どもたちが寄せ書きをしてくれた。小学校3年生の女の子が真ん中に大きく「これからも、こども食堂リエゾンを大切にしていきます」と書いてくれた。――リエゾンを主宰する方から聞いた話だ。
湯浅 誠
NPO法人
全国子ども食堂支援センター
むすびえ理事長
東京大学特任教授
この話を聞いて、驚いた。
「いつもありがとう」ならわかる。「大切にしていきます」とは...。小学校3年生の女の子が「大切にしていきます」とは、どんなものに対して使う言葉だろうかと考えた。大事にしているぬいぐるみ、仲のいいお友達...、とにかく失いたくないもの、なくなっては困るものに使うだろう。その子にとってこども食堂がどんな場所なのか、よく表している言葉だと感じた。そのような場を「居場所」と言う。
◇
鳥取のこども食堂に行ったときには、小学校4年生の女の子が宿題の漢字ドリルをやっている様子を見た。厨房(ちゅうぼう)などでボランティアの方たちとおしゃべりして1時間後に戻ったら、その子はまだやっていて、連れてきた父親が「ウチでこんなに集中したことはない」と驚いていた。このとき、大学生ボランティアが勉強を見ていたが、漢字ドリルでは特に教えることはない。大学生は文字通り見守っていただけだった。それでも彼女は、父親がびっくりするくらいがんばってしまっていた。これを「居場所の力」と言う。
このような話は、全国のこども食堂に溢(あふ)れかえっている。「ウチでは絶対に食べない野菜を、ここではパクパク食べる」「学校には行きたがらないが、こども食堂は心待ちにしている」等々。大人も同じだ。いつもは外出がおっくうなのに、顔見知りになったあの子が来ているかと思うと、いそいそと出かけてしまう。
それゆえ、こども食堂は「食」だけでなく「つながり」を提供する場だ、と捉える必要がある。実際、こども食堂の利用者からもっともよく聞く参加理由は「ここでは、たくさんの人と知り合える」だ。一般の食堂に、そのような理由で行く者はいない。ゆえに、私たちはこども食堂を「つながりを提供する地域の交流拠点」とも言っている。
そして、そこで育まれた経験をもつ子どもが大人になっていくことを考えると「地域人材を育成する場」とも言える、と私は思っている。
これは私自身の体験だが、私の兄は障害者で、ウチには兄のためにボランティアの方が出入りしていた。私にとってその青年たちはとても新鮮な生き物だった。学校の友達とも、親とも先生とも違う。私は彼らによくなつき、よく遊んでもらった。彼らのことはあれから40年以上経った今でもよく覚えているし、自分が大学生になったとき、ボランティアをするのは私にとって「当然」のことだった。
だから思う。あの小学校3年生はリエゾンのことを大人になっても覚えているだろう。あの4年生はあの大学生ボランティアのことを40年経っても忘れないのではないか。そしてあの子たちは、地域の人たちに育まれた自分が地域のために一肌ぬぐのはあたりまえだと感じる大人になるのではないか、と。
実際、そのようなことは徐々に起こり始めている。初めて来たときに小学生だった子が高校生になって運営ボランティアとして小さい子たちの面倒を見ているとか、初めて来たときに高校生だった子が結婚して、子どもができたら連れてきたいと言っているとかといった「還流」の話はあちこちから出始めている。
こども食堂は、今年で誕生10年という若い取り組みだ。5年の取り組み実績があるこども食堂は「長いほう」で、最初のころの子どもたちが大人になるにはもう少し時間がかかる。しかし、あと5年10年したら、ここが地域人材の育成の場だった、地域の担い手を輩出する場だったとはっきりするだろう。
◇
ずっと続く地域を作るために「関係人口を増やそう」と話す人たちが増えているが、私には「その関係、地域の内部にはありますか?」と聞きたい気持ちがある。「関係人口」と言うとき、たいていは当該地域の外の人たちとの関係づくりが言われているが、地域の中の人たちの関係はできあがっていて、今更つくる必要などないかと言えば、必ずしもそうとは言えないのではないか、むしろどんどん失われてきたし、失われているのではないかと思う。だからこども食堂が広がっている。
地域のつながりづくりとは関係づくり、地域の中での関係人口を増やそうという試みだ。それは、今の時点での横のつながりを広げ深めることを通じて、未来への縦のつながりを広げ深めようとしている。だからこども食堂は地域の未来を照らし出す取り組みだ。決して、その地域に食べられない子がいるからやる、食べられない子がいなかったらやらなくていい、といった取り組みではない。
それゆえ、こども食堂はその地域に子どもがたくさんいるかどうか、とも関係がない。高齢化率の高い、中山間地域でこども食堂を主宰している方が話してくれたことがある。うちの地域は高齢者ばかりで、子どもは少ない。自分たちの主宰する場も、参加者に子どもは多くない。大人に混じって子どもたちがいる、といった感じだ。それゆえ実態は「こども食堂」というよりも「地域食堂」「みんな食堂」だ。
それでも「こども食堂」だと言っているのは、漠然と地域みんなのためと言うよりも、子どもたちのためと言った方が、地域の人たちから引き出される力の総量が大きくなるからだ。だから一人でも子どもがその場にいることがやはり大きいと感じるし、あえてこども食堂だと言いたい――と。
子ども1人に高齢者99人でも、名乗りたければこども食堂と名乗っていただいて結構。「子どもが一人でも安心して来られる無料または低額の食堂」というこども食堂の定義は、こども食堂が子ども専用食堂ではないことを明記している。こども食堂は、子どものための活動だが、同時にまた、子どもに地域をつないでもらう活動でもある。「子どものため」と言われることで、それ以外ではつながれない人たちがつながれるからだ。
それゆえ、徐々に中山間地で開催されるこども食堂も増えてきている。「地区にはあと3人しか子どもがいない」という地区こそ、その子たちとしっかりとした関係をつくることが大切になるからだ。よく「みんな、どこの子か知っているから、こども食堂のような場は必要ない」という言い方もされるが、「知っている」と「関係している」は違う。「関係人口を増やそう」と言うときに、知っている人さえ増えればいいと考える人はいないだろう。
◇
つながりの提供とは、つまりは交流だ。こども食堂は「交流を目的とした地域の居場所」である。そして交流の醍醐味(だいごみ)は「違い」にある。自分の親とは違うタイプの大人たち、親とも先生とも違うお兄さんお姉さんたち、「違い」が自分の価値観を広げ、「違い」が人生の選択肢を増やす。そんな人もいるんだ、そんな人生もありなんだ、と。
そして居場所は、違いを包み込む。違っているけど、いろんな人がいるけど、「同じ」地域の人たち、食事を「ともに」する人たちだ。そのような違いを包み込む場が、地域からも社会からも減った。そうした場がなくなれば、違いはむき出しになり、いがみあいになる。「分断」と言われる状況は、したがって違いを包み込む交流目的の居場所の減少がもたらしている。
人々は、その課題を捉え、どうにかしようとしている。たしかにガチガチのしがらみは勘弁してほしい。でもSNSだけではさびしすぎる。「SNS以上、しがらみ未満」のゆるやかだがリアルなつながりを人々は求めている。こども食堂は、そうしたつながりを求める人々の思いに後押しされて、自主的・自発的に広がり続けている。
そして、それが言うまでもなく「協同」の目的である。協同は「違い」を前提に、「ともに」の実践を通じて、「同じ」私たちを形成する。協同実践とは、違いを同じに包み込もうとする実践だ。それは違いを否定し、消し去ることで「私たち」を作るのではなく、違いを前提に、違うままで「私たち」を作ろうとする。こども食堂の人たちが「みんなで食べるとおいしいよね、とは言いたい。でも、みんなで食べなきゃいけない、仲良くしなきゃいけないかと言われると、一人で寝転がって黙って本を読んでいるのもありだよ、と言いたい」と言うとき、目指されているのは、その言葉は使わなくても「協同実践」である。
協同組合とこども食堂のつながりは、その深度で思いを共有するところから始めるべきだろうと思う。
※第42回農協人文化賞は1月に表彰式を開催し、湯浅誠氏の記念講演も予定していましたが、新型コロナ感染拡大で中止としました。本稿は記念講演に代えて寄稿いただいたものです。
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