【寄稿】酪農現場の思い「チーズ振興支援が鍵」(2) 蔵王酪農センター理事長・冨士重夫氏2022年3月18日
生乳需給調整と乳価制度改革
蔵王酪農センター理事長
冨士重夫氏
昨年末、生乳の処理不可能乳が5000t出るかもしれないと報道され、関係者の努力で生乳廃棄は回避されましたが、また3月末には同じ状況になると言われ、まさに構造的な問題となっています。
40年前、30年前、我が国の生乳生産量は、約800万tで飲用牛乳が500万t、乳製品仕向け300万tという需給構造の中で脱粉・バターを柱とする加工原料乳を政策制度で支えることで全体の安定を図って来ました。
今は、飲用牛乳330万t、乳製品仕向け440万tと主と従の関係が逆転し、飲用乳は少子高齢化の進行で、さらに減少して行く予測です。乳製品仕向は、脱粉・バターを主とする時代から、発酵乳や生クリームなどの液状乳製品、ナチュラルチーズ、プロセスチーズと多様な展開をみせ、今後さらに需要拡大が見込めるのがナチュルチーズとなっています。
その国産チーズの現在の生産量は約35万tで、うちナチュラルチーズが20万t、プロセスチーズが約15万tで、近年やっとナチュラルチーズがプロセスチーズを上回ってきましたが、まだまだ20万tという水準です。
大手乳業はプロセスチーズの生産が主流で、ナチュラルチーズはカマンベールなどの収益が確保できるものに限定しているのが実態です。
多様なナチュラルチーズを生産・販売しているのはこの40年間で生まれた、全国に約320カ所ある小さなチーズ工房です。生産量は少なく価格は高く、地域限定のプレミアム商品です。
イタリアンのチェーン店、居酒屋やレストランなどの業務用に使用されるナチュラルチーズは、安い海外の輸入チーズに席巻されています。生活必需品は、プロセスチーズと輸入チーズで、国産ナチュラルチーズは嗜好(しこう)品でプレミアムな存在です。
生乳の用途別価格で一番高いのが飲用向けで、最も安いのがチーズ仕向けです。チーズ仕向けの生乳の量が増えると生産者のプール乳価は下がり農家の収入は縮小します。しかし生産拡大のためにはチーズ仕向けを拡大するのが需要を踏まえた対応です。都府県の指定団体の中には、飲用向け乳価水準でチーズ向け生乳を売っているのが現実です。
今後はTPPや欧州とのEPAにより、海外チーズの関税削減により、輸入チーズの競争力が一層増大する一方で、飼料や生産資材価格の高騰により、生乳生産コストは増大します。
消費者の需要に応え、もう一段階、国産ナチュラルチーズが成長するためには、将来の需給や価格の構造を踏まえた、乳価制度、政策の改革が必要だと思います。
チーズが好きだというアンケートで、その理由として一番多いのが「チーズは種類が豊富で、いろいろな食べ方ができて楽しい」という事です。
チーズの豊かさ、おいしさを、さらに広げ需要拡大を創造して行くためには、国は国産ナチュラルチーズを戦略品目として位置づけ、約320のチーズ工房の施設整備など増強へ向けた積極的な支援を進めると共に、麹菌を使ったチーズなど、新たな日本チーズの製造開発に取り組む支援体制をより一層強化すべきだと思います。
そして用途別乳価を明確にして、国産ナチュラルチーズ工房が拡大できるようなチーズ向け乳価を、政府として支援拡大し、一方で農家のプール乳価水準を上げる措置を検討するなど、将来の大事な芽を育てる方向で乳価制度を今から改革するという酪農政策の方向性を示すことが大切ではないかと思います。
当センターの最大の特徴が人材育成です。畜産は今、口蹄(こうてい)疫、BSE、鳥インフル、豚熱など、ウイルスや疫病へのリスクにさらされており、厳重な衛生管理が求められています。したがって畜産農家に入って研修することは極めて困難となっています。
一方、人間もウイルスなどのリスクが増大し、コロナ禍で対面からリモートなど、接触をしない方法が増大しています。しかし、農業、とりわけ畜産・酪農など家畜を扱う農業は、リアルな現場研修が欠かせない。家畜との触れ合い、匂い、温湿度、皮膚感覚、ミクロとマクロ、様々なものとの繋(つなが)りなど、人間形成の面からも実体験が欠かせない。
当センターは、後継者、新規就農者の研修をはじめ、酪農ヘルパーや乳業会社の社員、JA全国連の職員など多くの関係者の人材育成に取り組んで来ました。来年度からは、包括事業連携協定を結んだ東京農業大学の学生や、宮城県立農業大学校の生徒の研修なども加え、多くの方々の現場実習の拠点として、今後とも役割を発揮したいと思います。
もう一つの大きな人材育成は、チーズ職人を目指すような人を育むナチュラルチーズ製造技術者研修です。国産ナチュラルチーズの専門工場を1980年に建設して以来、約40年にわたり実施し、延べ2000人の卒業生を送り出して来ています。
日本でチーズ職人を目指すには、チーズ工房に直接就職するか、イタリアやフランスなど海外で長期研修を受けるかで、最初から相当の覚悟が必要です。興味は大いにある、チーズが好きだが、職人になるには不安で、基本的な実地研修をしてから検討したいという方々には、当センターの研修しかなく、チーズ人材の教育研修期間が十分整っているとは言いがたい状況にあります。
当センターの宿泊できる研修施設も建設から50年を経過し、新たな整備が必要となっています。
こうした我が国の畜産、酪農、チーズ製造に関する現場研修ができる人材育成機関を全国に数カ所建設し、将来を担う人材を育む拠点が、適切に運営できるよう、国が積極的に支援する体制を整備強化する必要があると思います。
【寄稿】酪農現場の思い「チーズ振興支援が鍵」(1) 蔵王酪農センター理事長・冨士重夫氏
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