資源生かし産業支援 秋田県信組の挑戦 JA経営ビジョンセミナー2022年12月1日
高齢化、人口の減少が進み、地方から撤退する銀行やJAの支店・支所が増えている。人口の減少が激しい秋田県もその例にもれず、住民は生活の基盤が失われ、不便を余儀なくされている。協同組合組織であるJAや信用組合は、地方に人が住み、経済活動が維持されてこそ、その存在価値がある。この考えで秋田県信用組合は、「消滅可能性都市」返上へ反転攻勢、地方創生へ向けたさまざまな挑戦をしている。JA全中は令和4(2022)年度の「JA経営ビジョンセミナー」を11月15、16の両日、秋田県信用組合で開き、視察研修を行った。
協同組合金融についてディスカッションする参加者
郷土の特色を前面に
北秋田市にある秋田県信用組合の合川支店―。地銀の北都銀行が撤退した跡地に移設した店舗で、約2億5000万円かけ、四つの三角屋根を持つおしゃれな建物だ。太陽光発電システム・蓄電設備を設置して環境に配慮したほか、災害時などは非常用電源として地元の住民に電力を供給できる。
敷地内には多目的イベント広場(縄文広場)があり、地元の特産品の即売会やイベントに開放し、地域の活性化につなげる考えだ。雪国らしく雁木(がんぎ)を設け、その下は明るいアーケードになっており、夜9時まで点灯する。真っ暗な街の中で、少しでも、住民が明るい気持ちになってもらおうという思いを込めた。
地銀跡地に移転の合川支店(明るい照明が人を呼び寄せる)
「縄文広場」の名称にも意味がある。広場には北秋田市の伊勢道岱(いせどうたい)遺跡から出土した土偶など、高さ30~50cmの4体の銅像が並ぶ。ほかに四つの三角屋根にもそれぞれ土偶が設置されライトアップする。伊勢道岱遺跡は、昨年、世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」のひとつであり、店舗の利用者に郷土意識の醸成を期待する。
また、縄文広場では定期的に農産物即売の「けんしんあいかわマルシェ」を開き、農産物の販売など住民の生活支援をしている。秋田県信用組合がここに店舗を構えてから40年以上経つ。同信用組合の北林貞男理事長は、「本気で地域の活性化に取り組んでいる姿勢を示したい」と支店整備の意義を強調する。その上で、「金融弱者を放置しない」「事業経営者を支援する」ことが支店の役割とみている。
生活の拠点にも(合川支店の雁木の下で農産物即売)
地域の産業や事業経営者が元気であって、初めて地域の金融機関は成り立つ。秋田県信用組合はこの考えを徹底する。同組合は平成28(2016)年、上小阿仁(かみこあに)村と「地方創生に関する包括連携協定」を締結した。上小阿仁村は人口が2000人を割り、65歳以上の住民が6割近くを占め秋田県で最も高齢化率が高い村だ。
これまでも、同村と連携し、地域特産品のほおずき、こはぜを使った加工商品を開発。特産品のコンセプトや製造方法、パッケージ商標登録などについて村の第3セクター「かみこあに観光物産」に指導や助言を行ってきた。さらに包括連携協定により、村の森林資源を活用した木材チップによるバイオマスエネルギーの導入、それに取り組む企業の創生を促し、事業を支援する。
そのため「上小阿仁村を日本一元気な村に」をテーマに、村と連携した村内の事業者などを対象にした経営塾を開講。日本一元気な村にするための戦略会議で、地域課題をビジネスで解決する方法を探ってきた。
このほか、同信用組合は平成22(2010)年、合川支店を含む北秋田市内の3支店(合川のほか鷹巣、森吉支店)で「田舎ベンチャークラブ」を立ち上げた。地域経済の活性化を目指し、会員企業相互の交流、事業の発展と新規事業の立ち上げをめざす。
主な活動として、地方再生・農業再興・6次産業化・休耕地の活用・農業法人の立ち上げ・秋田杉の活用などを挙げ、具体的にニンニク栽培、どじょう養殖、再生エネルギーの活用、ワラビ農園、薬草栽培などに取り組んでいる。首都圏での商談会への出展などにも取り組んでいる。
再生可能エネルギーの活用では小水力発電を導入。平成27(2015)年、全国信用協同組合(全信組連)と共同出資で地域活性化ファンドを設立し、取引先の東北小水力発電(株)の事業を支援。県内での再生可能エネルギーの普及や経済の活性化につなげる考えだ。
小水力発電所と北林理事長(右)と和久社長(秋田県にかほ町で)
融資先の東北小水力発電は、廃車となったトヨタ自動車のHV車のユニット(モーター、インバーター)を使用。また水量が少なくなっても発電可能な水車を開発している。同社の和久礼次郎社長は「融資を求めて訪ね歩いた多くの金融機関の反応は良くなかったが、秋田県信用組合は事業性を評価し、支援してくれた」と言う。
同組合は秋田県全体をエリアとして、15店舗を展開。組合員は2万880人で役職員127人。預金量は938億円、貸出金量627億円で預貸率(貯貸率)は66・8%(以上令和4年3月31日現在)。金融機関として決して大きい方ではないが、こうした地域活性化に向けた信用組合の取り組みについて北林理事長は、「かつて増田レポートが挙げた消滅可能性都市は秋田県が一番多かったが、あれは間違いだったとさせたい」と、地域活性化へ果たすべき地方金融機関の思いを述べる。
地元愛を投資で形に
「経営ビジョンセミナー」では、秋田県信用組合、東北小水力発電(株)の報告をもとに視察先の秋田県信用組合の本店で意見交換した。このなかで地域活性化のため地域の金融機関はどのような役割を果たすかについてグループで討議。特に秋田県信用組合が地域の事業者に積極的に融資し、支援していることに関心が集まった。JAの20%台に比べ、信用組合の70%近い預貸率は、融資先の少ない農村地域では驚異的で、参加者からは「事業が縦割りになっているJAでは、地域貢献のための融資を増やすことは難しい。多少のリスクがあっても組合員のために投資できるよう、事業の縦割りを含めて組織改革が必要だ」という声があった。
また、秋田県信用組合は投資信託を扱っていないことから、「地域の金は地域でというのが地域金融の原則。JAはこのことを忘れている」との厳しい指摘もあった。事業者を支援する観点から「JAはお金を貸すだけではなく、その後の成長も見ていく必要がある」との反省も聞かれた。
信用組合が小水力発電を支援しているのも驚きで、上部団体と共同でファンドを設立したことについて、「JAも県信連や農林中金など上部団体の協力を得てリスク分散できるのではないか。もっと知恵を出す必要がある」との意見も出た。また信用組合が地域の事業者を積極的に支援していることに対して「JAは農家の組織であり、もっと農業に投資すべきだ」との指摘もあった。
JAのリーダーとしてのビジョンについては、「目の前に組合員がいて、直接接することができるのがJAの強み。人材の育成・人づくりに全力をあげるべきだ。特に支店長には"地元愛"が求められる」「これからのJAの進むべき方向は、食への貢献だ」などの発言があった。
また秋田県信用組合との違いについて当事者意識の指摘があった。それはJA職員の提案力の低さにみられるという。ただモチはモチ屋で、JAの得意な分野を前面に出して暮らしと生活を守り、環境問題にも取り組むべきだとの意見もあった。
コーディネーターを務めた日下企業経営相談所の日下智晴代表は、「地域の協同組合金融のビジョンとは地元を愛し、愛される"地元愛"であり、JA役職員は当事者意識を持ち、事業者とビジョンを同期させ、ビジョンでつながる社会づくりが求められる。食と金融は不滅。この二つの結びつきは、JAにとって最大の強みだ」と強調した。
また、トータルコーディネーターの奥村昭博慶應義塾大学名誉教授は、「JAは地域を守って新しい社会をつくることと、地域をリードするニュービジネスを育てるため未来への投資をする役割がある。そのためにはJAの金融機能が欠かせない」と述べた。
なお、JA全中の「JA経営ビジョンセミナー」はJA経営者の相互啓発を目的とする現地・現物・現実の場による研修で、今年度5回のうち、今回が3回目。4、5回目を来年1月と3月に開く。
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