【経済評論家・内橋克人さんを悼む】「共生経済」理論の祖、逝く(寄稿 鈴木宣弘・東京大学大学院教授)2021年9月8日
経済評論家の故内橋克人氏は本紙でも厳しい現状批判とともに「共生」の重要性を指摘した。鈴木宣弘東京大学大学院教授に追悼文を寄せてもらった。
経済評論家・内橋克人氏
私が内橋克人氏に初めて直接お会いしたのはNHK・全中主催のフォーラムで札幌に向かう飛行機の隣席だった。40代前半の初対面の私に内橋氏は、あの優しく説得的な語り口で、「『暖雪』というお酒の名前は『桜吹雪』のことだよ。いい名前ですねえ」と、その地での人々との温かい出会いと交流を語ってくれた。そして、男女関係まで及ぶ人生の様々な局面での「共生のあり方」を気さくに話して下さった。
内橋克人氏には、現場で踏ん張る多くの人々の一人一人の顔を思い浮かべながら、その一人一人の幸せを心底願い、その温かい思いに裏打ちされた実践理論と主張があった。
内橋氏は「共生経済」理論、特に現場に軸足を置いた実践理論の祖といえるのではないか。コロナ禍で、「共生経済」の重要性が叫ばれる中、大きな灯火を失った無念を感じざるを得ない。共生経済・共生社会の理論は今さらに新たな展開を見せているが、その源流は内橋氏に通じるように思う。
内橋氏は概略次のように説明されていた。「共生経済の中心概念は、第一にマクロ経済を成り立たせる二つのセクター、競争セクターと共生セクターはそもそも原理が違うということ。競争セクターは分断・対立・競争を原理とし、その隙間に利益チャンスをはめ込む。まさに今日の破綻は、競争セクター至上、市場競争一辺倒に立つイデオロギーの帰結。これに対して共生セクターの原理は連帯・参加・協同であり、共生セクターの足腰をいかに強くしていくか、それが21世紀最大の課題ではないか。
第二に、共生経済とは、『F(食料)E(エネルギー)C(ケア)の自給圏』を人間の生存権として追求していく経済のあり方。FEC自給圏は『すでに始まっている未来である』と数々の先駆例をもって示してきた。」(宇沢・内橋『始まっている未来』岩波書店、2009年)
また、「原点は、人間が人間として人間らしく生きていくためにこそ、豊かさや、もろもろの道具としての財、つまりは経済の力が必要なのであって、決してその逆ではない」と述べられた(同上書)。まさに、亡宇沢弘文教授と同じ思いを共有されていた。宇沢教授は「不均衡動学」のモデルで若くしてノーベル経済学賞候補といわれたが、氏は、子どもの痛ましい交通事故をなくせない日本経済の仕組みを批判し、各地の現場で苦しむ人々を思い、人々を救うための経済学に軸足を移していった。成田闘争に足を運び、水俣市を訪れた。
お二人に共通するのは、人々の苦しみの上に誰かが利益を得る社会、一部に利益が集中し、そのために苦しむ人々が多く出る社会システムの改善である。『始まっている未来』に登場する内橋氏、宇沢氏、梶井功教授、そのすべてが故人となられたことは計り知れない損失である。
しかし、内橋氏の「FEC経済圏」、宇沢教授の「社会的共通資本」の概念は、脈々と受け継がれ、新たな展開を見せているように思う。斉藤幸平教授によれば、マルクスも晩年、コモン(ズ)、自治的な共生経済に傾斜していたとされるが、斎藤教授や藤原辰史教授も、コモン(ズ)、共生経済の重要性を説かれ、脚光を浴びている。
内橋氏を亡くした喪失感は大き過ぎるが、しかし、内橋氏の理論と実践は、多くの人々に受け継がれている。筆者も微力ながら『協同組合と農業経済~共生システムの経済理論』(東京大学出版会、近刊)、『貧困緩和の処方箋~開発経済学の再考』(筑波書房、近刊)を内橋氏に捧げたい。
市場至上主義の暴走がなかなか止まらない中で、内橋克人氏が89年の生涯を通して訴え続けた共生経済・共生社会の実現に向けて、全国各地の農家、消費者、研究者、全国民が一層の努力を継続・強化することを内橋氏にお約束して、氏のご冥福を祈りたい。
(関連記事:内橋氏と鈴木教授の対談)
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