【現地ルポ】つながりこそ地域の宝 JA愛知東管内やなマルシェ2022年1月12日
5人の女性が始めた「居場所づくり」の活動が連鎖反応を起こしながら、まちづくりの活力の原動力になった。愛知県新城市八名地域の女性たちの「やなマルシェ」は、自分たちの困りごとと悩みごとを仲間と話し合う「おしゃべり会」からはじまり、そのなかから問題の解決方法を見出し、活動を広げた。「やなマルシェ」の〝積小為大(せきしょういだい=小さな努力の積み重ねがやがて大きな収穫や発展に結びつくの意)〟の活動に、組織活動の原点が見える。
八名地域の生活拠点「JAプラザ」での朝市
朝市が生活情報の拠点
毎週土曜日の朝8時、JA愛知東管内の八名地域の中心にある、元Aコープ施設を改良した「JAプラザ」の軒下は、朝市の品物を買い求めるお年寄りや、持ち込んだ野菜を並べる人たちでにぎわう。野菜や果実、きのこや自家製パン、総菜などさまざまな食料品が並ぶ。品物の売り買いだけでなく、話し相手を見つけて久しぶりの会話が始まる。朝市に合わせてJAの移動購買車もくる。土曜日の八名のいつもの風景だ。
Aコープの売り場をそのまま使ったプラザの中は、使わなくなった食器や衣類、骨とう品、自作の焼き物、手芸品などが所狭しと並ぶフリーマーケットだ。さらにその片隅には絵本、簡単な遊具などをそろえた子どものコーナー、中学生用の勉強机も置いてあり、奥には厨房(ちゅうぼう)がある。ホワイトボードにはJAや生協の紹介や行政上の連絡事項、求人広告などのちらしや張り紙でいっぱい。文字通り、地域の生活・情報の拠点となっている。
八名は約1600世帯、4700人が暮らす小さな町。新城市の中心から南へ5キロ余り。静岡県に接し、豊橋から長野県へのJR飯田線やメインの国道からは外れていることもあり、〝開発〟から取り残された格好で、これといった勤め先がなく、人口の減少が進み、高齢化率も高い。
「集まること、つながることが大事」という「やなマルシェ」代表の加藤久美子さん
かねてから地域の将来に危機感を抱いていたのが同地区の加藤久美子さんら、コープあいちの組合員だ。JAの組合員でもある加藤さんらは2013年に市が定めた新城市自治基本条例検討会議の市民委員になり、条例づくりに関わるなかで地域の実情を知って、将来に危機感を持った。
何かできないかと、JA女性部員や生協の地域委員らで話し合い、高齢者向けの健康サロン「まずは寄らまいかん」を開き、活動を始めた。加藤さんは「このとき、JAと生協の組合員同士の垣根がなくなった」という。地域を少しでもよくしようという思いは一緒だったのだ。こうしたJA女性部との連携が「やなマルシェ」につながった。
「やなマルシェ」を立ち上げたのは2017年。きっかけはJAのAコープ閉店だった。商店街はとっくになくなり、まちには商店は一軒もない。Aコープは地区の人々の唯一の生活拠点だった。
Aコープ店を失うことは、一層の人口減少を招き、地域の衰退につながることは明らかで、加藤さんらは一層、危機感を深めた。そこで同じ生協の地域委員で、子育てやPTA活動でつながりのあった5人の女性が動いた。「一度遠のいた客足は戻らない」「にぎわいが途切れないよう、なにかやろう」「地域のみんなが集まって楽しいことをやりたい」などと話し合うなかで、朝市を開くことで意見がまとまった。さっそくJAに、Aコープ店の施設利用を相談。JAでは、女性部員の発案による自主的な活動であり、朝市が組合員、地域住民のよりどころになることを期待し、快諾した。
地産地消の学びの場に
朝市にはJAの移動購買車も
朝市の回数を重ねる中で、卵や牛乳、肉が欲しいと言う声が出て、生協の宅配の注文も受けるようになった。加藤さんらの生協活動の経験が生きた。さらに野菜だけでなく、総菜や弁当づくりもしたいという声に応え、JA組合長との直接の話し合いの場で提案。2018年に厨房ができ、地産地消の調理ができるようになった。また、家庭で不要になったテーブルや椅子などを持ち寄り、店内を整備した。
地元の中学生ともつながりもできた。地域防災や炊き出し訓練で一緒に活動したことをきっかけに、八名中学校の総合学習に「やなマルシェ活性化」が取り上げられた。中学生は「JAプラザ」の外観やレイアウト、歌までつくってくれた。放課後、勉強にくる生徒もいる。学校でも「JAプラザ」を〝学びの場〟として認め、八名地域の中学生会議や若者(高校生)会議によるハロウィンやクリスマスマーケットなどのイベント会場にもなる。
このように、地域のさまざまな活動に広がると、次第にJA女性部組織としての「やなマルシェ」の活動に、組織的な限界が見えてきた。地域の男性や中学生が、女性部では参加が難しい。このため2019年、誰でも参加できる「やなまるっ人(と)」を立ち上げた。
加藤さんは「やなまるっ人」は、八名地域まるごと活性化するのは〝人〟であるという意味を込めた。集まることで地域の人がつながり、いざという時に助け合える関係づくりの一助になる活動をしたい」と考えた。地域の中心にあるJAプラザをその拠点にしようというわけだ。
このほか、「やなまるっ人」は、(1)地域住民が利益を得られ、やりがいを創出する(2)活動の維持継続のため参加費をとる(3)多くの賛同者を得て、地域一丸となって活動できるよう『まるっ人通信』を発行する(4)地域の持ち物として活用してもらう(5)多くの人に参加・関心を持ってもらうよう手づくりで運営する――を掲げ、広く活動する組織としても体制を整えた。
「やなマルシェ」で活動する女性はJA組合員でもあり、現在20人余りが女性部員となっている。今後、JA女性部とともに高齢者支援も行う。新城地区の拠点として配食サービスや家事援助も考えており、それで一定の収入を得て、子育て世代のお母さんや組合員・地域の人に働く場を提供し、生活をサポートしていく考えだ。耕作放棄地を使った「まるっ人農園」の拡大も視野に入れている。
自主性持つ協同の原点
こうした「やなマルシェ」の活動をJA愛知東の海野文貴組合長は「誰から言われるのでもなく、自主自立の組織で、協同活動の見本といえる活動だ。特にお年寄りや中学生など、地域の人を巻き込みながらどんどん進めていく行動力は、まさに協同活動の鑑だ」と、やなマルシェに組織活動の原点をみる。
「やなマルシェ」の活動が広がるにつれて、「最近は、JAプラザの張り紙などをみて、はつらつ世代の男性も相談にくるようになった。地域のなかの拠点であるという認識が強まり、〝つなぐ〟役割を果たしていると感じている」と加藤さんは、活動の広がりに手応えを感じている。
また活動への参加者の意識の変化も感じている。毎週の集まりが当たり前で、義務感が強くなり、無償ボランティアに不満が出始めていた。しかし、昨年4月、新型コロナ感染症予防のため「やなマルシェ」の活動を2カ月自粛したとき、皆に会えない期間が長く続いて、それがいろいろ考える機会になり、「誰かのため」ではなく、「自分のため」だった。マルシェで皆とつながれることがいきがいになっていたのだと気づかされたという。「やなマルシェの原点に戻ったようだった」と加藤さんは振り返る。
(農協協会参与 日野原信雄)
「石窯パン工房ちゃっと」で話が弾む(加藤さん(左)と茶谷さん(中))
居場所整え広がる交流
【パン工房ちゃっと】
八名地域の中心から3kmほど離れた郊外にある「石窯パン工房ちゃっと」。周辺は水田で、手づくりの石畳の床に並べた数組のテーブルがあり、誰でも自由に、パンを食べながら無料のコーヒーを味わい、おしゃべりしながら四季折々の風景を楽しむことができる。
馴染の人だけでなく、評判のパンを求めて、県境を越えて静岡県からの客もある。
「やなマルシェ」を立ち上げた5人の一人、茶谷みさこさん夫婦手づくりの「居場所」であり、いわば「やなマルシェ」の1号店だ。「やなマルシェ」の活動の基本はここにある。加藤さんらは、これをもっと増やしたいと思っている。
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