【農業協同組合研究会】医療と農業の領域で連携 夏川周介佐久総合病院名誉院長が故若月俊一元院長の功績で講演2024年11月15日
農業協同組合研究会(会長:谷口信和東大名誉教授)は14日、現地研究会として佐久総合病院を訪問して医療と農業の取り組みで意見交換した。当日は①医療との関係で同病院も構成団体となっている佐久市有機農業研究協議会の有機栽培農園②地域の救急救命拠点でドクターヘリを配置している佐久医療センターの2か所を視察後、夏川周介佐久総合病院名誉院長による同病院の歴史と故若月俊一元院長の功績に関する講演も行われた。
【農業協同組合研究会】地域資源利用で循環型農業めざす JA佐久浅間で現地研究会
有機栽培農園 家庭ごみと牛糞の堆肥だけを使用
佐久市有機農業研究協議会の実証圃場
有機農園がある臼田町(当時)は早くから生ごみの堆肥化への取り組みを進めており、農協や佐久総合病院の三者で1980年に「臼田町の実践的有機農業を考える会」が発足した。これが82年に「臼田町有機農業研究協議会(現佐久市有機農業研究協議会)」となった。会長には、農薬問題に取り組んでいた故若月俊一佐久総合病院院長(当時)が就き、事務局は同病院の農村保険研修センターに置かれた。現在も佐久市と佐久市農業委員会臼田地区委員会、JA佐久浅間などに、JA長野厚生連佐久総合病院が加わる全国的にもあまり例がない構成になっている。有機農業に関する調査研究、教育・研修、普及・広報の三つの柱を中心に各構成団体間の連携を行っている。
「健康長寿の里」である佐久市の恵まれた自然環境で農業を通じた健康に暮らすための取り組みの一環として様々な事業に取り組んでいる。具体的には、有機資材による土づくりや土壌診断、クリーニングクロップや輪作による連作障害防止、病害虫撲滅、多品目栽培による野菜特定病害虫の拡散などだ。また、構成団体でもある佐久総合病院の付属看護専門学校生や研修医の実習、地元小学校の農業体験、家族向けの教室、学校給食への食材提供(学校の統廃合で中断)など幅広く活動する。
日本では「環境保全型農業への取り組みは、欧州に比べて15年、韓国と比べても10年遅れていると言われている」(井出明農場長)。これに対して、有機栽培農園(土地はJA長野厚生連が保有)では、農薬や化学肥料を一切使用せず、一般家庭から排出される家庭ごみと牛ふんを発酵させた堆肥のみを使っていることが特徴だ。およそ30種類の野菜を栽培し、露地栽培を15区画、ビニールハウスで12区画を1区画あたり年間使用料3000円と安価に設定し、近隣農家をはじめ一般に貸し出している。
井出農場長は「新規就農者は有機栽培を希望する方が圧倒的に多い」と話す。ここで栽培された野菜は「家ではあまり野菜を食べない子供どもたちが、おいしいとよく食べる」など甘みがあり好評だ。特に、ビニールハウスは「野菜作りで冬場の健康作りにも役立つ」と農家の利用者が多い。
佐久医療センター ドクターヘリで医師と看護師を移送
ドクターヘリは医師・看護師を送る
佐久医療センターは佐久総合病院(本院)から急性期・高度専門医療の機能を分割し、2014年に紹介型の病院として開院した。救急救命と脳卒中・循環器病、がん診療、周産期母子医療、高機能診断の五つのセンター機能を持つ。
救命救急や地域災害拠点としての役割も大きく、病院専用の救急車や救急外来専用病棟のほか、ドクターヘリも運航している。ドクターヘリは地域災害などの際に医師や看護師をいち早く現場に送り、初期医療を施すことで治療開始時間を早め救命率が大きく改善している。東日本大震災や能登半島地震でも活躍した。
佐久医療センター専用救急車
夏川名誉院長の講演
「農民とともに」、故若月元院長の功績
講演する夏川周介佐久総合病院名誉院長
夏川周介名誉院長の講演では、「農村医学の父」と言われる若月氏の功績を紹介した。若月氏は「農民とともに」を掲げて農村医療と地域医療に生涯を捧げ、佐久病院(現JA厚生連佐久総合病院)を「農村医療のメッカ」「地域医療のメッカ」とも呼ばれる全国有数の大病院に育てた。
若月氏が着任した1944年当時は「わずか20床の小さな病院で入院患者はゼロ。あまりに農民や住民の健康状態が悪く、病院に来た時には手遅れ」になっていた。そこで、自ら農村に出張診療に赴く。その際、宮沢賢治の教え「農村演劇をやれ」に学んで演劇部を立ち上げ「演劇を通じて、農民に健康の大切さを啓もう・啓発した」。赴任の2年後には病院祭を実行し、参加した多くの農民に健康知識を伝えた。農民の栄養改善にも取り組み「栄養失調では手術をしても回復しない」と、農村を回って食料を確保し、戦後全国でも初めて病院給食を実施した。
「予防は治療に勝る」との考えから、予防医療と公衆衛生活動にも取り組んだ。59年には八千穂村(当時、現佐久穂町)で全村健康管理による早期発見と予防に取り組み、同村では医療費が顕著に低下。それが「長野全域で年間10万人を超える集団健康スクリーニング」につながるなど実績を作り、国の検診施策などにも影響を与えた。
農村医学の発展も主導
農村医学の発展にも主導的役割を果たした。農民の病気は「農業に由来し、農村地域の問題であり、貧しく冷暖房もない農家」が原因であり、治療法の確立に向けたテーマを設定。これを進めるため、農村や農業の現地に赴いて実態調査に取り組み「とにかく現場を回る『実学の人』」であった。
農村医学の大衆化、民主化にも取り組んだ。「(農村医学は)一つの地域ではないと、1947年に長野県農村医学会を創設」し、若月氏が学会長となって第1回長野県農村医学研究会を佐久病院で開いた。52年には第1回日本農村医学会が長野県で開かれた。活動は日本にとどまらず、69年には第4回国際農村医学会、73年には第1回アジア農村医学会がそれぞれ佐久病院で開かれた。
外科手術の分野では、日本で初めて脊椎カリエスの手術に成功した。当時は「不治の病」と言われ、「暗い所で誰にも看取られずに命を失う」状況だったが、若月氏の「手術の成功で全国に名声が伝わった」。
高度経済成長期には、急速に使用が拡大した農薬の影響で農民に中毒が広がった。動物実験で有機水銀などの危険性を解明。中毒の防止や治療に取り組むとともに、毒性の強い農薬への規制を「農村医学会で強く訴え」、国による規制につなげた。
人材養成と教育にも注力
農村や地域の医学に取り組む人材養成と教育も重視した。厚生省(当時、現厚生労働省)の「臨床研修医制度」(1968年)に合わせて「特定科目ではなく、最初から全科目を学ぶ」独自の研修環境を整えた。夏川名誉院長自身も研修を受けたうちの一人だ。
計画した農村医科大学設立はとん挫したが、教育の場としては全国農村保健研修センターに受け継がれた。さらに、看護師不足に対応して、60年には病院付属の高等看護学院も開設した。
高齢化が進むなかでは、新しい課題として「病院から自宅に戻るまでの中間施設」としての老人保健施設も開設した。同時に「地域のなかで在宅ケアと連携した訪問診療、訪問介護」を充実。現在では「長野県は在宅死亡率が飛び抜けて高い」という実績も作っている。
若月氏の精神を引き継ぐ
こうした数々の功績を受け継ぎ、佐久総合病院は本院と佐久医療センターなど四つの病院と診療所を含めて、グループ内関連施設が合計16、グループ外関連施設も含めれば27の地域医療ネットワークを作っている。夏川名誉院長は「病院の形態は変わらざるを得ないが、若月氏の精神は継続していかなければならない」と結んだ。
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