【提言】「風評」被害のふっ拭、合理的判断基準示せ(小山良太・福島大学経済経営学類准教授)2013年11月13日
・検査の実態認知度2割
・情緒よりも正確な情報
・納得できる検査態勢を
・提携事例は政策モデル
東日本大震災から2年8か月。復興が最優先の課題であることには変わりがないがない。なかでも原発事故被害に苦しむ福島県では農業生産を復興するにも放射能問題が大きな壁となっている。しかも検査で安全性の確認はできても、消費者の支持が回復しない風評被害がいまだに大きな課題だ。だが、苦難のときこそ力を発揮する「提携」のかたちも今、福島には根づこうとしている。
◆検査の実態認知度2割
「風評」被害に関して、文部科学省指針 では、「原発事故に伴う原子力損害としての風評被害」「報道等により広く知らされた事実によって、商品又はサービスに関する放射性物質による汚染の危険性を懸念した消費者又は取引先により当該商品又はサービスの買い控え、取引停止等をされたために生じた被害」と定義している。
また、日本学術会議福島復興部会では、「当該農産物が実際には安全であるにも関わらず、消費者が安全ではないという噂を信じて不買行動をとることによって、被災地の生産者(農家)に不利益をもたらすこと」と定義している。
つまり、実際には安全であることが担保されていて、食品中放射性物質の基準値を超える農産物が流通しないことが前提であり、その前提の上でも「噂」を信じて不安になり、不買行動をとる場合に、はじめて風評被害となる。しかし、現段階の消費者行動は上記の定義に当てはまるかというとそうとは言えない。
消費者庁消費者安全課「食品と放射能に関する消費者理解増進チーム」による『風評被害に関する消費者意識の実態調査?食品中の放射性物質等に関する意識調査(第2回)結果?(2013年10月7日)』によると、「食品中の放射性物質の検査の情報について、知っていることを教えてください(複数回答、N=5176)」という質問において、食品中の放射性物質の検査情報について、「基準値を超過した食品は市町村で、流通・消費されないようしていることを知っている」が52.8%であった。
また、「検査は厚生労働省のガイドラインに従い、地方自治体が作成した検査計画により行われていることを知っている」が23.1%である一方、「検査が行われていることを知らない」が26.1%であった。厚生労働省が検査結果を公表していることを知っている人は13.3%に過ぎなかった。つまり、2年半以上経過した現在でも、検査方法や結果を認知している消費者は全体の2割程度であり、検査をしていること自体を知らない消費者が26.1%も存在しているのである。
◆情緒よりも正確な情報
以上を踏まえ、消費者行動を4つのタイプに仮説的に類型化してみる。これは、安全性の認識の相違を示している。
タイプAはゼロリスク追求型であり、食品に放射性物質が含まれる可能性のみで反応する層である。原発事故が起こった地域、具体的には福島県という地域名だけで、検査の有無、精度、結果に関わらず、購買・消費に懸念を示す。
タイプBは、基準値認識型である。現行の100Bq(ベクレル)/kgという食品中放射性物質の基準に基づき、これなら安心、あるいは基準値が高すぎるから不安といったように基準値の高低によって反応が変化する層である。アメリカ1200Bq/kgやEU500Bq/kgよりも低いなら安全と考える消費者もいれば、ベラルーシ40Bq/kg(パン)よりも高いから危険と考える消費者もいる。
タイプCは、検査態勢認識型である。このタイプは、生産段階検査か出荷前検査か、流通段階か、あるいはサンプル検査か全量全袋検査かといった検査態勢自体で購買行動を変化させる層である。この層では検査機関自体への疑問、信頼の欠如も問題になってくる。
タイプDは、無意識・応援型である。放射性物質について、気にしないで購入したり、より積極的に応援のため購入する層である。
詳細な調査分析結果がないので仮説的にしか言えないが、タイプAやタイプBは数・割合は少なく、多くの消費者はタイプCの検査態勢認識型に含まれる。しかし、検査情報を受ける機会の差や検査結果の認識・判断結果の相違によって、行動様式が異なっている。
上記の4類型の中で、多くの消費者はタイプCの検査態勢認識型だと推計され、その中でも検査情報の不足、検査内容(精度、認証制度、情報公開機関の信頼性)により判断が難しくなっている現状が伺える。つまり、「風評」対策には、放射能に関する情緒的な安心を唱えたり、応援キャンペーンの宣伝を行ったりしても効果は薄く、検査態勢の認識に関して情報を求めている消費者に正確な情報を発信することと併わせて消費者が求めている真に安全性が確保できる検査態勢の体系化を構築することが必要なのである。
(写真)
米の全袋検査は世界初の取り組み
◆納得できる検査態勢を
現行の国の「風評」問題への対策はリスクコミュニケーションを基本としている。これは消費者が実際に売られている農産物を買うか買わないかの判断ために必要な「安心」情報を提供するというものである。しかし、これには以下のような構造的な問題がある。
第1の問題は、米以外の農産物の検査はあくまでもサンプル検査である点である。サンプル検査における代表性を高め、検査の精度を高めるためには、農地の汚染状況の把握、および農産物ごとの移行率を体系的にまとめ、この体系に基づく検査態勢を構築することが必要である。個別にリスクコミュニケーションを行っても、検査態勢全体の精度と体系性に不安があれば、流通業者は特定産地からの買付けを避ける傾向にある。
第2は地産地消が福島県で受け入れられていないもとで、農作物を県外に移出するという矛盾である。福島県内では生産者や住民(消費者)が県産農産物を食べないとか、福島県の学校給食では県産農産物を使用していないといった状況がなおあるにもかかわらず、福島県産農産物を首都圏等の被災地以外の学校給食に卸売りしたり、あるいはスーパー等に販売したいと思ったとしても、福島県外の住民(消費者、保護者)の理解を得ることは難しい。まずは情緒的な「安心」ではなく、現地で地産地消が出来るような真の「安全性」が確認できるような検査態勢を構築し、その情報提供を徹底することが必要である。
第3は品目ごとの基準値と検査方法が同一であることに対する不安の問題である。
土壌の放射性核種別分析が可能な農産物と汚染状況の把握が困難な海産物とが、全袋検査をしている米とサンプル検査しかしていないきのことが、畑で栽培された農産物と林地等で採取された山菜とが、米のような年間摂取量が多く日常的に食する農産物と累積摂取量が少なく季節的な旬の農産物とが、同一の基準で安全性が決められている。実際の食生活に合わせた基準と、その測定を可能とする検査態勢の構築が求められる。
以上を総括すると、「風評」問題対策は、消費者に対して情緒的な安心を求めるものではなく、放射性物質の分布マップの作成、移行率の確認を踏まえた合理的な検査態勢の構築といった生産段階からの根本的対策を講じ、農産物の安全性を消費者が客観的に確認できるようにしなければならない。
(写真)
全国の生協組合員も参加して実施された放射能物質の土壌調査(12年9月24、25日JA新ふくしま)
◆提携事例は政策モデル
現在、JA新ふくしまの汚染マップ作成事業に日本生協連会員生協の職員・組合員も参加し、産消提携で全農地を対象に放射性物質含有量を測定して汚染状況をより細かな単位で明らかにする取り組みを実施している(土壌スクリーニング事業)。この取り組みは、本年度の日本協同組合学会実践賞を受賞した。2013年9月段階で、延べ130人の生協陣営のボランティアが参加し、福島市を含むJA新ふくしま管内は、水田で約40%、果樹園地で約100%の計測が完了しマップを作成している。それに基づいた営農指導体制の構築も標榜している。JA新ふくしまと福島県生協連の取り組みのような消費者も関わる検査体制づくりと、そこでの認証の仕組みを国の政策へと昇華させていくことが必要となる。
「風評」被害を防ぐためには、その前提として安心の理由と安全の根拠、安全を担保する仕組みを提示することが求められている。安全の担保のためには、協同組合間協同をベースとした検査態勢構築への動きを他地域にも広げていく必要がある。
【著者略歴】
こやま・りょうた
1974年東京都生まれ。97年北海道大学農学部卒、2002年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。同年、博士(農学)学位取得。05年より福島大学経済経営学類准教授。現在に至る。
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