JAの活動:しまね協同のつばさ
報徳思想と共同体の倫理2013年3月6日
1.日本人をつくった共同体ルール
2.報徳は時代を超えて
3.松下幸之助の報徳主義
報徳思想が見直されている。ことに東日本大震災以後、世界中から注目されている。
災害時にみせた日本人の倫理観の基礎には、おもいやりや助け合いなど、共同体の倫理が息づいている。それを世界の人たちは、感嘆の目でみている。
かつて、報徳は支配者が被支配者を収奪するために、批判を圧殺し、忍耐を強要し、封建的な身分制度を固定化する思想として、批判の目でみられていた。それは、近代思想の平等を否定するものだ、という訳である。
だが、事実に照らしてみると、それは偏った一面的な見方である。尊徳は、農村の復興に際し、被支配者の側に立ち、支配者に対して増税をしないことを絶対条件として要求し、受け入れさせた。
このような尊徳の思想を、戦後のアメリカ占領軍は高く評価していた。また、最近では、経済と道徳の一致を説いた尊徳が、社会主義の中国で再評価されている。
1.日本人をつくった共同体ルール
もう少し報徳にこだわってみたい。そこには日本人というものを考えるうえでの重要なヒントがあるように思う。
3.11東日本大震災の後(いや阪神淡路以後か)、日本人の評価が国際的に高まっている。政治経済のことではなく、価値観や倫理感においてである。あるテレビ番組で外国人を集めて日本人の美徳を挙げさせ、それをいくつかのキーワードにまとめていたが、そこで挙げられていたのが「おもいやり」「助け合い」「秩序」「団結」「忍耐」「規律」「勤勉」「伝統」であった。
「これはすべて共同体のルールではないか」というのが私の感想である。日本人は昔から村落共同体にくるまれて生存してきたのであり、その中で生きていくためにはこのようなルールを身に付けなければならなかった。西欧ではこうした共同体が資本主義の勃興と共に消滅したのに対し、日本ではそれがおそくまで残ったために、こうしたルールが日本人の基本的なメンタリティに刻印されたと考えられる。
◆武士道と庶民のモラル
前回の考察では報徳思想は共同体の論理そのものではないとしたが、その基礎はやはり共同体にある。ふるい時代の共同体がそれ自体の存続を究極の目的にしていたのに対して、共同体ルールを新時代に適応して発展させたのが尊徳の報徳思想だとして大きな間違いはないだろう。したがって報徳思想を知らなくても、日本人である限りはその基礎となっている共同体ルールが無意識に身についているのである。
新渡戸稲造はアメリカで日本人の宗教観を問われ、「無宗教の者が多い」と答えたところ、「宗教がないところで道徳をどう教えるのか」と反問された。答えに窮した新渡戸が熟考の末に書いたのが名著『武士道』である。自分の生い立ちを振り返っても、日本人には道徳の規準として武士道があったというのがその趣旨である。
しかしこれには以前から疑問が出されていた。当時の日本人で武士階級の出身者は一割に満たない。それ以外の庶民は道徳と無縁なのかというのである。もちろんそうではなく、農村社会はもちろん都市の商工業者の間でも共同体のルールが生きており、庶民の道徳と倫理の基準になっていた。明治以降にそれが外からの規制としてではなく、内面的なモラルとなって個人を律するようになったのが報徳思想だといえるのではないか。
2.報徳は時代を超えて
報徳はふるくなったと考えている人が多いようだが、決してそうではない。報徳社は各地で健在で、様々な分野で影響力を及ぼしている。尊徳の地元ともいうべき神奈川県や栃木県では、知事が報徳主義を宣言するほど行政や教育に浸透しているし、静岡県では都銀の支店よりも報徳社をルーツとする地元金融機関の方が元気だという。そして北海道では農協、漁協が北海道報徳社を組織して、協同組合運動の拠り所の一つになっている。
ただこれが必ずしも大きな広がりとなっていないのにはいくつかの要因があるが、明治以降の歴史において報徳思想が一面的に利用されてきたことが大きい。とくに年配者の中には、戦時中に報徳の名において勤倹貯蓄が説かれ、軍事国債を買わされたあげくに、それが戦後のインフレで紙切れになったという生々しい記憶がある。
◆民主主義の手本となる
正当な評価もあった。西郷隆盛は富田高慶の『報徳記』に感動して「これをひろく普及せよ」と言ったし、キリスト者の内村鑑三も著書『代表的日本人』の中で尊徳を「農民聖者」として紹介している。
戦後は、日本人に民主主義をどう教えるかと苦心した占領軍が尊徳を発見し、「農民から出て民主主義の闘士となったリンカーンにも比すべき人」として手本とするように勧めた。北海道教育大学には、リンカーン少年とたきぎを背負った金次郎が並んだ大きな油絵が保管されている。GHQ北海道民生部から寄贈されたという。軍国主義から戦後民主主義まで振幅の大きさに驚くが、これも報徳思想の間口の広さと奥行きの深さ故だろう。
二宮尊徳や報徳の教えが権力によって悪用される場合には、その利用の仕方に大きな特徴がある。経済的収奪への歯止めとしての支配者の「分度」は忘れられ、もっぱら「勤労と節約」が強調される。「分度」が説かれる場合でも、それは個人家計の「入るを図って出づるを制す」に閉じこめられる。そして最大の特徴は「推譲」が抹殺されることであり、そのことが今日この概念をわかりにくくしているのである。
3.松下幸之助の報徳主義
報徳思想は関西でも「売ってよし、買ってよし、世間よし」の商人道と結びついて経済界の有力な流れになっている。故松下幸之助はその代表の一人であり、小田原の報徳記念館の設立に尽力するなど熱心な実践家であった。
幸之助翁時代の松下電器(ナショナル)は、従業員をとことん大切にする一円融合の家族的経営で知られており、日本型経営の一つのパターンをつくったとされる。翁は農業や農協にもつよい関心を持ち、かつてのNHKの朝番組「明るい農村」を欠かさず見ていたという話を、私はNHKのディレクターから聞いている。
これも故人となった北海道士幌町農協の太田寛一組合長と仲がよく、太田の全農会長時代にわざわざ士幌を訪問しており、同農協にはその記念碑が建っている。士幌町は報徳主義を村づくりや農協運営の土台としていることで知られており、そこにこの二人を結びつけるものがあったであろうことは想像に難くない。今日の松下政経塾やパナソニックは松下幸之助からいったい何を継承したのだろうか。
◆報徳は世界にひろがる
きわめて日本的なものと思われている報徳思想が、近年世界に広がり始めたということをご存じだろうか。その一つはブラジルで、経済成長のなかでかつての日系一世の開拓者の功績に学ぼうという大きな動きがあり、そのがんばりを支えた報徳思想への注目が高まっているという。
もう一つは中国で、ここでは経済の急成長に伴って多くの問題が発生しているために「経済と道徳の両立」が社会目標とされている。隣の国で「経済と道徳の一致」を説いた尊徳が注目されるのは当然といえよう。文化大革命で批判されたとはいえ、中国人の多くは今でも儒教の影響を受けて育っているから、儒教の言葉で語る報徳はなじみやすいらしい。
こうした動きが合流して「国際二宮思想学会」が発足し、昨年秋には北京大学で盛大に開催されて日本からも多数の参加者があった。国内での再評価につながればと思う。
(文中イラストは「リンカーンと二宮尊徳」北海道報徳会提供、原画は北海道教育大学所蔵)
【第2回】協同組合のルーツを考える (13.02.08)
【第1回】今、日本の農協が直面している問題とは何か? (13.01.04)
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