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レイドロウ報告の衝撃2014年4月18日

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【太田原高昭 / 北海道大学名誉教授】

・評価が高い日本型農協
・地域社会の軸、総合農協の力
・第三世界の農協モデル
・国内での評価、誤読も広まる
・先進的かたち世界に広めて

 日本の総合農協は、西欧の専門農協よりも遅れている、という見解がある。だが、これは誤った見方である。
 国際的にみると、国際協同組合同盟の会長のA.F.レイドロウ報告にしても、J.バーチャルの大著にしても、日本の総合農協に最大限の賛辞を送っている。
 総合農協は、決して日本だけの「ガラパゴス」ではなく、韓国、台湾の農協は日本そっくりの総合農協であるし、中国の合作社法も日本の農協制度を下敷きにしている。
 しかし、残念ながら国内ではごく一部だが、総合農協は遅れている、という見方がある。政府の規制改革会議などの委員の中には、いまだにこうした思い込みにとらわれていて、総合農協を解体して信用事業や共済事業を分離するのが進歩だと言う人がいる。だがそれは、国内だけでなく、国際的視野から見ても間違っている。

◆評価が高い日本型農協

 欧米の専門農協と日本の総合農協は、それぞれの農業基盤に対応して歴史的に形成されてきたものであることは、これまで繰り返し見てきた。それでは現代において、日本型農協は国際社会からどのように評価されているのだろうか。
 世界の協同組合の詳細なデータに基づいて現状を分析し評価をすることは簡単にできることではないが、1980年にモスクワで開かれた国際協同組合同盟(ICA)の第27回世界大会において、当時のレイドロウ会長が行った基調報告『西暦2000年における協同組合』は、最もそれに近いものとして有名である。 この報告は危機感のあふれたものであった。それまでの世界大会では国際協同組合運動はますます発展しているという調子のものが多かったのだが、レイドロウ報告は、とくに先進国における協同組合の低迷と後退を直視し、「西暦2000年に果たして協同組合は存在しているだろうか」と問いかける衝撃的なものであった。
 1960年ころから先進国ではスーパーマーケットなどの流通革命が進み、協同組合とくに消費組合はそれへの対応がおくれて経営危機に陥り、倒産が相次いでいた。こうした背景からレイドロウの分析はリアルであり、危機をどう乗り越えるかという戦略をも提示してひろく影響を与え、その後の各国の協同組合運動の立ち直りに大きく貢献した。

◆地域社会の軸、総合農協の力

 その中で日本の農協はどのように取り上げられているか。まず協同組合がめざましい成功を収めている「ほんの少しの例」の最初に出てくるのが、「日本の総合農協は農村地域の近代的な経済発展に大きく貢献している」という記述である。そのあとに出てくるのが有名なスペインのモンドラゴン地域や「協同組合の島」と呼ばれるアイスランドの事例だから、まずは破格の扱いというべきだろう。
 レイドロウ報告は、地域の経済に協同組合が大きなウエイトを占める「協同組合地域社会」という展望を示したことでも知られるが、その核心部分でも日本型農協が登場する。「協同組合地域社会を創設するという点で、たとえば日本の総合農協のような総合的方法がとられなければならない」として、次のような詳しい紹介が続く。
 「典型的な日本の状況の中で、総合農協が何をし、どんなサービスを提供しているか考えてみたい。それは生産資材の供給、農産物の販売をしている。貯蓄信用組織であり、保険の取り扱い店であり、生活物資の供給センターである。さらに医療サービスや、ある地域では病院での診療や治療も提供している。農民に対しては営農指導もし、文化活動のためのコュニティ・センターも運営している。もし総合農協がなければ、農民の生活や地域社会全体は、まったく異なったものとなろう。」

◆第三世界の農協モデル

 引用が長くなったが、このような日本型総合農協への注目と高い評価は、その後のICAに一貫している。1997年に出版され、ICAの国際テキストとされるJ.バーチャルの大著『国際協同組合運動』の中でも、日本の農協は「アジア環太平洋地域における最大のサクセス・ストーリー」と評価され、都市部の生協と共に詳しく紹介されている。
 このような日本型農協への注目は、国際協同組合運動の戦略とどのように関連しているのであろうか。レイドロウ報告が第一優先分野として最も力点を置いているのは食糧・農業の分野であり、「世界の飢えを満たす協同組合」である。そしてそのためにアジア・アフリカの第三世界の農漁協の発展を援助しなければならないと強調している。そこで求められているモデルが、欧米型の専門農協ではなく、日本型総合農協なのではないか。
 総合農協は、決して日本だけの「ガラパゴス」ではなく、韓国、台湾の農協は日本そっくりの総合農協であるし、最近施行された中国の合作社法も日本の農協制度を下敷きにしている。総合農協は、小農が集落を形成し稲作を主体とする農業を営む地域に適合する協同組合として一般性をもつのではないだろうか。そうであればそれは第三世界の農業と経済の発展にとって重要な役割を果たしうるのであり、ICAはそこに着目しているとみてよい。

◆国内での評価、誤読も広まる

 このような日本型農協への評価と期待は、日本国内ではどのように受け止められたのだろうか。残念ながら1980年当時、協同組合の話題はまだ一般の関心をよぶものではなかった。では肝心の農協陣営ではどうだったろうか。
 私は必要があって当時の文書を調べたことがあるが、ほめられて発奮するというよりは戸惑いの方が強かったようで、「これに甘えず反省して」というような謙虚な言葉が並んでいる。これが減反と農協批判の下で元気がなかった当時の農協陣営のすがたであった。
 唯一反応したのが地域協同組合論者であった。彼らはレイドロウの「協同組合地域社会」の文言にとびつき、それを地域協同組合論へのお墨付きであるかのように主張した。しかしこれは完全な誤読であり、レイドロウが協同組合地域社会との関連で評価しているのは、他ならぬ総合農協であることは先の引用だけでも明らかであろう。
 現在でも似たようなことをいう人がいるので、念のために言っておくと、協同組合地域社会のモデルとされるモンドラゴン地区でも、そこで活動しているのは労働者協同組合や信用組合、生協や農協であって、地域協同組合などという組合は存在しない。各種協同組合の提携による「協同組合間協同」が協同組合地域社会の実像なのである。

◆先進的かたち世界に広めて

 わが国では、実践家にも研究者にも、総合農協は後進国の農協のかたちであり、専門農協になることが農協の進歩であるという思い込みがあった。レイドロウ報告はこうした見方をひっくり返した歴史的文書なのであり、ぜひ読み直しておく必要がある。
 なぜなら、政府の規制改革会議などの委員の多くはいまだにこうした思い込みにとらわれていて、総合農協を解体して信用事業や共済事業を分離するのが進歩だと言いだすだろうからである。それは国内だけでなく、国際的視野から見ても間違っている。
 第三世界における農協運動の現状は活発とはいえないが、その理由は非欧米的農業基盤の上に欧米型の農協を作ろうとしているからであり、わが国の明治大正期における産業組合の低迷に事情が似ている。アジア・アフリカの現実に見合った総合農協のかたちを広げることが出来れば、世界の協同組合運動への日本からの大きな貢献となるであろう。

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