JAの活動:JAづくりは人づくり
安定兼業が地域を守る 御子柴 茂樹(長野・JA上伊那代表理事組合長)2016年6月20日
集落営農法人を全域に
南アルプスと中央アルプスに囲まれ、天竜川沿いに広がる水田や樹園地。この美しい景観や農地は、商工業で働きながら農業を営む安定兼業農家によって守られている。JA上伊那はこうした兼業農家の営農と生活を守ることで、地域社会における存在観を高めている。中山間地域で協同組合としてのJAのあり方を御子柴茂樹代表理事組合長に聞いた。
◆地域条件に合わせ 多様なJA運営方法
――いまの「農協改革」の動きをどうみますか。
政府の「農協改革」は、JAのあり方について画一的に考えているところに問題があるのではないでしょうか。JAには、それぞれ独自の運営スタイルがあります。行政や企業と違い、農を基盤にして地域とともにある組織です。地域の農業が違えばJAも当然違ってきます。
例えば農家の組織化ですが、集落営農が始まる前に管内の宮田村では全国に先駆けて「1村1農場」に挑戦し、「宮田方式」ということで注目されました。これは、地域の農家の実状に沿ったものです。
現在、管内には41の集落営農法人があります。近く50法人になる見込みで、これでほぼ全域をカバーできます。こうした生産の組織化によって、JAのカントリーエレベーターなどの施設利用率は80%近くに達しています。これからどのような農業を形づくるか、いまスタートラインに立ったところです。
担い手不足はありますが、この問題は集落営農の法人化の中で対応できると思っています。例えば土・日で共同作業し、普段は専業農家が管理するなど、さまざまな方式が考えられます。
◆兼業収入合わせ 成り立つ暮らしを
――上伊那の農業の将来ビジョンは。
私は「地域安定兼業」と言っていますが、農業収入と農外収入を合わせて暮らしが成り立つようにすることが大事だと思います。地域に定住し、出稼ぎせずに暮らすことで人口の減少を防ぎ、集落機能を維持し、農村の自然景観を守ることができます。
従って、JA上伊那が進めてきた法人化は、あくまで小規模経営体である集落単位であって、国が標榜しているような大規模法人化ではありません。昔の結(ゆい)のように、農作業の共同化や受委託の受け皿となる組織です。
上伊那は都会ではないが、まるっきり田舎でもなく、住みやすいところです。商工業も活発で就労の機会もあり、多くの農家が勤めています。これを「地域6次産業化」と言っています。そのような農家が、われわれJAの組合員なのです。
政府は農業所得の向上が必要だと言うが、農産物の販売額と農家の所得は違います。管内の多くの稲作農家は赤字経営です。それを農外所得で補って、農地や景観を維持し地域を守っているのです。
――農業所得の向上にはどのように。
上伊那の農家は、規模は小さいものの、あらゆるものが生産できます。しかし、これからは作るだけのプロダクトアウトから、売れるものをつくるマーケットインに切り替え、価格の決定でもリードしていくようにしなければならないと考えています。その一つ、「伊那華(いなか)の」を商標登録してブランド化に取り組んでいます。
JAの広報誌「る~らる」もフランス語で田舎のことで、「田舎シリーズ」です。なにしろ両アルプスに挟まれた伊那地方にはピュアな文化があります。これを武器に上伊那の農産物の販売をさらに強めていく考えです。
特に問題は販売価格決定にあると思います。政府は「儲かる農業」と言うが、農産物の大きな問題は、生産者が定価を決められないことにあります。生産コストを積み上げて価格を決めていないのは農産物だけです。
これでは事業マインドの高い人は農業をやらなくなります。施設に何千万円も投資しても、販売価格が計算できないというのでは経営とは言えません。政府の「農協改革」ではJAの農業投資が少ないことが問題にされていますが、農業を相手とする貸付けと、企業のそれは異なる条件にあるということを理解して、「改革」といっているのでしょうか。
このような特徴があるので、農業は本来、国に守られるべきものです。欧米では、多くの政策で長期を見越した法制化ができていますが、日本では単年度の政策はあっても、その次の年はどうなるか分かりません。〝猫の目農政〟と言われる所以です。
JAグループは、独自のポリシーを持って、長期展望のもとで農業の法制化を求める必要があります。この点で、JAグループはもっと取り組みを強める必要があると思います。
◆JAは人の繋がり 総合力発揮の支え
――政府の農協改革は信共分離を視野に入れているようですが。
分離したら信用、共済事業自体が成り立たなくなります。営農指導も含めた総合事業のなかで、信用・共済を利用していただくことで事業が成り立っているのです。いいとこ取りではJAの事業は成り立ちません。管内8市町村の人口は約19万人、全員JAを使ってもらっても大きな規模ではありません。その中には銀行や保険会社もあります。
JA上伊那は貯金が2500億円、長期共済保有高が1兆1000億円。総合力の中で地域の理解を得ている結果です。地域の人はみんな何らかの形で農業につながりがあります。JAは人的組織で、不特定多数が相手ではありません。そこに地域に根差した総合事業を展開するJAの強みがあるのだと思います。
信共分離すると不特定多数を相手とすることになります。都市部のJAでは信用・共済に特化しても成り立つところもあるでしょう。しかし上伊那では困難です。農業者に融資していないという批判がありますが、農業経営の確立は1、2年ではできません。しかし、3か月以上の延滞はリスク債権として扱われ、利息以上に引当金を積まなくてはなりません。そうした農業融資の実情を政府や財界の人は分かっているのでしょうか。
――地域への働きかけはどのように。
行政とのコラボレーションを積極的に進めています。新しくJAの支所を建設するときは、行政の支援を得て、コミュニティセンターの機能を持たせています。12総合支所で7支所完成しており、残りは5支所です。
コンビニエンスストアとの連携も進めており、ファミリーマートはフランチャイズで9店舗運営し、農産物直売とエーコープ商品も扱っています。24時間営業で、若者を中心とする次世代対策にもなり、地域の人々の生活を支援しています。
――これからJAには、どのような職員が求められるでしょうか。
これまで積み上げてきたものを壊さないで、さらなるスピードアップをめざしてほしい。東京大学大学院の鈴木宣弘教授が「今だけ、金だけ、自分だけ」と発言している今の社会ですが、今の若い人は集団への適応性が低いように思います。データでなく会話力、人と人のコミュニケーション力が必要です。
常々、「JAは農を基盤とする人の組織なので、チーム力の向上が大事」だと話しています。組織である以上は組織のルールは守らなければなりません。一人ひとりがパワーアップして全体が向上するのです。単に組織についていくだけでなく、個人をアピールすることで農協人らしい知識を得て、チーム力を発揮していただきたい。
【略歴】昭和48年旧伊那農業協同組合入組。総務企画部長を経て、平成24年JA上伊那代表理事組合長。
(写真)伊那地方の美しい景観は「安定兼業」によって守られている(中川村陣馬形山から)
【JA上伊那の概況】
1996(平成8)年、長野県上伊那地域5JAが合併してJA上伊那へ。
▽組合員数=3万102人(うち正組合員1万6188人
▽販売取扱高=140億4785万円
▽購買品供給高=62億3629万円
▽貯金残高=2519億6772万円
▽長期共済保有契約高
=1兆1477億円
▽職員数=937人(うち正職員533人)
(平成27年度末)
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