JAの活動:今村奈良臣のいまJAに望むこと
第36回 牛の放牧により中山間地域の農業を蘇らせよう2017年11月19日
いま一つ大分県下でかつて牛の放牧について実態調査を行った事例について紹介しておこう。
九州でもっとも高い久住山の山麓にある朝地町温見(ぬくみ)にある温見畜産振興会という54人の組織で、和牛繁殖牛経営を主体とした畜産の生産者組合である。その代表をしていた小野大蔵さんが「うちの牛は一言でいえば"した刈り"をさせているんだ」と言った。私は牛に下刈りさせているとはどういうことですか、と聞いたら「牛の舌で刈らせている。舌刈りだ」と言われて、なるほどと手をたたいて理解できたことをいまでも忘れられない。
その"舌刈り"という言葉のなかに、未利用資源をいかに利用し活かすかという知恵と実践が含まれていたのである。
具体的にその実践を紹介すると、久住山麓の草原はもちろん、クヌギ林、あるいは7~8年生までのスギ林にも、牛を4月から11月頃まで放牧していた。もちろん、クヌギ林やスギ林にはバラ線で牧区を切ってあり、牛が遠くへ行かないように、また順序良く草を食べるように牧区を切り牛を回しているわけだ。牛は自分のエサは自分で確保するという仕掛けになっている。子牛は、山の入り口に丸太で組んだトタン屋根の非常に安価に見える小屋につないであり、親牛は乳を飲ませに定時的に戻ってきていた。
要するに、牛を飼うのに非常に人手がかからない。夕方、親牛が乳を飲ませに帰ってきた時に、牛の体温を測ったり眼の色を見たり、体の色つやを見たりして健康状態を観察しているという。ここのところだけは非常に注意して、あとはすべて牛まかせであるという。
クヌギの木は、シイタケ栽培のホダ木としてもっともすぐれているが、それにヤマイモのつるなど巻きつくと非常にシイタケ原木としては価値が落ちてしまう。ところが、逆に牛はそういうツル草などがいちばん好きで、全部引きずり落して食べてくれるという。おまけに雑草の下草もちゃんと食ってくれ、さらに蹄で土を適当に耕してくれ、さらに糞尿も肥料として山林にすべて還元してくれる。そういうわけで、クヌギの育ちも以前より非常に良くなり品質も向上したという。クヌギはこの辺りでは、だいたい伐期が12~14年、平均して13年ぐらいだが、牛を放牧したクヌギ林はだんだん短縮されて10年、あるいはいいところでは9年という伐期になってきたといっていた。
さて、クヌギは伐ったあと翌年その株から芽がたくさん出てくるが、その中でどれを残すかというのが「芽かき」というが、その芽かきを
行うのに人手がかかるくらいで、あとは「牛の舌刈り」にまかせているのだと、小野さんは言っていた。
<改良草地と野草の草地>
ところで、農林水産省は、かねてより畜産振興ということで飼料基盤を造成するという名目で、山をはがし谷を埋め、機械の入る平らな草地を大量につくることに大変多くのお金をつぎ込んできた。そこに、日本在来のものでない海外から輸入された牧草の種子をいろいろ植えて大規模草地造成をすすめてきた。
そこで、さきの小野さんの話によると、改良草地に牛を放牧してみたが、牛が仔をはらむのがどうもうまくいかない、種がとまらないということが経験的にわかってきたという。そこで、和牛は改良牧草と野草のどちらを好むのか、と聞いてみたら、「野草を好む」と言った。クヌギ山にも蹄耕法を利用して牧草をあちこちに栄養剤みたいにまいてあるが、カヤの新芽が出た頃、牛を山に追い込むと、牛は争ってカヤの新芽に飛びついて牧草の方には見向きもしないと言っていた。カヤの新芽が無くなってくると仕方なしに改良牧草の方に行って食うと言っていた。このような話からすると、日本の和牛を前提に考えた場合には、どうも嗜好性などからみても、野草の方が具合がよいし、健康状態もよいし、種のとまりもよいと言っていたことが未だに頭の隅に残っている。
そういうことを考えているとき、小野さんから次のような質問をされたことを想い出した。
「今村先生は何でも知っているみたいだけど、改良草地でやった牛のクソと野草地でした牛のクソの違いを知っていますか?」
「いや、そこまで知りません」と答えた記憶がある。そこで山へつれていかれた。たしかに改良草地にある牛のクソは下痢便というかベタッと広がった便であった。それに対して野草地のは、丁度まんじゅうがもりもりと盛り上がったような牛のクソであった。つまり、ホルスタインのように改良を重ねてきた乳牛にはたぶん改良牧草が必要だと思ったが、和牛には野草の方がよいのだということを実感したことを改めて想い出した。
かなり以前の温見畜産振興会での現地調査を改めて想い起して記したが、改めて結論として「クヌギ山に林間放牧して、牛に野草を食わせ、耕させ、糞尿もそこで処理させれば、クヌギもよく太ってくれるし、シイタケ経営にも非常に良い。一石何鳥ともいえる実践を通して中山間地域に活力をもたらして頂きたい」というのを、メッセージとして中山間地域の皆さんに贈りたい。
<福島原発の震災事故と放射能禍に見舞われた福島の宝の山をいかにすべきか>
かねてより椎茸の全国有数の生産地である大分県は、特に福島県より、椎茸の原木としてクヌギをはじめナラやブナなども大量に輸入していた。それだけ福島県は椎茸の原木に恵まれていた地域であった。それが、放射能禍によって、一瞬にして消え去ったのである。水田や畑などはどうにか除染対策でその被害は薄れつつあるが、山林には、未だに全くと言ってよいほど手が及んでいない。私が塾長をしている三春町にも震災後二度訪ねたが、かつてのクヌギの美林は目をそむけたくなるような荒廃した森林になっていた。私も、せめてクヌギ山だけでも昔の姿に帰らないものかと念じて色々の方々に相談してみたがなお名案は浮んで来ない。チップにして発電用にどうか、チップをさらに微細にして競走馬の敷ワラ代りにどうか、など色々と智恵を出してきてくれる方々もいるが、いまなお、救済すべき途は見つからないでいる。どうか放射能汚染した福島の森林、なかでもクヌギの用途を志ある方々に教えてもらいたい。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(119) -改正食料・農業・農村基本法(5)-2024年11月23日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践 (36) 【防除学習帖】第275回2024年11月23日
-
農薬の正しい使い方(9)【今さら聞けない営農情報】第275回2024年11月23日
-
コメ作りを担うイタリア女性【イタリア通信】2024年11月23日
-
新しい内閣に期待する【原田 康・目明き千人】2024年11月23日
-
基本法施行後初の予算増確保へ JAグループ基本農政確立全国大会に4000人 生産者から切実な訴え2024年11月22日
-
「適正な価格形成」国関与で実効的に JA群馬中央会・林会長の意見表明 基本農政確立全国大会2024年11月22日
-
JAグループ重点要望実現に全力 森山自民党幹事長が表明 基本農政確立全国大会2024年11月22日
-
農林水産省 エン・ジャパンで「総合職」の公募開始2024年11月22日
-
鳥インフル 米モンタナ州、ワシントン州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2024年11月22日
-
鳥インフル オランダからの生きた家きん等 輸入を一時停止 農水省2024年11月22日
-
11月29日「ノウフクの日」に制定 全国でイベント開催 農水省2024年11月22日
-
(411)「豚ホテル」の異なるベクトル【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年11月22日
-
名産品のキャベツを身近に「キャベツ狩り選手権」開催 JA遠州中央2024年11月22日
-
無人で水田抑草「アイガモロボ」NEWGREENと資本業務提携 JA三井リース2024年11月22日
-
みのるダイニング名古屋店開業2周年「松阪牛ステーキ定食」特別価格で提供 JA全農2024年11月22日
-
【スマート農業の風】農業アプリと地図データと筆ポリゴン・eMAFF農地ナビ2024年11月22日
-
自動運転とコスト【消費者の目・花ちゃん】2024年11月22日
-
イチゴ優良苗の大量培養技術 埼玉農業大賞「革新的農業技術部門」で大賞受賞 第一実業2024年11月22日
-
「AGRIST Aiサミット 2024」産官学金オープンイノベーションで開催2024年11月22日