JAの活動:今村奈良臣のいまJAに望むこと
第37回 里山放牧で母牛1200頭に2017年11月26日
たしか20年ほど前のことだと記憶している。当時、JA甘楽富岡の営農事業本部長をされていた黒澤賢治さんと一献傾けつつ率直に意見したことがあった。
1.はじめに
「JA甘楽富岡の管内を久しぶりに見せてもらったが、山間地に入ると耕作放棄地はあちこちにあるし、里山には雑草やカズラや竹林がはびこっていて、山は荒れてもったいないことだ。人手が無いのだろうが、ひとつ『牛の舌刈り』とか、牛がいなければ"Rent A Cow"という手法で牛の放牧により荒廃地を活かしたらどうですか」と。
こういう話をして3~4年たった頃だったが、JA-IT研究会(私が代表、黒澤さんは副代表)が開催されたので訪ねた折に、管内を山間地域を含め広く視察することができた。ところが平地の放棄されていた桑畑はいうまでもなく、山間地域でも、放牧された黒牛がゆったりと草を食べている姿があちこちに見られた。里山は牛の「舌刈り」で見事な景観をみせてくれていた。
2、"Challenge 500"の推進
かねて私が言ったことを黒澤賢治さんは強烈に受け止めてくれた。さっそく"Challenge 500" という方針を打ち出し「5年後には管内で繁殖和牛を500頭に増やし、里地、里山に牛の放牧を徹底的に推進する」という方針を推進してくれている。
ここには平成19年の実績までしか示していないが、先日お会いした時には「今年(平成28年)には、とうとう放牧母牛が1200頭の大台を超えました。また、先日の仙台での共進会では子牛は1等賞を受賞しました」と話してくれた。そして、母牛の半分は舎飼いではなく放牧方式によっていて、「もう放牧可能な山林や原野はJA管内には無くなりました」と言っていた。この地域は、かつて全国にその名をはせた名牛「紋次郎」の血を引く銘牛の産地であるため、肥育素牛となる仔牛の価格が相対的に高く取引されていることも飼養農家、飼養頭数の増加に拍車をかけているように思われる。
3.里山放牧の実際
もう7年前のことになるが、JA甘楽富岡管内の里山に放牧していたM・Mさんの事例を詳しく拝見したことがあるので紹介しておこう。
放牧していた里山は、杉林と雑木林と急傾斜のある谷地からなっていた。
入口からみえた里山は一見して雑草というのはもうほとんど見えず、きれいな牛道(急傾斜地をジグザグに昇り降りする特有の牛道)が見えるのみであった。
牧場の入り口には2基の太陽光発電機が据えつけられ、打ち込んだ丸太の杭や鉄パイプにリード線(電気牧柵)が張られて牛の脱柵を防ぐようになっている。牛の学習能力は高く、一度ピリリとくれば決して電牧には寄りつかなくなるという。そして牧場の入り口には鉄パイプを組み立て、波板で天井を覆っただけの小舎と水呑み場があり、かたわらに岩塩が置かれただけの設備で、投資はほとんどこれだけである。あとは牛が自由に餌となる草を求めて歩き回るのみである。牛はとくに立木に巻きつく山芋やクズなどのつるの類が好きですべて引き下して食べてくれるので、杉などの用材はもちろんクヌギの管理などにはもってこいだとM・Mさんは笑顔で話してくれていた。また、竹や笹もM・Mさんの放牧地からはほとんどみられなかった。その放牧地の一角で、丁度、畜産草地研究所草地研究センターの技術陣がやってきて、新しいセンチピードグラスというノシバの改良品種の移植試験を行っているのに出会ったが、牧養力の向上のためにも必要ではないかと思った。
なお、このJA甘楽富岡管内は昔から椎茸をはじめとするキノコの著名な産地であったのでクヌギは大切に育てられていると聞いていたが、それに放牧も一役も二役も果たしているものと思った。
4.JA甘楽富岡の実践を県下一円に
こうしたJA甘楽富岡の実践と成果に学んだのであろうと思うが、群馬県農政部は、群馬県農業協同組合中央会ならびに群馬県畜産協会を通じて「繁殖和牛水田放牧推進モデル設置事業」を平成20年度から発足させている。ここでは「水田放牧」と言っているが、これは放棄水田、減反政策にともなう水田対策をねらいとしているものの放牧全般を対象としているらしい。電牧施設(ソーラーシステム)の全面助成や耕種農家への収益補償をうたっている。
こういう政策だけでなく、前述のM・Mさんの話によると、「私の山にも牛を放してもらえませんか」という森林所有者からの話が舞い込んできているという。放牧の成果が行政だけでなく、もてあましている山林所有者にも認識され、牛の放牧の効用が広く認識されるようになっていると痛感している。読者の地域の山林所有者さらには県・市町村の行政機関、JAなどの農業団体の反応はどうであろうか。広まることを期待したい。
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