JAの活動:加藤一郎が聞く農協文化論
農業委員会の役割と課題 高木賢 氏 × 加藤一郎 氏【加藤一郎が聞く農協文化論】2020年9月14日
・高木賢氏弁護士・元農水省食糧庁長官
・加藤一郎氏千葉大学客員教授・元JA全農代表理事専務
高木賢氏は農水省食糧庁長官を退官後、「人生二毛作」を唱え、2001年から弁護士として活躍し、農地制度等に関する著書を多数出版している。また高崎経済大学理事長などの要職を歴任し、2008年に当時JA全農代表理事専務だった加藤一郎氏が立ち上げた農業と法律の関係者による「農業経営法務研究会」で中心的役割を担ってきた。今年の7月、千葉県松戸市農業委員会の「中立委員」として任命された加藤一郎氏と、農業委員会の役割と課題、今後の方向性などについて対談してもらった。
農業委員会の役割と課題
農地有効利用・担い手確保をめざして
弁護士・元農水省食糧庁長官
農地利用の最適化に三つの柱
加藤 農業委員会の業務の重点として、「農地利用の最適化の推進」が明確化されました。担い手への農地集積、耕作放棄地の発生防止・解消、新規参入の促進が中心課題だと認識していますが、農地法改正の背景と農業委員会の役割についてどのように考えますか。
高木 今日、農政には多くの課題がありますが、農地に関して基本は二つ、「農地の有効利用」と「利用の担い手」です。農地は農業生産の基盤ですが、現実はその利用が危機に瀕していると思っています。それは、耕作放棄地が増えていることでも分かります。また、現在はまだそれほど顕在化していませんが、担い手の高齢化が進み、円滑に経営を承継できるのかという問題があります。つまり、現在の耕作放棄地問題、やがて来る継承の問題この二つが重要課題です。
日本の農業は、人口に比べて農地が少ないという特徴があります。それがヨーロッパの先進諸国と大きく違うところです。それだけに農地の数量的確保と有効利用、つまり農地利用の最適化が求められています。それには3つの柱があります。第1の柱が農地の外延の維持拡大、第2が利用の質の向上、そして第3にヒト、つまり新規参入を含めた農地を利用する新しい血、人の確保です。これが法律上明記されました。
この課題に現場で取り組むため、許認可権限だけでなく、農地利用の最適化の推進が農業委員会の仕事として明確にされました。これまで任意だった農業委員会の業務を、必ず実施し、3本の柱の実現に努めることを法律上明記したのです。これが大きなポイントです。
加藤 農業委員会には、利害関係のない中立的な委員を任命することになりました。農業委員は公平公正な判断が求められる組織です。農業委員会におけるコンプライアンス(法令順守)は重い課題だと思いますが、どのようなことに留意するべきでしょうか。
高木 農地の権利関係に関する案件の許認可が農業委員会の主な仕事なので、決定を預かる人には、どうしても誘惑があり、贈収賄事件もなくなりません。そのため農業委員会にもコンプライアンスが求められ、委員の研修にも力を入れています。
長い間、農村社会において「なあなあ」ですましてきたことについての反省も必要です。これを改め許可要件に照らして厳密に点検しきちんと手順を踏んで判断するという適正な手続き、これを着実に進めるのが一番のポイントではないでしょうか。中立委員は「利害関係を有しない者」となっています。社会常識はこういうものだということをはっきりさせるという役割があると思います。
旺盛な女性の起業意識
加藤 次に担い手の意見を、農業委員会でどう反映させるかという問題があります。認定農業者が委員の過半数を占めること、また女性の積極的な登用が求められています。千葉大学園芸学部でも女性の割合が半数を超え、成績も優秀です。学生の保護者からは、特に女子学生は親元の地方に帰って就職し、地元で結婚することで、地域の活性化につながると言っています。営農指導員を希望する女子学生も増えており、女性の起業意識は旺盛です。こうした女性をフォローする必要があると思います。
高木 女性が進出するには、その社会的基盤をつくることが必要です。まず農業や農村で活躍できる場を増やすことが基本だと思います。男女共同参画計画では、女性の農業委員を30%にする目標が掲げられていますが、令和2年でまだ10%程度というのが実態です。
農業・農村の現場で女性が活躍する実態ができあがることが先決です。そこが薄いと根無し草になります。家族経営協定で女性を経営のなかにしっかり位置づけるなど、女性活躍の母集団を増やすことが重要だと思います。また、男女を問わず、実態からすると全国の農業大学校への入学者が少ない。やはり農業をもっとやりがいのあるものにし、女性の新規就農者を増やさなければなりません。そのための環境整備を、地道にやっていくしかないと思います。
千葉大学客員教授・元JA全農代表理事専務
農業の概念を大きく
加藤 農地法の改正により、農地の下限面積が50aから10aに引き下げられ、担い手が不足している場合には10a未満でも農業委員会が認めれば了解されるようになりました。また、全面コンクリート張りの農業用ハウスも農地として認められるようになり、「農作物栽培高度化施設」と認定されると「人工光型の完全閉鎖型植物工場」も農地とみなされる可能性もでてきました。新規就農者にとって選択肢が高まってきたと思います。しかし、ビルで作物をつくり、それが農地といえるのか。農業委員会としての判断が難しくなります。どのように考えますか。
高木 下限面積の改正は、副業的農業や「半農半X」も農業として認めたことで、農地利用の外延的確保として意義があると思います。
また、コンクリート張りのハウスや施設は、技術進歩の一つとして考えられるではないでしょうか。人工栽培を農業でないとすると、農業の概念を小さくすることになります。それを農業の外に追いやるのは、農業として得策ではありません。古典的な農業の定義はその土地で肥培管理することですが、それにこだわらず広い意味で農業を営む場は、農地として扱う方がいいと思います。重要なことは農業・食料生産をどう幅広く考えるかです。
加藤 農地・農業政策は、各行政機関、全国農業会議所、JAグループと農業委員会との連携が不可欠ですが、JAが行政区域を超える合併が進んでいるなかで、農業委員会との関係で課題はないのでしょうか。
高木 農業員会、JA、行政のエリアが一致しなくなっています。だが、現地をみると、「人・農地プラン」などはもっと小さい単位が基本になっています。形式的な区域と、実際に動いているエリアは違う。実際に動いているところを基本に据え、連携すればいいと思います。
JAも農業委員会に任せておかず、農地や担い手をどうするか真剣に考えるときです。生産と販売だけでなく、農地や担い手確保に取り組むJAも出ています。いかに地区内の農地を有効利用するかという原点に立って取り組むところに連携の基礎があるのではないでしょうか。
農委から産学連携を求めよ
加藤 都市農業振興基本法や生産緑地法などで、都市農業の多様な機能への評価が高まってきております。町づくり地域計画は松戸市にある千葉大学園芸学部のランドスケープ学(環境造園・緑地学等)の中心課題でもあります。農業委員会として地元の大学とどう連携ればいいのでしょうか。例えば、市民農園整備促進法などを利用し、市民農園で収穫した農産物の販売などで連携できないか。花き栽培は景観上も優れております。千葉大の先生方の協力で、高級花栽培を市民農園との連携を考えてみたい。高崎経済大理事長として。地元大学と農業の産学連携をどう考えますか。
高木 文科省は、大学に関して先端的部門伸長と地方大学を中心とする地域連携を課題に挙げています。高崎経済大学では、地域政策学部のなかで、6次産業化の支援を進めています。例えばある村と連携して、そこの農産物を街中で直売するなど、学生がゼミナール単位で実行しています。また、ホテル等の食品廃棄物を飼料化して豚を飼い、その豚肉をホテルで使うなど、循環のシステムをつくった例もあります。
このように大学側からの働きかけはありますが、現場の方からはあまりなく、農業委員会からの連携の働きかけを強める必要があります。こうした取り組みは、これから進むべき方向であり、拡大すると思います。大学側は意欲があります。もっと現場で主体的に取り掛かってほしいですね。
対談を終えて
「人生二毛作」実践の人
高木先生は、自らの生き方を「基本計画」として律し、「人生は、太古からの時の流れとともにあるという自覚を持つこと。」としています。健康管理の目標を決め、また日本の近現代史に関する著作、社会観察に関する「まとめ」を、自分の「ライフワーク」として位置付け、特に、国家の意味、価値、現代的役割等の研究、グローバリズムに対する「土着」、「共同体」の実例と発展の研究、当面、近代日本経済の発展に果たした農業の役割の取りまとめ、農本主義思想の解明を行うとしています。対談を通じて、先生の「人生二毛作」悔いなしの思いを感じました。
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【加藤一郎が聞く農協文化論】
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