JAの活動:農協時論
【農協時論】心のよりどころ 時田則雄 北海道・十勝の生産者2021年7月1日
庭のニセアカシアの花が満開だ。近くの林では朝からカッコウが鳴いている。いま十勝の畑作農家の大方は蒔付け作業が終わり、ひと息ついているところだ。これからは娘婿の機械仕事が主なので、私は書斎で好きなアイヌの子守歌「イフンチ」を繰り返し聴きながらのんびりと過ごしている。
私の農場の目玉作物はナガイモで、2.5ヘクタール作付けした。春に掘ったナガイモは、年が明けても根雪にならなかったのでかなりシバレていた。それでその部分は包丁で切り落とし、キズ物として出荷した。近年は地球温暖化のせいか降雨量が少なく、ナガイモがシバレるのは珍しいことではない。それで今年は越冬させるナガイモは畝をビニールで覆う、いわゆるマルチ栽培にした。この栽培だとナガイモは首の部分が長くなるので、土壌が凍結しても被害は少なくてすむという。
私の農場ではナガイモの他にコムギ、ダイズ、アズキ、スイートコーン、ニンジン、ゴボウを栽培しているが、いまのところどれも成育は順調。しかし作物は収穫し、販売してみてはじめて結果が分かる。したがって成育が順調だからといって喜んでばかりいられない。
私が就農したのは1967年。そのころの十勝の農家1戸当りの平均耕地面積は15ヘクタール前後だったが、現在は45.6ヘクタール。つまり54年の間に多くの土の同志がムラを去ったということになる。私も1万ドル(当時は1ドル360円)経営を目差し、規模拡大を図ったが、農家にとって土地は命そのもの。離農跡地には土の同志の魂が宿っている。私はそのことを決して忘れてはならないと自分に言い聞かせている。
現在の私の農場の耕地面積は40ヘクタール。就農したときの約倍である。規模拡大レースを続けてきて思うことは、面積が増えたからといって、その分所得が増えるとは一概にいえないということ。機械も大型化し、予想以上に経費も増えるということだ。
政府は私が就農する前から、経営規模の拡大を推し進めているが、鈴木宜弘著『食料・農業の深層と針路』(創森社)の中に次のようなくだりがある。
「強い農業とは何か。規模の拡大を図り、コストダウンに努めることは重要だが、それだけでは日本の土地条件の制約の下では、オーストラリアや米国に一ひねりで負けてしまう。少々高いけれども、徹底的に物が違うからあなたの作る物しか食べたくない、というぐらいの人がいてくれることが重要だ」
これは農業者や消費者、いや、特に為政者に読んでもらいたい。
規模を拡大するということはムラの人口が減ることだ。昔、小学校の運動会は祭のようににぎわった。村祭も盆踊りもなくなりつつある。私の住む町内会では恒例のジンギスカンパーティもなくなった。にぎやかなのはトラクター往来だけ。
いま、ムラは農業生産の<場>というだけでなく、日本人の心のよりどころとして見直されるときだと思う。
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