JAの活動:女性協70周年記念 花ひらく暮らしと地域
【花ひらく暮らしと地域―JA女性 四分の三世紀(15)】男女共同参画社会へ<中>「女性起業」 で実力発揮2022年4月23日
「国破れて山河あり」と言われた飢餓の夏から、コロナ禍を乗り越えて新しい時代に挑むこの春まで76年。その足どりを、「農といのちと暮らしと協同」の視点から、文芸アナリストの大金義昭氏がたどる。
自給運動を跳躍台に
飢餓脱出を図る食料増産時代から、都市並みの「豊かさ」を求める高度経済成長期に突入するまでの農村女性は、家や村の陋(ろう)習に囚(とら)われた牛馬のような存在だった。
ところが「米+兼業」が農家の主流になり、女性も野良着を脱いで日稼ぎに走るようになると、そこから水が漏れだすように、抑えつけられていた女性の身心が解き放たれていく。マイクロバスに積み込まれて土木・建築現場や下請け工場などに出かける女性の気分を、古庄ゆき子が『ふるさとの女たち~大分近代女性史序説』(昭和50〈1975〉年7月・ドメス出版)の中で次のように活写している。
買物袋をさげて朝、村の道でマイクロバスを待つ女たちには、老人や夫や子どもに、羽交締めにされているときの顔色とたしかに違うなにかがある。こざっぱりしたなりに、うっすらと化粧した顔の下に、労働する女のエロスが、かすかに走る。(中略)マイクロバスに乗り込めば仲間同士である。何を恥じることがあろう。何をかくす必要があろうか。家をでてくるときの「気心配」は仲間のなかで霧消する。マイクロバスのなかはさながら解放区となる。たちまち猥談の上手な男がリーダーとなって三〇分や一時間は車中を笑いのうずにしてしまう。
家や村の日常から逸脱する「ためらい」や「うしろめたさ」を伴って女性が手に入れたこの放恣な解放空間を、古庄は「マイクロ共同体」と称した。農外就労につきまとう屈折したこの解放感に取って代わるように、女性をいきいきとさせていったのが「農産物自給運動」だった。
兼業化に拍車を加える米の生産調整やオイルショックによる物価狂乱に翻弄された暮らしを、足元から見直す機運に女性が敏感に反応。旧態依然の男性を尻目に、自家(自給)菜園を切り盛りする草の根運動が、家や村の足かせや手かせをかいくぐって広がった。
小回りが利くその取り組みは、農業の専作化や農家の兼業化、生活の商品化などを相対化してオルタナティブな(もう一つの)働き方や暮らし方を志向し、有機農業や地産地消、ファーマーズマーケットなどを育んでいく。女性の地位向上の足掛かりにもなった。青森県農協中央会生活課長を務めた菊池まさ子が『農産物自給運動』(既出)に記した驚嘆は的を射た慧眼だった。
〈家庭の民主化〉 農協の民主化は重要課題の一つであるが、組合員家庭が民主化されずに、どうして農協の民主化が起り得ようかという思いがあった。(中略)ところが自給野菜の生産や加工に高齢者の主体的役割りが自然に発生し、伝承の講師として尊敬され、子供達への望ましい教育効果をもたらし、さらに老若の共同作業を動機付け、共通の話題が豊富になって、家族の和が生まれてきたという。同じ土俵で作業や話合いが出来るという民主的効果がごく自然に出てきている。驚くべきことである。
農協婦人部が昭和40年代半ばから50年代にかけて取り組んだ「農産物自給運動」が、女性の経済・社会的な自立への道を切り開いた。
自己実現にチャレンジ
直売所や農産加工など女性の感性や視点、技術を活かした新しい仕事起こしを総称し、「女性起業」という言葉が使われるようになったのは、農水省が平成4(1992)年6月に公表した「農山漁村の女性に関する中長期ビジョン」あたりからだ。そのころ都市部では生活クラブ生協から派生したワーカーズ・コレクティブが「もう一つの働き方」を唱え、保育・介護・家事援助・配食サービス、総菜・弁当・自然食品づくり、廃油リサイクルなどの多彩な事業・活動を繰り広げていた。
農村部でも古くから女性による農産物の朝市・夕市やみそ・漬物の加工・販売などが行われていたが、「女性起業」は農協婦人部や生活改善グループの活動などから生まれた女性の新たな仕事起こしに光を当てる。地域の農畜産物などを素材にした経済活動で収入を得、農業経営への参画や経済・社会的な地位の向上さらには地域の活性化が期待されたからだ。
平成9(1997)年からは、七つの類型(農業生産、食品加工、食品以外の加工、販売・流通、都市との交流、地域生活関連サービス、その他)に基づく「女性起業」の調査が実施され、注目された。
起業に取り組む女性の声を紹介した『農村の女性起業家たち』(平成6〈1994〉年12月・地域社会計画センター編・家の光協会)からは、自己実現に挑む女性の志やその前に壁となって立ちはだかる男性の存在が見て取れる。
「自分たちの活動を地域に理解してもらうまでがたいへんです。まだまだ年配男性のなかには、『女に何ができる』という考えの人が大勢います。そんな声を気にしていたら、何も始まりません。『やってみなけりゃわからない』『やらずにできるはずがない』という気で始めました」(四二歳・農村)
「どんな業種にもみられますが、農林水産業では特に男性が中心になって経営するのがあたりまえだという固定観念があり、話がスムーズに通じないことがあります。経営者が男性とか女性とかということにこだわらなくなって初めて、同一ラインに立てると思います」(三九歳・農村)
「女性起業は女性だけのものという枠にとらわれず、男性を良きパートナーとして認識し、互いに援助し合える関係として位置づけることが大切だと感じます。今までの営利主義とはひと味違う良心的事業に男性を巻き込み、社会に浸透させていければよいと考えます」(四一歳・都市)
こんな女性が昭和の終わりから平成の後半にかけて頭角を現わす。彼女たちの「爽やかな笑顔、舌を巻くコミュニケーション力、パワフルな実行力、心優しい共感力」は男性を遥かにしのいでいる。例えば広く知られるJAいわて花巻のファーマーズマーケット「母ちゃんハウスだぁすこ」やJA福井県女性部福井支部のショウガづくり部会(ジンジャーガールズ部会)の活動、JA高知県女性部南国支部の農産物直販店「かざぐるま市」などの盛況ぶりは、女性パワーあっての賜物だ。
JA栃木女性会長を務めた猪野正子さんの車で御子貝荒江(みこがい・あらえ)さん(右)を訪ねた。御子貝さんは栃木県女性農業士会の初代会長。二人は栃木県の農業界が誇る、知る人ぞ知る女傑である。
(文芸アナリスト・大金義昭)
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