JAの活動:動き出す 担い手コンサルティング
【動き出す 担い手コンサルティング】隠れた課題も見逃さず 大阪府JAいずみの・JAバンク大阪信連2023年6月16日
地域農業の担い手育成と確保に向けてJAと県連、全国連が連携した担い手コンサル事業が動き出している。営農指導だけでなく、経営分析や資金対応、販売ルート開拓などまで、各組織から担当職員が集まってコンサルチームを作り、JAグループの総合力を発揮し、組織横断的に支援する。今回は大阪府のJAいずみのとJAバンク大阪信連の取り組みをレポートする。(月1回掲載)
左から、JAバンク大阪信連の藤田隼矢さん、JAいずみのの義本敏康さんと志垣沙妃子さん
複眼的にコンサル
JAいずみの管内では水ナスをはじめ、シュンギク、水菜、小松菜などの軟弱野菜、桃、ミカンなど果樹が栽培されている。認定農業者は約200軒。
このうち2022年度にJAグループの担い手コンサルティングを受けたのが、ミニトマトを周年栽培するキノシタファームだ。木下健司代表(44)が15年前に脱サラして実家を引き継ぐかたちで農園を立ち上げた。昨年度から大阪府農協青壮年組織協議会の委員長も務めている。
同JAとJAバンク大阪信連がキノシタファームをコンサル先に選定したのは、2022年4月に法人化し、今後、経営が大きく変わっていくことが見込まれたため。昨年9月にコンサル実践チームとして顔を合わせたのは、JAいずみの営農経済部の義本敏康さんと志垣沙妃子さん、JAバンク大阪信連農業金融部の藤田隼矢さん。そこに農林中金と三菱総研からもサポートに加わった。
キノシタファームからは予め決算書などの提供を受け、コンサルチームはそれをもとに、想定される課題を洗い出したうえで、木下代表からのヒアリングに臨んだ。
キノシタファームはバッグ栽培という、いわば培養土の袋に苗を植える栽培法でミニトマトを生産、通年糖度8度以上を誇る。「Amamade(アマメイド)」と名づけ、独自ブランドとして販売している。栽培面積は55a、ほかに小松菜、水菜など露地野菜も50a栽培し年間売り上げは4000万円ほど、その9割をミニトマトの売り上げが占める。
ミニトマト栽培を選んだのはバッグ栽培で育てたトマトを自分自身がおいしく感じたことに加え管内にトマト生産者はなく、当時、開設が予定されていたJAいずみのの直売所「愛彩ランド」から出荷が期待されていたという理由もあった。
販売先は直売所のほか、営業マン経験を生かして「アマメイド」を売り込み、ホテルや量販店、飲食店など40社ほどに販売している。ハウス内では年13作分を栽培しており、生育が進むと順に収穫を始め、毎日同じ量を出荷している。取引先とは、毎日、一定量を安定して出荷する関係を築いている。
今回、JAグループの担い手コンサルティングに同意したのは、JAや信連など「それぞれに得意分野が違う人でつくるチームだから」と木下代表は話す。経営を複眼的に見て、さまざまな課題の発見と解決策が得られるのではないかと期待したという。
課題は現場で発見
キノシタファームの木下健司代表
決算書などの事前の分析からは業績は好調に見えたが、「実際に訪問してヒアリングするなかで決算書では見えない部分あることが分かりました」と藤田さんは振り返る。
その一つが発芽率。季節によって8割減と極端に落ち込むという問題だった。必要とする苗の成育がそろわなければ生産量は落ちる。木下代表自身も以前から悩み、自分でさまざまな工夫を重ねていたが改善できないでいた。改善できなければ苗を購入することも検討していた。とくに夜間と明け方に気温が下がる月の発芽率が低下すると考えられた。
これに対してJAがベテラン指導員の応援も得て、苗づくりのベッド(棚)の環境を徹底的に検証、発芽に必要な温度を逃している構造となっていると推測した。
具体的にはベッドの下に金網が敷かれ、その上に電熱マット、育苗トレイを置くという構造になっていた。そこで金網と電熱マットの間に発砲スチロールを置き、さらに全体を木枠で囲うことなども提案した。
これはコンサルとしての最終提案の前に、JA職員がハウスに入り検証し、すぐに実践を始め効果を確かめた。今回取材に訪れた5月は、昨年まで発芽率が大きく低下する月の一つだったが、木下代表は「今日、苗を採取しましたが発芽率100%でした。温度管理の徹底で解決しました」と高く評価した。
新たなアプローチで"気づき"も
コンサルチームの提案で温度管理を徹底し、発芽率を改善
同JA経済部の義本さんと志垣さんは、農業者を定期的に訪問して経営課題やJAへの要望などを聞いているが、「担い手コンサルという今までと違うアプローチをすることで、細かい課題も私たちに話してくれるようになり、JAに求められていることも分かった」と話す。
とくにしっかり経営している地域の中核的な担い手が栽培面の問題を抱えているとは考えず、あるいは問題を感じたとしても話題にしづらいというのはJA職員からしばしば聞かれることだ。それを今回はコンサルティングの枠組みによって課題を明らかにし、ソリューションを提供できたということになる。
栽培面ではほかに、夏には高温で花が落ち収量が少なくなるという問題や、コナジラミの防除対策も課題となった。
これらについてコンサルチームは今年1月の最終報告で夏の高温対策にはミスト設備の導入を提案、この夏に試験を実施し、来年4月から本格的に設備を導入することを検討している。
また、病害虫対策ではJAが農薬メーカーの協力を得て、新たな薬剤よる防除体系を提案、現在、その実験に取り組み、定期的にほ場で防除効果を確認している。
地域農業に新風を
木下代表は観光農園事業にも力を入れている
ヒアリングのなかでは収量管理も課題として浮かび上がった。複数のハウスがあるが、それぞれの収量などは紙ベースで記録していた。これでは収量の変化やほ場別の比較をすることや、さらに経営課題の分析も難しい。そこでコンサルチームはデータ管理を提案、農林中金がエクセルを活用した収量管理シートを作成して提供、すでに現場で活用している。
キノシタファームは社員が2人おり、岸和田市内2カ所のハウスでそれぞれがパートタイマーとともに栽培から収穫・出荷を担当している。木下代表は、この収量管理シートを社員の意識づけに活用しているという。自分が担当するハウスの収量を自ら入力することで収量を記録するだけでなく、「なぜ収量が少なかったか、など考えることにもなる。責任を持つという意識につながります」と話す。経営管理のためのツール提供にとどまらず、現場ではそれを人づくりにも生かす。一つのソリューションの提供が別の課題解決にもつながり現場を活性化させる一例といえるだろう。
もうひとつの課題は観光農園事業の強化だった。木下代表は農園開設当初から観光農園事業も柱にしたいと構想。現在は3月から9月までの間、収穫体験事業を展開している。
大阪という大消費地のなかでの農業には、何か新しい風を吹かせることが必要ではないかとの考えがもともとあった。
新たな観点から農業の価値提供を
「畑に人が来るという風景の価値にはいろいろな広がりがあると思う。観光などとコラボし、楽しい農業へ大阪農業の角度を変えていけるのではとも考えています」と木下代表。
そのためには観光農園への集客を増やすことが求められ、糖度の高いミニトマトの特性を女性や子どもなどターゲットを絞って訴求することなどをコンサルチームとして提案した。夏にミストを入れ、ハウス内の温度を下げるという提案も収量の維持だけでなく、来園者を考えてのことでもある。
今回のコンサルでは観光農園の強化に向けた解決策は必ずしも提示できなかったというのがコンサルチームの自己評価だが、木下代表は「自分にはない観点から新たな農業の価値を提供することをこのコンサルには期待したい」と話す。
つながり強固に
同JA経済部の義本さんは「ここまで深く農家と話をすることはなく、今回は担い手のみなさんが抱えている小さな課題にも気づくことができた。JAが総合力を発揮するには、今回のような問題をいかに共有するかが課題」と話す。
志垣さんは発芽率の改善策など現場で関わり「解決策を提示できたことでJAとのつながりが強まった」という。
JAバンク大阪信連の藤田さんは「営農部門とともにコンサルを進めることで幅が広がった。力不足を感じた部分もあったが、方向性は間違っていない。農業融資にとどまらず、担い手とともに経営課題を考えていくことが大事だと思っています」と話している。
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