JAの活動:未来視座 JAトップインタビュー
都市農業強化 多様な発想で JAいちかわ・今野博之組合長【未来視座】JAトップインタビュー2023年8月21日
「未来を視座」するJAトップインタビューシリーズ3回目。今回は、信用事業などでJA役職員と正・准組合員が一体となり都市型JAの基盤強化に取り組んできたことが評価され、第42回農協人文化賞を受賞した千葉県JAいちかわの今野博之組合長。総合事業の「強み」を生かし、JAが地域のインフラになることを目指す。「JAを変えたい」との思いは人一倍強く、協同組合としての新たなビジネス展開に挑んでいる。聞き手は文芸アナリストの大金義昭氏。
全国トップクラスの貯貸率
JAいちかわ
今野博之組合長
大金 JAいちかわは、1963年に市川市内4農協が合併。87年に浦安市農協、2004年にJA船橋市、10年にJA田中と合併し、今年で設立60周年を迎えています。事業高は貯金3700億円、貸出金2300億円。貯貸率62%は全国トップクラス、JAバンクローンは22年8月に1000億円を突破するなど信用・共済・資産管理事業で地域特性に応じた資金需要に応えています。まずは今野さんの来歴を。
今野 父が宮城県石巻出身で、東京に出て法務省の役人をしていました。1955年生まれの私は千葉の木更津総合高校の10期生で、50年前は「高校球児」でした。県大会の決勝戦で銚子高校と対戦して敗れましたが、卒業後は千葉商科大学で野球を続け、大学選手権に2回出場した経験があります。当時、社会人野球(軟式)に力を入れていたJAいちかわが野球経験者を募っていたこともあり、野球をしながら仕事をしたいという私の思いと合致して、79年に入組しました。
大金 野球がご縁ですか!
今野 はい。1987年に野球部の監督になり、93年に愛知県で開催された高松宮杯の全国大会に出場したのが一番の自慢です。2012年には(もう監督を退いていましたが)東京ドームで決勝戦があり、1000人の応援団を繰り出して優勝したことも。今も野球部は強いですよ。国体の強化チームに出場するようなレベルの選手もいて、仕事をしながら野球にも情熱を注いでいます。
大金 チームマネジメントやリーダーシップなど、野球は協同組合運動と重なる部分もある。
異次元の時代 JAも変革へ
今野 ええ。でも、メジャーリーガーの大谷翔平選手がやっているような異次元の野球と、私たちの野球とはかけ離れている。JAも「昭和」の流れで来ちゃっている感じがします。大切なのは「今の時代に乗れるか乗れないか」です。だから、JAのスタイルを変えたい。そのために新しい発想をたくさん取り入れ、若い人たちにバトンタッチしたい。そこでいち早くDX(デジタルトランスフォーメーション)を取り入れました。
先月は千葉工業大学の「AI博士」古田貴之さんに講演をお願いしました。市川・船橋は梨の産地です。梨はベテランにならないと収穫適期がよく分からない。ただ、古田さんによれば、AIは人工知能なので「人間ができることならできる」というのです。その話を生産者にしてもらいました。近隣のJAなどにも声をかけ、250人くらい集まりました。そういう発想を今からしておけば、5年後あるいは10年後の考えにもつながります。古田さんは(梨の)無人店舗なども提案しています。
大金 今野さんは金融畑が長いですよね。
今野 最初に配属された行徳支店管内はすべてのメガバンクがそろっているような地域です。入組したら肥料を運んだり、土の話をしたりするものだと思っていました。そのイメージとは全く異なる金融事業が中心でした。その後、転勤で別の支店に行きましたが、また、同じ行徳支店に戻って融資事業に携わりました。
行徳地区には農業生産者がいません。畑も田んぼもない。でも地域に根づいている大切な組合員さんがいる。その人たちがマンションを経営する。そうした賃貸物件にJAが融資するので貯貸率が上がります。2002年に行徳支店長になり、ちょうど農林中金から行徳支店が住宅ローンのモデルJAになってくれないかという話があって、月1回の土曜日に住宅ローンの相談会を実施することにしました。
当時の住宅ローン融資は1億円いかないレベルでした。それが2年目に10億円。5年後に総務部長になり、全支店で行徳支店をモデルに貯貸率の向上に励みました。09年には常務理事の立場で信用事業に特別推進課を立ち上げ、住宅ローンを拡大しました。昨年8月にはJAバンクローン1000億円を突破し、それが大きな収益源となっています。
大金 准組合員拡大にも力を注いできましたね。
准組合員拡大運動 胸張るJAに
今野 人口減少社会の到来で、正組合員の減少が目に見えています。行徳や浦安の地区の人たちにJAいちかわの野菜や梨を持って行き、管内農産物をピーアールしながら拡大運動に取り組みました。組合長になり、昨年1月に3か年計画で5000人に増やす目標にしましたが、今では6000人を超えています。
行徳支店が手狭になってきたので、「和の大家」として知られる建築家の隈研吾さんに設計をお願いし、新しい店舗を再来年に建設予定です。完成するまでに准組合員を1万5000人に増やす目標を掲げています。地域の皆さんからいいJAだと言われ、職員には同窓会などで「うちはいいJAだぞ」と胸が張れるような組織・事業・経営を目指しています。
大金 金融事業の現場ではバブルやその崩壊にも遭遇しました。
今野 「ある時払いの催促なし」「金に金を貸す」という時代でしたね。バブル崩壊で困ったのは不良債権処理です。一番多かった時の返済額は130億円、今は5億円以下になっています。04年にJA船橋市と合併します。当時の小泉勉組合長からは、貴重な薫陶を受けました。本当に「熱い」素敵な先輩でした。若い人たちには、例えば住宅ローンにしても組合員さんと一緒になってマイホームを喜び合うような職員になってほしいと話しています。
大金 「JAを変えたい」という問題意識を持たれたのは?
今野 25~30年前に神奈川県のJAが一番いい時期に合併しています。貯金が1兆円を超えると、あれだけの収益になるのだなと思いました。合併しないと貯金の残高が増えない。また、集めたお金を農林中金に預けても利息では食べることができないので、自分たちで運用・運営するしかない。総合事業を抜本的に変えていかなければいけないと思いました。県外JAとは、今でも親しく交流させていただいています。教えてもらえるJAがあるということは、実にありがたい。
大金 教わることにちゅうちょしない姿勢も素敵ですね。総合事業の展開については?
今野 住宅ローンを借りるために1万円の出資をして准組合員になってくれた人たちがいます。昨年、梨が降ひょう被害に見舞われた時も生産者の皆さんに助成ができました。肥料が高騰した時もそうです。そうした助成ができたのも、組合員が増えているからです。JAの使命は、地域の生産者や生活者の皆さんの生活を守っていくことです。金融緩和で今は金利が下がっていますが、金利が上がれば、今度は准組合員の皆さんの住宅ローンを守ってあげなければいけない。それが協同組合であるJAの基本精神であり、モチベーションです。
大金 総合事業の「強み」を発揮するために挑戦してきた新たな取り組みは?
今野 経済事業はどんなに頑張っても黒字になりませんが、それでも常に新しい発想でさまざまなチャレンジを重ねてきました。特産の梨は230年の歴史と伝統があり、日本で一番おいしい梨だと自負しています。でも、知名度が必ずしも高くありませんでした。これを何とかしたいと07年に『市川のなし』を商標登録し、富裕層が多い国で知られるアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国に輸出を始めました。
中東との連携では、ユダヤ教の食事規制である「コーシャ」認証を取得しました。新品種『粒すけ』は大粒で酒米にも適していて、「コーシャ認証米」として輸出し、日本酒の輸出も計画しています。
災いを転じてあた梨ちゃん
昨年6月には降ひょう被害で傷ついた梨を無駄にしないために「あた梨(り)ちゃん」と命名し、通販やエキナカで直販したところ大ヒットして当初13億4000万円の被害総額を最小限に食い止めました。梨のせん定枝を活用したバイオマス発電、規格外の梨をお菓子の原料に使っていただいている山崎製パンや不二家、シャトレーゼさんとの農工商連携も進めています。新しい発想で「変えるものは変える。変えないものは変えない」という思想が大切です。『船橋のなし』の出荷段ボールもおよそ30年ぶりにデザインをリニューアルしました。
大金 「不易流行」ですね。
今野 グループ内では15年にJA秋田おばこ、23年にJA鹿児島きもつきと「友好協定」を結び、遠く離れて異なる環境・条件のJAと職員・組合員が交流し、共通のブランドづくりなどにもチャレンジしようと考えています。こうした水平的な交流で自己改革の知識やスキルを学び合い、ボトムアップで斬新な発想が遠慮なく出てくるようなJAにしたい。各種イベントの開催や人づくりの教育文化活動にも手を抜きません。組合長が組合長室に鎮座している時代ではありませんね。
大金 オープンマインドと率先垂範の多忙な日々が迫ってくるようです。(笑)
今野 うちはドアを閉めたことがない。いつも「オープンドア」なんです。(笑)
大金義昭氏
<インタビューを終えて>
父親の実家は、東日本大震災で津波にのみ込まれたとか。深い悲しみを胸の奥底に沈め、揺るぎない明るさは優れたアスリートとして培った行動力のたまものなのであろうか。笑顔で相手を包み込み、単刀直入のメッセージで相手を魅了する。夏の青い空のような今野さんには、「高校球児」の精神が今を盛りに燃え上がっているようでもある。初対面とは思えない自然体の温かさが胸にしみ入った出会いであった。
(大金)
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