JAの活動:農協時論
【農協時論】都府県酪農――酪農危機を認識し国は抜本策急げ 蔵王酪農センター理事長・冨士重夫氏2024年6月4日
「農協時論」は新たな社会と日本農業を切り拓いていくため「いま何を考えなければならないのか」を、生産現場で働く方々や農協のトップの皆様などに胸の内に滾る熱い想いを書いてもらっている。今回は元JA全国中央会専務で、現在、宮城県の蔵王酪農センター理事長の冨士重夫氏に寄稿してもらった。
蔵王酪農センター理事長 冨士重夫氏
今、円安への歯止めがかからない中、輸入牧草のさらなる値上げが危惧される。
今、乳価値上げの声は、どこからも聞こえてこない。
今、46都府県全体の酪農家総数は7240戸にすぎず、政治力が弱く、実態を知り訴える政治家はほとんどいない。
北海道の生乳生産量は415万t、乳牛頭数は84万3000頭、一戸当たり飼養頭数157頭で、粗飼料自給率90%である。
一方、46都府県の生乳生産量は315万t、乳牛頭数51万3000頭、一戸当たり飼養頭数70頭で、粗飼料自給率35%である。
飼料生産基盤が小さく輸入飼料に大きく依存し、後継者難の都府県酪農の危機は深刻化しているが、赤字を抱えながら離農でなく、経営を継続する覚悟を固めた都府県の酪農家は今、どんな事に必死に取り組んでいるのか。
ロシア・ウクライナ戦争以来、飼料・電気代などコスト高騰を受けて、これまで飲用乳1kgあたり20円、加工原料乳が同10円値上げされ、プール乳価として同17円程度上昇した状態となっている。
しかし、飼料コスト高騰前には乳飼比率40%台と安定していた酪農経営は、乳飼比率68%~65%へハネ上がり、1kgあたり17円程度の乳価値上げによっても乳飼比率はいまだ58~55%水準といった状況となっている。乳牛100頭規模の酪農経営で、飼料高騰などにより年間3000万円となった赤字が乳価値上げで約1000万円程度の赤字に減少したというのが経営実感である。
そんな状況の中、今、都府県の酪農経営が取り組んでいる事は、改めて基本である一頭当たり乳量のさらなる増大などの生産性向上と国産飼料拡大によるコスト削減の対策である。
生産性向上対策は①乳牛の疾病である乳房炎などを少なくし、廃棄乳をなくして乳量アップにつなげると共に、無脂乳固形分、細菌数など乳質の向上につながるように改めて衛生環境の向上や乳牛の個体管理をきめ細かく徹底する②優良な子牛を選別するためゲノム分析の活用などにより牛群の改良をはかり一頭あたり乳量の増大につなげる取り組みを徹底する③今後は北海道に後継牛の育成、供給を依存することが困難になると見通し、繁殖を和牛受精卵移植から乳牛の雌雄産み分け受精卵による乳用雌牛を基本にした後継牛の自己調達へつなげる生産基盤の維持拡大への取り組みに転換する――。
国産飼料拡大対策は①自己草地の更新を進めたり、地域との連携により飼料畑面積を少しでも拡大する牧草生産量の拡大や品質向上に取り組む②ホールクロップサイレージ(WCS)や子実用トウモロコシなど地域との連携により新たな国産飼料の拡大に取り組む③これまで原料調達の困難性や、乳牛のし好性や品質などに課題のあったエコフィード活用にも地域との連携により取り組む――など輸入飼料への依存を少しでも減らし、コスト削減につながる良質な国産飼料を拡大するなど日夜、ギリギリの取り組みを必死に積み重ねているのが都府県酪農の今の実態である。
都府県酪農を崩壊させたり、希少価値的存在にしてはならない。堆肥の土壌還元など耕畜連携による自然循環農業が成り立たなくなる。乳牛の子宮から産まれる和子牛が3分の2を占める黒毛和牛の生産が崩壊することにつながる。
都府県酪農を酪農業として確立するための新たな仕組みが必要である。脱粉・バターだけでなくチーズも含めた需給調整のあり方、乳価制度や所得補償も含む新たな政策的枠組みを早急に作り上げなければ日本の酪農の未来はない。
酪農経営の実態を見ず、黒字の乳業・赤字の酪農経営を放置し、危機感を共有せず、新たな農業基本法をお題目だけのお経にして、何が適切な価格転嫁の仕組みだ。何が新たな法律の枠組みだ。食料安全保障を国の重要政策と掲げる国の責任とは何なのか。
ルーティーンでは解決できない仕事であり、今、酪農が大きな転換点にあることを認識して政策を確立してほしい。
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