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暮らし続けるための法人 熊谷健一・農事組合法人となん組合長2014年8月4日

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・農地はだれが守る
・各集落に生活部
・集落ぐるみ農業
・「担い手」を登録
・基本は協同組合

 農協改革を含む今回の農業改革では、企業参入も含め法人化を一層進めようという狙いもある。それでこそ農業の成長産業化が実現できるとの考えだ。では、地域の水田1200haを集約して設立された日本最大といわれる農事組合法人は何を目的としているのか。熊谷健一組合長は「地域の暮らしをどう守っていくか。そのために法人化した」と強調する。そこから見えてくる農業・農協改革の課題を考えたい。

効率だけで集落守れるか

 

◆農地はだれが守る

熊谷健一・農事組合法人となん組合長 岩手県盛岡市で設立した農事組合法人となんが事業展開の対象とする地域には2000haの農地がある。ここに1633戸の農家があり、法人には944戸が出資して参加した。集約した水田面積は1200haになった。
 平成18年に任意組合として設立した集落営農組織を昨年(25年)3月に法人化した。この地域には42集落あるが、法人化にあたって大字単位など隣接する集落と合併し15に再編した。その単位で農地集約や転作作物もふくめた栽培計画づくり、担い手への農作業受託などのとりまとめをしていく「営農実践班」をつくった。いわば地域の持続的な営農を最前線で担う組織といえる。
 法人化に踏み切ったのは地域で実施したアンケート結果がきっかけとなった。
 約1000戸を対象に「10年後に自分は農業をしているか」を聞いたところ、10年後も自分で農業を続けていると答えたのは約180だった。残りは10年後には農業をやっていられないだろうとの声ばかり。では、その農地はどうするのかとの問いには、集落営農組織に任せたいが3割あったが、そのほかは「親戚に頼べば引き受けてくれると思う」、「引き受けてくれる業者がいるのではないか」などの何の保証もない見通しだけであることに危機感を持った。
 意欲ある担い手が農地を引き受ける状況も生まれてはいたが、農地の出し手は増える一方で引き受け手は増えていかない。受け手の高齢化の進行もあるが、農地が小規模で分散しているという問題もある。
 「30haも米づくりをしているといっても、65か所にも分散している担い手もいた」。
 こうした状態を解消にするには任意組合を法人化して農家に構成員として参加してもらい、農地の利用権を設定できるようにする必要があった。農機具購入のため補助金を積み立てて置くことも可能になる。

(写真)
熊谷健一・農事組合法人となん組合長

 

◆各集落に生活部

toku1408040702.jpg 農地を集約することによって営農実践班を核にした「営農」は効率的になり、たとえば1割の農家でも地域の農地は維持することができるかもしれない。しかし、熊谷組合長が問題にしたのは、残り9割の農家はどうなるのか、だ。
 「農地を人に任せたからといって何もすることがないとか、あるいはそれをきっかけに集落の活動からもはずれ、農協からも離れ、ということになっていいのかということです」。
 ここが農事組合法人となんが重視している課題だ。実際に大規模化しても水管理や除草などの作業は一部の担い手だけでは担えない。高齢者も含めて集落の協力が必要になる。
 そうした高齢者などの活動の場を支える組織として各集落に「生活部」を設置していく構想だ。そのうえで農地を維持するため地域の共同活動に対して国が実施する直接支払いの活動と支払いの受け手として生活部を位置づけた。しかも生活部の活動には法人構成農家だけではなく、地域住民全員が参加できるようにした。
 「青年も高齢者も水管理や草刈りなど可能なことには参加して担い手農家を支援する。それは自分たちの健康、生きがいにもつながる。地域で生活するみなさんに仕事の役割と生きがいを分担するということです」。

(写真)
下湯沢地区の直売所。建物の裏手に学童農園。活動の様子の写真も飾る

 

◆集落ぐるみ農業

 担い手の支援にもなる水管理など生活活動に位置づけるのは、その活動への参加が直売所への出荷やみそづくりなどの加工、学童農園、郷土芸能の伝承など暮らしの活動の広がりが重要だと考えるからだ。
 こうした生活活動を重視した集落営農づくりは昭和50年代に組織した農事実行組合に始まる。
 熊谷組合長自身が事務局役として組織した下湯沢農家組合は設立当初から「営農部」と「生活部」を2本の柱とした。スローガンは「結いの心で集落の活性化をめざそう」だ。
 その問題意識をこう語る。
 「営農のための組織なのになぜ生活部などいるのかと思われるかも知れない。しかし、営農の集団化、効率化だけを追求してしまうと集落の食文化や健康な暮らし、子どもたちへの伝承などがおろそかになってしまう。そもそも集落で生活をしていくとは、営農と生活を組み合わせないと豊かになれないのだと考えてきました」。
 集落の構成員が共同で参加して野菜づくりを行い、業務用のキャベツやトマトなどを栽培している。これも転作対応と特産品づくりの取り組みではあるが、朝の収穫作業には今、非農家も参加するようになっている。作業には労賃が支払われるが所得を得ることだけが目的になってはいない。とくに非農家の参加者は地域の人々と顔を合わせてコミュニケーションを図ることが目的だという。 「自分も集落の一員なんだという意識です。だから、集落営農ではなく集落ぐるみ営農だと言っているんです」。

 

◆「担い手」を登録

昨年3月に開かれた設立総会 共同の野菜づくりに参加する人のなかには現在はサラリーマンとして盛岡市内に毎日通っているが、定年後は地域に戻って生活しようという人もいる。こうした人たちを将来の担い手として位置づけていく「登録担い手」という取り組みも進めていく。
 「サラリーマンに対しても今のうちから年に何日かは集落の共同作業やイベントに参加してもらう。そのうち農機に興味を持てば機会あるごとに技術を伝えていく。そうやって将来のオペレーター確保につなげていく。そのためには集落はあなたを必要としている、ことを分かってもらう必要があります」
 15の営農実践班が年に1人づつ「登録担い手」を着実につくっていけば、約1000戸の地域のなかに10年後には150人の担い手ができることになる。今年から本格的に実践していく。
 同時にこの「登録担い手」は若い世代だけが対象ではない。高齢者や女性も米づくり、野菜づくりの名人、郷土芸能の伝承者、学童農園の先生などさまざまな役割を「発見」して地域での暮らしを支える「登録担い手」として役割を発揮してもらう考えだ。
 「担い手の確保が必要だと叫ばれるが誰かを連れてきて育てるのか? 何も雇う必要などなく、今あるものを有効に使って育てていけばいい。それが集落で暮らす生きがいにもなる」。
 法人として生産した米、麦、大豆はすべてJAに出荷するが、今年度からJAと連携して管内の農家・地域住民への精米指定月配送も事業として検討している。地域内で精米販売することで生産者への手取りを増やすことができる。大規模に地域をまとめ多くの農業者が参加したことが循環型の経済にもつんがりそうだ。観光農業や市民農園など交流事業も目標に掲げているほか、太陽光や小水力発電による地域内でのエネルギーづくりも将来の構想だ。

(写真)
昨年3月に開かれた設立総会

 

◆基本は協同組合

 農業法人といってもこの法人は農業経営の効率化だけを追求するのではない。地域で暮らし続けるために法人化したといえるだろう。
 「私の基本は協同組合。ここからスタートしています。それは儲けるというよりも集落で生活していくための助け合いです。そのためには営農と生活を組み合わせなければいけない。
 国などは企業的農業と盛んに言ってきたが、それは”個”にすぎない。そうではなく”集落”からスタートしないとこの国の農村集落は守れないのではないか。その集落とは必ず人と人とつながりを大事にして誰かを排除はしない。しかし、企業が農業に参入して、そんな地域の暮らしは守れるのか。私たちの法人は地域のあらゆる人の力を使って地域を継続させていく、それをまとめていく組織なんです」。

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