JAの活動:創ろう食と農 地域とくらしを
百姓たちが時代を創る 山形置賜自給圏の挑戦2014年10月22日
・風土に先人の体温が
・「土」は命の循環の和
・生産者・消費者の区別なく
・食と農の「自給圏」実現へ
・グローバリズムに抗して
米沢藩の上杉鷹山(1751?1822年)の治世で知られ、また明治の初期、イギリスの旅行作家・イザベラバードに「東洋のアルカディア(理想郷)」と言わせた山形県置賜地方。長井市で米づくりと自然養鶏を営む菅野芳秀さん(64)らは、自給を基本とした当時の理想郷の再建を目指す。それは閉鎖的な理想郷ではなく、外に門戸を開き、そこから、新しい社会のあり方を示そうとする。これが、食料・エネルギーの自給を基本とした「置賜自給圏」である。
上杉鷹山は、「国は国民のために存在・行動するのが君主である」として、「国」が公的存在であることをしっかり認識していた。当時の「国」を支えていたのは百姓である。菅野さんと「置賜百姓交流会」の仲間たちは、「百姓」たちが主役の「国」(地域)づくりに挑戦する。
「百姓」の言葉は一般的にはネガティブなイメージを持つが、菅野さんは、これを「人が人として生きていく心構え」ととらえる。つまり大地に根差した農民として生き方である。
成田空港建設阻止や減反拒否など、さまざまな試練を重ねてきたが、農業を継ぐ決意をした背景に「地域のタスキ渡し」があった。
◆風土に先人の体温が
菅野さんが住む地域は水田と、西側に雄大な朝日連峰が横たわる農村地帯。だが山が急峻で保水力に乏しく、周辺の村にとって治水事業は稲作が始まって以来、最優先の課題だった。
いまも多くの堤(ため池)があるが、その規模からみて、世代を超えた事業だったことが想像できる。
村人たちは、その恩恵を自分たちが享受することは考えなかった。次の時代の息子や孫たちのために汗を流した。「自分たちに続く世代が少しでも安んじて暮らせるために、率先して苦労を引き受け、楽しみを先送りしできたのだろう」と菅野さんは言う。そう考えたきっかけは沖縄での経験にある。
1976年、国定公園にも指定された海を埋め立てて石油基地をつくろうという計画に反対する住民の運動があった。その頃の沖縄には仕事がなく、多くの人が本土に働きに出ていたが、参加者の一人から「地元を逃げ出して後ろ向きに生きていたら、後に続く子孫も逃げてしまう。そこで暮らすと決めた人が逃げ出さなくてもいいように、みんなで地元をよくしていく。そういう生き方が俺たちの生き方だ」と言われた。
菅野さんにとって、地域をこのように未来の子孫につなごうとする脈絡のなかで語り、自分たちの人生をその過程としてとらえる視点は初めてだった。「地域を過去から未来に向けて生きようとする人々の共通の財産としてとらえている」。
大きなショックを受けた。
それから半年後、26歳の春、菅野さんは置賜の百姓の一人として生まれ育った長井市にいた。
「地域のタスキ渡し」、「楽しみの先送り」の目でみると、これまでと同じ風景が違ったものに見えた。体温が伴い、感情のこもったのとして感じられるようになった。
「地域の風土に感じる先人の体温と、次世代との間に生きるという、私の身体に掛かっているタスキを自覚した」と言う。ここに置賜の百姓として、菅野さんの原点がある。その目でみると、地域のさまざまな問題が見えてきた。高齢化の進展や荒廃農地の増加はもとより、食の生産と消費の分離、安全・安心への不安、そして農村や地域に住む人の自信喪失などである。
どうすれば生き生きとした地域社会をつくることができるか。これまでに参加したさまざまな社会運動、農民運動の中から、「循環型の生命系社会」「多様性を認め合う共生社会」、「地域の自立と自給」、「民主主義」、「地球的な視野」、「交流」、「家族農業」など、目指すべき組織・社会のイメージをつくりあげていった。
(写真)
生産者・消費者の区別のない「置賜自給圏」づくりに挑む山形の菅野芳秀さん
◆「土」は命の循環の和
そのイメージを実現する機会がきた。1980年代の終わりに長井市に「いいまちデザイン研究所」ができ、その「農業班」のメンバーの一人に菅野さんがいた。後に長井市の「レインボープラン」として実現した「生ごみ」たい肥化の事業の始まりである。
都市の廃棄物である生ごみを単にたい肥として処理するのではない。「生ごみを活用しながら、命の循環を大切にした地域社会をつくろうという事業だった」という。菅野さんの農業についての考え方の基本には「土」がある。
「作物は土の産物であり育った場所の影響を受ける。土が汚染されていれば、それを食べる人が汚染される。土の力が衰えると食する者の生命力、免疫力に影響を与える」と言う。ここに命の循環を見る。土は先人たちが山草や厩肥を鋤きこんで作ったもの。砂地に作物は育たない。しかし土なら育つ。「土は命の源だ」ということである。
だが現実には土の力が衰えていることを痛感していた。なによりも土を豊かにする家畜が少なくなり、厩肥が手に入らない。そこで、農村で手に入る生ごみのたい肥化を考えつき、そこから取り組むことになった。
菅野さんらが考えたレインボープランには、「循環」、「ともに」、「土はいのちの源」の理念がある。土から借りたものは土に戻すという「物質循環の環(わ)」と、町と村の人々の「連帯の和(わ)」を大切にして、行政の職員や一般の市民など、地域を構成する人々が「ともに」平等な立場で計画に参画する社会づくりである。
つまり「住民自治のまちづくりであり、地域の人と人のつながりを回復させること。これによって食と農との物質的循環を取戻し、人と自然のつながりを回復しようとする試みで、その仲人役が生ごみ」だというわけである。
現在、レインボープランには、市街地の5000世帯全員が参加し、分別して集めた生ごみをたい肥センターに集め、たい肥をつくる。たい肥は農家に販売する。市内の生ごみすべてを長井の土を豊かにするために使う。レインボープランのキャッチフレーズに掲げる「土づくりへの台所からの参加」が実現している。
(写真)
自給圏構想にレインボー・プラン経験が生きる(長井市の生ごみコンポストセンター)
◆生産者・消費者の区別なく
食とエネルギーの自給を基に新たな地域再生しようとする置賜自給圏推進機構の挑戦が始まった。今年8月設立総会を開いて発足。長井市の循環型社会づくりをめざしたレインボープランの経験を生かし、置賜地方のすべての市町村、生産者、消費者などが、それぞれの垣根を超え、今日にふさわしい新しい人と人の関係づくりを目指す。
菅野さんは生産者と消費者を対峙(じ)する考え方に疑問を持つ。「食べ物の消費者はたい肥の生産者であり、たい肥の消費者は食べ物の生産者となる」。みんなが農業と土に対する当事者であり、これが「本当の食と農を分かち合う関係だ」と言う。ここに新しい生産のあり方、暮らしのあり方を見つけ出そうとする。
そのための必要な条件を挙げる。ひとつは「目先の経済性よりいのちの世界を優先させること、未来の人たちと共有するいのちの資源、すなわち土の健康を守ること」である。
2つ目は、誰でも、どこでも農(業)を織り込んだ暮らしのできる農地活用制度への転換である。 それは環境・循環・健康・福祉・自給・教育・医療などを織り込んだ新しい農(土)と人々の関係をもう一度農地利用の柱として政策化することである。そして3つ目は人々の暮らしと地域の田畑が有機的、自立的につながることである。
この考えは、菅野さんや仲間の置賜百姓交流会、さらには長井市のレインボープランにかかわってきた仲間たちによって、今年8月に発足した「置賜自給圏推進機構」に引き継がれる。
◆食と農の「自給圏」実現へ
置賜地方には豊かな自然と、地域資源の豊かなストックがある。推進機構に名乗りをあげた自治体は、米沢市、南陽市、長井市、高畠町、川西町、小国町、白鷹村、小国町、飯豊町の9市町からなり、面積は東京都区の5倍近い約3000平方キロで、人口約21万人。幕藩体制の米沢藩の版図と重なる。
日本海に流れる最上川の上流に位置し、北方を除く3方を山に囲まれた置賜平野は豊かな水と農地に恵まれた地域である。また、農業と地域産業の振興で自給力をつけて度重なる飢饉を乗り越える一方、最上川の水運を利用して江戸や上方と交流するなど、上杉鷹山以来の自主・自立の精神の伝統が残る地方でもある。
しかしこの地方も、近来の効率優先のグローバル経済のもとで、地元の中小企業や家族経営が危機に陥り、地域経済の先細りが進み、将来が懸念される。推進機構は、この状況を打破するため、置賜地方を一つの「自給圏」としてとらえ、圏外への依存度を減らし、地域資源を利用することで地域産業を興し、雇用の確保を実現しようというものである。
具体的な活動としては、
[1]地産地消に基づく地域自給と国内流通の推進、
[2]自然と共生する安全・安心な農と食の構築、
[3]教育の場での実践、
[4]医療費削減の世界モデルへの挑戦
の4つを挙げる。
このため推進機構は取り組むべき課題を8つに分け、それぞれ部会を設けた。それぞれの部会は以下の課題を検討する。
[1]再生可能エネルギー部会
再生可能エネルギーの調査やシステム導入のための研修会、情報交換と研究発表など。
[2]圏内流通(地産地消)推進部会
自給圏内の生産量や消費量の実態調査、学校給食・医療施設の地産地消の調査や地元小売店や旅館、飲食店の実態調査など。
[3]有機農業推進部会(ケミカルから有機へ)
有機農業の現状調査やモデル農家実証ほの公開、普及促進に関する課題の整理など。
[4]教育・人材育成部会
「置賜学」・置賜自給圏推進講座の開講や地域エネルギー講座、グリーン・ツーリズムの受け入れ講座など。
[5]土と農に親しむ部会(身土不二の農舞台)
普及展示圃および講座の開設。置賜伝統野菜の普及と種子の保存など。
[6]食と健康部会
農医連携の普及や食と健康に関する講座や栽培方法別栄養素の調査研究、加工(漬物・干物)講座による普及など。
[7]森林等再生可能資源の利活用研究部会
住とくらしの環境講座開設など。
[8]その他
年次数値目標の設定と事業実施の検証など。
民・官・学を挙げての取り組みである。呼び掛け人には、教育関係者や温泉旅館の女将さん、酪農組合、生協、国会議員などがなり、設立総会には置賜地方8市町や県、教育・農業関係者、国会議員、地方議員ら約300人が参加した。
(写真)
置賜平野の散居集落(飯豊町)。イギリスの女性旅行家イザべラ・バード(1831?1904年)は、明治時代の東北地方を旅行し「日本奥地紀行」を書いた。そのなかで置賜地方を「エデンの園」とし、その風景を「東洋のアルカディア」(古代ギリシャの伝承上の理想郷)」と評した。飯豊町の「散居」風景は平成5年の「第1回美しい日本のむら経験コンテスト」最高賞の農水大臣賞を受賞した。(写真は飯豊町提供)
◆グローバリズムに抗して
「自給圏」といっても閉鎖的な社会をめざすものではない。菅野芳秀さんは「循環型社会づくりは、農業・農村に引き付けて次の時代を拓くという時代的条件に合っているのではないか。門戸を開き、世界に働きかけていきたい」と、自給圏の向こうに人と人のあらたなつながりの社会を展望する。
また呼び掛け人代表の、高畠町で有機農業を営む農民作家の星寛治(79)さんは、「IT社会の便益と仮想現実では充たされない何かを求め、人々は再び大地に還り始めた。豊かな自然と土の香りの中で汗を流す営みから、人間としての生身の実感を取戻し、そして現地交流から生まれる新たなつながりに喜びと希望を見出そうとしている」と、自給圏の生まれた時代背景を分析。
その上で「グローバリズム、新自由主義に対抗し、国家主義に対する自主・自立の精神を基本とした自給圏であり、国内だけでなく広く世界に働きかけていきたい。いろいろなしがらみの垣根を超えて、新しい時代にふさわしい取り組みだ」と、機構に大きな期待を寄せる。
(写真)
「食」を通じて「おきたま」を再発見する「置賜八食祭」(置賜の3市5町の食材や料理を発信する「食の桃源郷』おきたま 秋の大収穫祭」のポスター)。「置賜はひとつ」の意識が育つ。
(特集目次は下記リンクより)
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