JAの活動:生産現場のもっと近くで JA全農の地域振興政策を中心に
米地帯で園芸産地づくりをリード・JA全農山形2015年7月13日
庄内の園芸産地拡大実証研修農場
JA全農の各府県本部では、農業を取り巻く環境が厳しさを増し、生産基盤の弱体化が進むなかで、それぞれの地域の実状・実態を踏まえた「地域生産振興策」を策定し、元気な産地づくりに取り組んでいる。今回は、米どころ山形県庄内地方で園芸産地づくりに取り組んでいるJA全農山形の「園芸産地拡大実証研修農場」(県本部農業支援統括部庄内営農推進室)に取材した。
◆日本海岸側の庄内地方 見渡す限り広がる水田
山形県の内陸部は、サクランボや洋梨のラ・フランス、スイカ、そしてブランド牛である山形牛など、米だけではなく多様な農畜産物の産地として知られている。
一方、同じ山形県でも日本海岸側の庄内地方は昔から米の単作地帯で、日本海に面した大きな砂丘を越えると、秋田県境にある鳥海山や出羽三山などの山々まで、見渡す限り水田が広がっている。冬には北西の季節風が暴風となり、降りしきる雪が、凍り付いた水田を越え地吹雪となり視界を閉ざす。そのため主要な道路脇には防風柵用の柱が夏でも建てられており、庄内地方の風物詩ともなっている。
また、最上川河口にあって北前船が寄港する港湾都市として賑わった酒田、赤川中流付近の城下町・鶴岡を中心に栄てきた地方でもある。
(写真)トマトの生育状況などを確認している藤井室長
◆園芸産地づくりの拠点 企業と共同で試験栽培
JA全農山形(以下、全農山形)は、こうした内陸部と庄内地方の地域的な特色や農業経営のあり方を活かしながら、また、米価下落など水田農業の変化に対応した「生産者手取りの安定化」をめざすために、「販売品は1円でも高く、購買品は良い物を1円でも安く」をモットーに、販売力・営業力・現場力を強化するさまざまな取り組みを積極的に進めてきている。
特に山形県農業の中心である水田農業については、米価が下落しても米消費が減少していくという状況に対応することはもちろんだが、農家経営安定のために米だけではなく他の作物との複合経営を行っていく必要性も高まってきている。
全農山形では、そうした「農産物生産にかかる多様化する農業者ニーズへの柔軟な対応」をするための一つとして、「園芸産地づくりに向けた人材育成と生産振興体制の強化」を掲げ、米産地のど真ん中といえる庄内の三川町に昨年4月、「JA全農山形園芸産地拡大実証研修農場」を設置し、「企業との共同での試験栽培や新技術の普及・提案に加え、栽培研修などによる担い手の人材育成」に取り組んできている。
さらにJAのTACとも連携して「大規模化・多様化が進む担い手経営体への訪問活動を強化し、個別対応による営農支援などに取り組むことにより、生産者との信頼関係を構築」していく(図参照)。
(図)園芸産地づくりのための人材育成プランと生産振興支援体制
◆米からの意識転換図り 野菜や果菜類の栽培へ
庄内地方は、日本でも有数の米産地であることから、これまで農家は、経営を米に依存してきた。1年1作で機械化が進み、優れた農薬が開発され、それほど手間をかけずに収穫できる水稲に比べて、収穫が始まれば2~3か月は毎日、休みなく収穫し出荷する必要がある野菜・果菜類は、同じ農業でも馴染みにくいものだといえる。さらに、使用する農薬や農業機械は水稲とは異なり「面倒だ」と感じてしまうこともある。
「米の良き時代を経験してきた年代の方の意識を変えることが一番の課題かもしれない」と「園芸実証研修農場」(実証農場)の責任者である藤井光庄内営農推進室長(全農山形農業支援統括部)はいう。
一方で、大規模化してきている生産者や若い担い手の実証農場への関心は高く、一定の成果が見えてきていることも確かとのこと。
◆"若い人材"の育成と強い 農業生産の基盤づくり
実証農場の目的は、「強い農業生産基盤づくり」と「次世代を担う若手担い手やJA職員等の人材確保をおよび育成」にある。
「強い農業生産基盤づくり」としては、
▽地域に適合した作物の安定的な生産体制の確立
▽担い手にとって魅力のある新たな生産・施肥・防除体系や技術の研究・開発などによるノウハウの蓄積
▽研究・開発の成果によって生産者の新たな園芸ハウス栽培への貢献
▽特長品種・新技術などの活用による産地化を背景とした販売の拡大
に取り組んでいく。
「人材確保と育成」としては
▽次世代を担う子どもたちの食農教育
▽新規就農者、農業後継者など担い手の研修受け入れ、山形大学農学部、農業大学校などの実習生の受け入れ
▽全農職員、担い手、JA営農指導員などを対象とした農業経営・栽培技術・新資材などの研修会の開催によるJAグループ人材育成拠点の整備
がある。
これらを実現するために、いま実証農場が提案しているのは、水稲育苗用ハウスを有効に活用して、トマトやパプリカなどを生産することだ。
◆水稲育苗ハウスを活用 トマトなどを周年栽培
水稲の育苗用ハウスが稼働するのは年間に1か月程度で、後の11か月は「遊休施設」だといえる。これを有効に活用することで、水稲と野菜・果菜の複合経営をしては、という提案だ。
具体的には、水稲用育苗ハウスを活用したトマト・パプリカ→葉物野菜のリレー栽培による「豪雪地帯を含めた周年栽培体系」の確立で、5月~10月はトマト・パプリカ・ネギを、11月~翌年3月は葉物野菜を生産・出荷。4月は準備期というのがモデルだ。
そのために実証農場の7棟のハウス(間口7.2メートル×55メートルが3棟、同×65メートルが4棟)では、「アンジェレ」などミニトマト、「フルーツルビーEX」など中玉トマト、パプリカそして軟白ネギと促成山菜など葉物野菜の栽培技術確立と収量の最大化のための試験栽培を行っている。
トマト、パプリカでは「新たな産地化」も試験栽培の大きな目標となっているが現在は、収穫された全量がJA全農青果センター(株)に買い取られている(アンジェレは契約栽培、フルーツルビーは値決め栽培)。
◆全農開発の新技術や 新資材を生かし試験も
実証農場での試験栽培では、全農が開発した新技術・新資材などの省力化・低コスト化(減化学肥料・減農薬栽培)に向けた実用化や効果などの実証試験も実施されている。
例えば、ミニトマトの「アンジェレ」は、シンジェンタ社がヨーロッパで育成したプラム型ミニトマトの新品種だが、日本では全農が種子の独占供給を受けて生産と商品化に取り組んでいる品種だ。
さらに、トマトを栽培しているハウスでは、全農営農・技術センターが開発したトロ箱式養液栽培システム「うぃずOne(ワン)」が使われている。これはこのシステム使用で低コスト栽培を可能にすることもあるが、水稲育苗ハウスで使用される農薬が耕土に残留しているとそこで栽培されたトマトが出荷できなくなるからだ。
◆新たな防除体系確立へ 「IPM手法」を導入
そして、ハウス内の病害虫防除については、系統農薬メーカーの協友アグリ(株)とのコラボレーションによるIPM手法を導入した新たな防除体系の確立に向けた実証試験が行われている。また、新農薬の効果確認や普及性試験も合わせて実施している。
IPM(Integrated Pest Managementの略、日本では「総合的雑草・病害虫管理」といわれている)は、化学農薬だけではなく、天敵やフェロモン剤などによる生物的防除や粘着板などによる物理的防除を適宜組み合わせることで作物の品質・収量を安定させる総合的な防除体系のこと。協友アグリは早くからこれに取り組んできたメーカーの一つである。
実証農場では、ハウスの内外にはフェロモントラップが設置され、定期的に害虫の発生・侵入をチェックし、有効な防除対応をしている。
さらに、パプリカの栽培ハウスでは、55メートルのハウスを真ん中で仕切り、一方は慣行栽培、もう一方は必要な農薬を適正に使用した栽培を行い、比較検討ができるようにしている。
また、トマトのハウスに入ると、直径20センチメートルほどの透明なビニールダクトが、ハウス中央に入り口から奥まで通っている。これは換気が悪いと葉カビ病が発生しやすくなるので、このダクトから空気を吹き出し換気をよくしているのだという。
さらにうどんこ病、灰色カビ病などに効果があり人体には無害な納豆菌と同じバチルス属の細菌を製剤化した微生物農薬を必要に応じて、このダクトから空気と一緒に散布しているという。換気に必要な電力はわずかなので、省エネで効果的な防除ができると藤井室長。
適正な防除を行うことと試験データを収集するために、協友アグリでは担当者が定期的に実証農場を訪れ、藤井室長を始め現場の担当者と相談をしながら適切な防除法を実施している。
(写真)IPM手法と慣行栽培の比較も行っているパプリカ
◆実証農場成果じわり トマトに挑む生産者も
実証試験はまだ始まって1年であり、まだまだ課題は多いようだが、すでに育苗ハウスを活用したトマト栽培に取り組んだ生産者が数十名ほどいるという。さらに、育苗ハウス利用ではなく、新たにハウスを建てて果菜類に取り組みたいという生産もでてきている。
米価の低迷など厳しい環境のなかで、農業経営を安定化させようと考える担い手にとって、この実証農場は灯台のような役割を果たしているのではないだろうか。
もともと庄内地方は、北前船で京阪神ともつながり、新しい文化を取り入れてきた進取の気性を持っている地域であり、これからの時代にあった農業が展開されていく予感がする。そのパイロット役が全農山形だといえる。
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