JAの活動:第27回JA全国大会特集 今、農業協同組合がめざすこと
【インタビュー】農林水産事務次官 本川一善氏 農業所得の向上を目的に 地域をふまえ絵を描いて 2015年9月30日
農政と連携し改革を支援
聞き手:東京農業大学谷口信和教授
8月に就任した本川一善次官は農業所得の増大に向けてJAグループの改革に期待を寄せる。それは地域ごとに特性を活かして将来に向けて自ら絵を描くことだという。各地の個性ある取り組みをサポートする体制として10月から都道府県に配置された農水省の地方参事官の活用なども呼びかけた。改正農協法への対応なども含め谷口信和東京農大教授が聞いた。
※このインタビューは9月8日に実施しました。
◆意欲ある農業者に着目を
谷口 最初にTPP交渉の現状と今後の見通しについてお聞かせください。
本川 各国ができるだけ早期に会合を開催できるよう努力をしているようですから、われわれも政府のなかでその状況をふまえて対応していくことになります。
個別の交渉事項についてのコメントは差し控えますが、国会決議をきちんと遵守したと評価していただけるような交渉になるよう、引き続き努力をしていきたいと思います。交渉自体は全体がセットで決まることですから、全体が決まるまで最大限の努力をしていくということです。
谷口 日本農業の厳しい現状を打開しようという積極的な動きもありますが、しかし、たとえば、酪農家の状況を聞くと小規模経営よりも大規模経営の方が将来に不安を感じ、投資に二の足を踏んでいるという話も聞きます。どう見ていますか。
本川 たとえば今の畜産クラスターに対する予算要望を見れば、逆に現場の投資意欲は高まっているという印象を持っています。
私も酪農家は数も減り非常に経営が厳しいと聞いていましたが、畜産クラスターなどに非常に強い要望が来ているということは、その背景には厳しい状況だからこそ投資をして生産性を高めたり、規模を拡大をしたいという意向がずいぶんあると聞きました。悲観する状況ではなく、予算に対する要望をみるとまさに厳しいときこそ投資をして未来につなげよういう意思の現れだと思います。
谷口 たしかに畜産クラスターについては大変に関心が高く、この政策には畜産に関係するあらゆる資源を束ねて攻めていこうという意思が明確に出ているという気がします。今までそれは6次産業化や農商工連携などで部分的に言われてはいましたが、ひとつにまとめるかたちにしていこうという点では、一歩も二歩も前進だと思います。
本川 かつても地域全体でどう飼料資源を利用するかなどの視点がなかったわけではないと思います。酪農家といえどもけっして地域と離れてやっていけるわけではありませんから、まさに地域全体という視点を明確にして政策にしたというのが斬新な点だと思います。
(写真)農林水産事務次官 本川一善氏
◆JAの役割はまだ大きい
谷口 さて、戦後の農政を振り返ると、農協と二人三脚で展開してきたことは紛れもない事実だと思いますが、改めてJAグループの役割をどう捉えておられますか。
本川 戦後の復興から立ち上がり米がきちんと行き渡るまで増産をし、それが過剰になってからは米の生産調整、大豆や麦への転作に取り組んできました。畜産は選択的拡大のなかで、今や極めて大規模な経営体も出てくるという改革を成し遂げてきました。
この過程で、やはり農家の方への生産資材の販売や農産物の集荷販売に農協が果たしてきた役割はきわめて大きく、戦後の日本農業の発展を行政とともに支えてきたと思います。農産物の集出荷の大半をまさに農協が担っていた時代がありました。その後、流通は多様化が進んできているのが実態だと思いますが、やはり集出荷施設を持ち、糖度判定などの評価をきちんとしてから出荷するのは、まだ相当JAが担っています。
米も少なくなったとはいえ4割ほどはJAグループが集出荷していますね。そういう実態ですから、まだまだ農家を支えるために流通面においてもJAががんばっていかなければならないと思います。だからこそ、今回の改革により農業者の所得を上げていくような取り組みをしていこうということになったと思います。
◆農業所得向上へ農協改革を
谷口 それでは改めて今回の農協改革に託したメッセージや意味は何だったのか、お考えをお聞かせいだけますか。
本川 これはまさに農協が農業者の協同組織という本題に戻って農家の所得を少しでも増大するような努力をしていく、そのことに尽きると思います。
谷口 農家の所得、と言われましたが、そこが論点にもなったと思います。つまり、農業者の所得なのか、組合員なのか、それとも専業的な農業者なのか、と。私は協同組合としては、やはり組合員ではないかと思います。
本川 組合員でしょうけど、その組合員というのは農業者だということでしょう。
谷口 もちろんそうですが、農業者の、としてしまうと准組合員は必ずしも農業者ではないという問題があります。准組合員には元農家だった方々、分家の方々などを含めてたくさんの方がいます。純然たる都市住民もいまして准組合員は幅が広いと思います。
本川 そうなると准組合員の所得の増大も図るということになるわけですか。
谷口 そこは所得というよりも組合員に対する福祉の増大ということになります。
本川 その点に関する規定は、今回の法改正で変更したわけではなく、引き続き組合員のために最大の奉仕をする、とされています。
谷口 その規定と農業所得向上の規定との関係が問題になったわけです。
本川 つまり、改正後の農協法第7条1項と2項の問題ですね。農業所得の増大に最大限の配慮を、という2項が付け加わったから農協は組合員全体を見なくなるという指摘が出ているとは聞きました。
谷口 もともと組合員に最大の奉仕をするという規定が入っているのに、そこに農業所得向上のために、という規定が加わればそこが重点になってしまうのではないか、という心配です。
本川 その懸念は議論されました。ですから、まさにご指摘の問題は杞憂ということになるように、これからいろいろなことを実際にやっていくことだと思います。
ただ、そうは言いながらも農業をやる人たちが中心になってつくった協同組織ですから、農業所得を上げていくことについて、それがおかしいということは決してないと思います。それを中心にどのようなサービスを提供していけるかを地域全体で考えていただいて、農協はそれに向けて努力をしていただくということだと思います。
それをわれわれは応援していきたいと思います。ご指摘のような周りにおられる農業をやっていない方々も組合員であり、その方々のことも念頭に置かなければいけないということもふまえて、対応していくということだと思います。
谷口 同時に、法改正で准組合員問題は5年間かけて実態もふまえながら調査して結論を出すということになりました。どう対応されますか。
本川 まさに調査結果をもとに判断する、ということに尽きると思います。
谷口 それはあまりアプリオリな判断基準を持たず、ともかく虚心坦懐に実態を見る、そのうえで判断するということですか。
本川 それ以外にないんじゃないでしょうか。
◆地域の個性ある将来プランを
谷口 地域もJAも非常に多様性が深化している現実もあります。JAの自己改革にどんな期待をされますか。
本川 水産庁時代に取り組んだ「浜プラン」は、日本列島は南北に長く漁協の規模もさまざまで魚種も違うということから、それぞれの漁協で浜の活力を再生するプランづくりをやってもらい、われわれはそれを政策で応援するというものです。現場の実態をふまえてそこにいる方が厳しい状況だけれども、こういうことをやろうじゃないかと話し合いをして、プランをつくってもらいました。
農協もやはり現場はいろいろあって、いい事例はたくさんあると思います。そのなかには農協が中心になって出荷施設を整備したとか、加工に乗り出した、直売所を設けたといった事例があると思います。それによって管内の農家の方の所得が従前とくらべて上がっている。その例もたくさんあると思います。
われわれとしても10月から省組織の見直しのなかで地方参事官を設置しました。まさに地域の実情をふまえていろいろなアドバイスや、政策の紹介も行う人材です。これも活用していただきながら、各JAでプランづくりをしていただくことがいちばん大事だと思います。
本来は何事もすべて自主改革です。ただ、農政はいらないということではなく、私がイメージしているのは各地のプランづくりを国がお手伝いしたいということです。自主改革とはいうけれどもそれを実現するにあたって、まったく助力を必要としないということではありません。
農業を成長産業化していく、それよって農家の所得を上げていくことについては、まったく同じだと思います。同じ目的に向かって行政とJAグループが連携して、まさに各地域が個性ある取り組みをしていく、それをともにやっていきたいと思います。
◆インタビューを終えて
戦後レジームからの脱却というスローガンに対応して、戦後農政はいま最大の転換点を迎えている。転換の方向の評価に関しては様々な立場が存在しているが、農政が農業の現場の実態をつぶさに調べ上げ、そこから抽出される課題を丁寧に拾い上げ、練り上げて政策に結実させるという点では、現場に近いところに不満が充満しているのが実態であろう。
そうした農水省と現場との距離感を縮める役割に対する期待を背負って、TPP交渉妥結間近という情勢判断のなかで本川氏が事務次官に登用されたと伺っている。その意味では農水省の「本流」に棹さす農政の舵取りに是非とも期待したい。JA陣営を始めとする農業の現場での自主改革も、そうした農政の後押しなしには成功が約束されたとはいえないであろうから。(谷口)
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