JAの活動:JA全国女性大会特集2016
【インタビュー】 人間らしい社会に向け 女性の感性が大切な時 ジャーナリスト 堤 未果さん2016年1月19日
9・11で激変した米国ルールなき拝金主義
アメリカ社会の問題点を明らかにした『貧困大国アメリカ』をはじめとして注目作品を続々発表している堤未果さん。取材活動の原動力は現実に対する「違和感」だという。食と農を守るため、農村の女性にも、女性の感性と行動力を発揮してほしいとエールを送った。聞き手は本紙論説委員で元秋田大学教授の小林綏枝氏。
小林 堤さんは2001年に発生した、いわゆる9.11の同時多発テロ以降、アメリカに対する見方が劇的に変わったと著書に書かれています。どう変わったのでしょうか。
堤 私が中学・高校時代は留学ブームでした。今のように自己責任という言葉はなく、先生もマスコミも自己実現をしなさいと言っていて、その留学先人気ナンバーワンがアメリカでした。
私はアメリカに親戚がいるので幼いころから行っていて、あの国の自由な感じが大好きでした。黒人でもマイノリティでもチャンスをつかめばスターになれる、と本当にアメリカンドリームという言葉が生きていました。
それで私もアメリカに留学し仕事もするようになったんですが、9.11の後にアメリカ社会はすごく変わってしまった。「これは戦争だ」という報道がどっと流れました。私はそのころ国連で働いていて、たとえば世界の紛争地で子どもが兵士になっている問題や、女性が貧困に陥っていることなどを助けることを理想にしていました。ところが9.11を経験した時、ああ今まで自分の中には、絶対に自分の上には爆弾は落ちてこない、自分だけは守られているという自信があったんだと気づかされたのです。9.11によって「緊急事態宣言」が出されたアメリカで、いつまた次のテロがあるかわからないという状況の中、戦争だ、と声高に叫ぶアメリカ政府やマスコミに恐怖を覚えました。
歴史をみればいつの世もそうであるように、戦争と言論統制はセットです。アメリカでも最初に犠牲になったのはジャーナリズム。3年前の年末に日本でも「特定秘密保護法」が成立しましたよね?
そのアメリカ版である「愛国者法」ができた時、アメリカから自由は消えました。はっきり政権批判するジャーナリストは降ろされたり、いつの間にかクビになった。
あの、リベラルを称する「ニューヨークタイムス」紙がイラクには大量破壊兵器がある、とイラクへの軍事侵攻をしきりに煽ったのです。私の中で違和感がどんどん大きくなってゆきました。リベラルと保守という両極があるアメリカはどこに行ったのだろう。これでは自由の国ではなく、まるで全体主義国家ではないか。
自由の国アメリカに対する夢と希望のイメージが、9.11後に全部崩れてしまったのです。
◆ ◆
小林 『貧困大国アメリカ』という著書は、このタイトル自体が私たちにとって衝撃的でした。何がきっかけでしたか。
堤 ある時、親友の従兄弟が軍隊に入るという話を聞きました。どうして? 大学に行くんでしょと聞くと、大学に行きたいから入隊するんだという。腑に落ちない話だと感じましたが、聞けば学校に行きたいが高い学費も払えないし医療保険もない。このままだと人並みの生活ができない。けれど軍に入ればいろいろなものが与えられると言うのです。
そのころイラク戦争を始めたアメリカでは軍事予算を確保するために社会保障予算を切っていった。だから中流以下の人たちはどんどん生活が苦しくなり、その若者のように軍に入る人が多くなっていたのです。
そのときに当時のブッシュ大統領が対テロ戦争とは21世紀の新しいかたちの戦争だと言ったことを思い出し、違和感が募ってきました。違和感とは自分の直感、報道全体も大事な事は隠すようになっていたため、真実を自分の足で探しにいくしかないと考えたのです。
小林 どんなことから始めたのですか。
堤 アメリカでは新しい職業に就きたいと思ったときには、まだその職業になっていなくても最初に名刺を刷るんです。これはニューヨークに住む、仲良しのABCニュースプロデューサーが教えてくれました。ただし名刺を渡した相手に騙されたと思わせないよう、水面下では必死に勉強しなさい、でも、堂々と振る舞いなさい、これがニューヨーク流だと。
だから、私もジャーナリストという名刺をつくって、まずは帰還兵の掲示板にアクセスしていろいろな人と信頼関係を築きながら話を聞いていったのが始まりでした。
そうやって沢山の人々に話を聞くうちに、今の戦争はかつてのものとは違う事が分かってきました。それまで戦争は「国対国」でしたが、テロとの戦いとなったときには「テロリスト対有志連合」というように変わったわけですね。国対国の戦争とは違い、国による和平調印もない。つまり終わりがなく、永久に国家を非常事態にしておくことができる。そして世界中が戦場になるのです。
こうした戦争が社会保障を削減していく政策やアメリカ国内の人々の生活が貧しくなっている現状とぴたりとつながった。これが違和感の正体だったのか、と。
民営化の波は社会保障だけでなく「戦争」にも及んでいました。国ではなく企業が請け負う。だから戦争が長引けば長引く程株価が上がっていく。株価を高く維持する為に広告代理店が恐怖のニュースを流して戦争を煽る。そんないろいろなからくりが見えてきたんですね。
人間には真実を知りたいという強い欲望があります。私も「裏切られた」と逃げていないで、もう一度アメリカの影の部分も含めて向き合ってみよう。そう吹っ切れたのです。
◆ ◆
小林 生い立ちのことも少し聞かせてください。
堤 父は放送ジャーナリストで母はアナウンサーでしたが、私が8歳のとき離婚したんですね。そのとき両親は私と5歳の弟を家族会議に参加させ、自分たちが別れることについての意見を私たちに聞いてくれたんです。私はまだ大人の事情はよくわからなかったけれど、大人として扱われたことが嬉しくて一生懸命考え条件を出したんです。「別れて暮らすのは仕方がないけど今後もお互いに悪口等言わずに仲良くしてほしい」「弟とは絶対に引き離さないでほしい」「お父さんにはいつも会えるようにして」という3つの条件を出したら、両親はそれを尊重してちゃんと守ってくれました。
父と離れて暮らすようになった事は残念でしたが意見を尊重してもらえた事で不思議な自信を貰ったような気がします。もちろん家族はその後もしょっちゅう集まり5年前父が亡くなるまで友達のように仲良くしていました。
そんな両親が熟考の末入れてくれた私立の和光学園という学校は変わっていました。文科省の指定する教科書は使わず、先生がみんなに考えてほしいことを印刷した紙を毎回授業で1枚から多くても数頁だけ配るのです。
それはそのときの新聞記事だったり先生の書いた言葉だったり、色々でしたが、その授業ではその紙に書いてあることだけにみんな全力で取り組む。答えが最初から決まっているのではなく、テーマについて一人ひとりが自分の頭で考えなさい、先生は○×はつけないから、と。討論するときも、たった1人でも生徒が納得しなければ、先生は授業を終えませんでした。
先生の言葉で覚えているのは、どんなに先生や新聞、テレビがこうだと言っても、君たちは自分の全身を使って考えろ、納得いくまで考えて考えて考え抜け。何か違うなと思ったら、無理してその違和感を消して周りにあわせるんじゃなくて、最後まで大事にしなさい、です。9年間通い、この学校の教育に強い影響を受けたと思います。
◆ ◆
小林 堤さんの教育体験は今のお母さんたちにも考えさせることが非常に多いと思います。もうひとつ伺いたいのは最近の著書で警鐘を鳴らされているアメリカの市場原理の医療と日本の国民皆保険の問題です。
堤 父は「反骨のジャーナリスト」と呼ばれる放送ジャーナリストでしたが、常に弱者の側にたって権力を監視する人でした。相手が総理大臣でも誰でも臆する事なく追求する人だったけれど、自分の健康のことは後回しでした。
晩年糖尿病を悪化させて6年前に長期入院したのですが、亡くなる直前に「ああ、日本の国民皆保険制度は何て素晴らしいんだろう。この制度がある国に生まれて本当に良かった」としみじみ感動していました。
そして私に言ったのです。「ジャーナリズムとは権力を監視する事だけじゃない。国民が手にしているのにその価値に気づかない宝物、それを伝える事も大切な仕事だ。君がそれをやってほしい。この国の宝である国民皆保険制度を守ってくれ」と。ちょうどそのころアメリカでは、「オバマケア」と呼ばれる新しい医療保険制度改革に大統領が署名したばかりでした。私は「貧困大国アメリカⅡ」の頃からオバマ大統領の取材をしていたので、父の遺志を継ぐ意味でも「オバマケア」についてさらに取材を重ねました。 ふたをあけてみると、この制度は患者の為ではなく製薬会社と医療保険会社を儲けさせる為のもので、法律自体も医療保険会社が作ったものでした。巨大企業の利益の為に政治が動くという『貧困大国アメリカ』で描いた構図そのものであり、ブッシュからオバマになっても引き継がれていたのです。オバマケア導入後、結局は医療保険料も薬代も値上がりし患者と医者達はますます苦しくなったと悲鳴を上げています。
実はこうしてあらゆるものを「ビジネス」にしてゆくという今の流れはアメリカだけでなく国境を越え、農業、教育、食、労働、自治体などさまざまな分野にまで及んできています。最近では大企業が国境を越えてビジネスをしやすくするために参加国のルールを撤廃してゆくTPPが代表的な例ですね。政府はTPPを安い農産物と関税の話だといっていましたが、主目的のひとつは日本の医療ですから、普段空気のように思っている「国民皆保険制度」は形骸化してゆくでしょう。テレビや新聞はこれについては正確な事実を伝えておらず、私たち自身がもっと知る必要があります。
大切なのは「何かおかしいな」と思ったらその違和感を信じることです。実は女性のほうがこうした直感は強いんですね。どんなに政府とマスコミが情報操作しようとも、子どもを戦地に送りたくないと思ったら、どんなにきれいごと言われても、女の人たちは必ず立ち上がります。戦争はいやだ、安心安全な食事を作りたい、自分たちのささやかな共同体や、そこでのつながりを奪われたくない。
そういう女性特有の慈しむ力や、「つながり・守り・育てる」という本能が今程必要とされる時代はなかったのではないでしょうか。強欲資本主義が人間を数やモノに変えて間違った方向にひっぱろうとしているいま、もう一度「人間らしく幸せに生きられる社会」に引き戻すためにも、やはり女性の持っている力が世界中で必要とされているのです。
インタビューを終えて
病める大国アメリカを描く堤さん、待ち合わせ場所に現れたのは一群れの桜の花びらのような方。「全てを商品化し尽くす」社会の怖さを米国市民の現実からつかみ出し私たちの前にさらけ出してくれる。大統領が心血を注いだオバマケアの実態には唖然とし日本の医療保険制度の有り難さを痛感。これが蚕食されようとしているという。安閑としてはいられない。花びらの中には美しい花心が屹立しているとお見受けする。ますますのご健筆を。(小林)
(つつみ・みか)ジャーナリスト、東京生まれ。ニューヨーク市立大学大学院で修士号取得。2008年『ルポ 貧困大国アメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞を受賞。
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