JAの活動:農協改革を乗り越えて -農業協同組合に生きる 明日への挑戦―
【JAいわて花巻】「地域ぐるみ農業」実現へ(後編)2017年10月19日
◆女性支店長が8人地域の拠点に
(写真)女性の感性で支店を盛り上げる花巻支店の見世百合子支店長
全員参加の地域ぐるみ農業を実現する上で、核となるのが管内に27ある支店だ。東日本大震災で甚大な被害を受けたJAいわて花巻では、支店が地域の大切なコミュニティーの場となった経験から、他地域のJAよりもなお強く支店の重要性を実感しており、支店機能の強化にいっそう力を入れている。そして、支店をとりまとめる支店長に、8人の女性が抜擢されている。
「支店長に任じられた当初、自分には無理だと固辞しました。でも組合長をはじめとして、上司も部下も、男性も女性も関係なく、皆が背中を押してくれたんです」。支店長の1人、見世百合子さんはそう当時を振り返る。
見世さんは、大震災発生時、沿岸部にある釜石支店の支店長だった。津波で2人の部下をなくし、自宅も流されるなか、被災した3店舗をとりまとめて新釜石支店としてオープンさせるべく奔走した。
「組合員や地域の人たちのため、なんとかしなければと、とにかく必死でした。なくなった職員の代わりに自分ががんばらなくてはと。自宅のことは後からなんとでもなると腹をくくりました」。
見世さんは毎日避難所から準備にかけまわり、震災からわずか20日足らずの3月29日には窓口業務を再開。新店舗は、津波被害で疲弊しきった組合員たちの、物心両面の拠り所となったという。
その後、見世さんは内陸の花巻支店長に異動となったが、大震災の経験から、支店には単なる店舗としてだけではない役割があることを痛感したという。「組合員の居場所づくりも私たちの大切な仕事です。組合員と真正面から向き合い、真心でふれあう。真剣な思いが伝われば、自ずと距離が縮まり、それが結果となって表れます」。
JAいわて花巻では、「持続的農業を確立するために」を共通テーマに、支店ごとに地域性を活かした「支店行動計画」を作成し、思い思いのアイデアで組合員との絆づくりを実践している。「用事がなくても、顔を見せにきてくれる組合員が増えました。ちょっと失敗しても、気にするな、とかえって元気づけられることも。組合員と職員とが二人三脚で地域を盛り上げる、そんな協同組合本来の目的を実現する場としての支店でありたい」
◆自分ごとで参画助け合い根付く
「組合員一人ひとりの思いを丹念に汲み上げながら、それぞれが"自分ごと"としてJAの事業や活動に参画できる土壌をつくりあげてきたこと、それがJAいわて花巻の強みです」
これまで長きにわたり絶対的なリーダーシップで同JAを牽引し、今年5月に退任した高橋専太郎前組合長は「ゆりかごから墓場まで」という理念を貫き、常に組合員の心と暮らしに寄り添って事業を組み立ててきた。
昭和40年代には農村女性の子育て支援のため、農協運営の幼稚園を設立。当時の卒園生が、今はJAの職員となって、地域を支える立場で活躍する。農産物直売所の草分け「母ちゃんハウスだぁすこ」は、多様化する生産者の受け皿として地域に定着、現在4店舗を展開し、平成28年度の産直事業全体の販売高は12億円を超えるまでに成長している。また高齢者福祉では、デイサービス、グループホーム、小規模多機能ホームなどの介護保険事業のほか、JA女性部の助け合い活動と連携を図った元気高齢者対策など幅広く取り組み、さらに葬祭事業では通夜会館を新築し、地域のシェアー率は50%に達する勢いだ。
(写真)阿部勝昭組合長
組合員を中心に据えた揺るぎない信念と実行力は、組合員との強い信頼関係を育み、その結果、盤石な財務基盤が築かれた。「組合員を置き去りにしてJAに未来はない。今一度その基本に立ち返ってみることが必要ではないでしょうか」
一方で、市場原理やグローバル化など、経済優先主義が跋扈(ばっこ)し、協同組合思想が軽んじられている現状には警鐘を鳴らす。
「戦後72年がたちましたが、わが国がここまで復興できたのは、農民たちが、食料増産の名のもとで国民に安定的に食料供給をしてきたこと、建設ラッシュに対応して出稼ぎで労働力を補填してきたことによるところが大きい。それにもかかわらず、政府主導のJA改革において、農民もJAも切り捨てられようとしています。
"美しい村は最初からあったわけではない。そこで美しく暮らそうという村人がいて美しい村になったのである"-これは柳田國男が、岩手県遠野地方を舞台とした説話集『遠野物語』のなかで語っている言葉です。その村人たちがつくった"拠り所"がJAであり、JAは今も村人、つまり組合員の生活の中心にあるのです。組合員の生活全般を支えるJAが崩壊すれば、地域は必ず衰退してしまうでしょう」。
地域の衰退はいずれ国全体に及ぶ。国土が荒れ果て、食料生産体制が崩れ去った後ではもう遅い。「だから今こそ、JAが自ら立ち上がるべきときなのです。全国各地の特色を持ったJAを1つの型に押し込めるのではなく、それぞれのJAが地域性を活かして、協同の力を最大限に発揮する-その最善の方法を模索することに知恵を結集させるのが、創造的自己改革なのではないでしょうか」。
協同の力の素晴らしさは、大震災のときに証明された。「自らも被災しながら、炊き出しを行って、津波で途方に暮れる人たちに温かいおにぎりを配ったJA女性部の皆さんがいた。それにどれだけ多くの人が救われたか。協同の心が人々に生きる勇気を与えたという事実を決して忘れてはいけません」。
前組合長の理念を引き継ぐのは、阿部勝昭組合長。営農畑で長く実務を積み、農家組合員にはより近い存在だ。「協同とは、共に心と力を合わせて物事を行うこと。営農活動とくらしの活動が一体化して初めて"農業協同組合"といえるのです。そして、JAのピラミッドの一番上にあって、JAの主役となるのはあくまでも組合員です。この基本スタンスは、これからも変わることはありません。今までわがJAは、そんな協同の理念を軸に、組合員の生活向上と農業発展、そして地域経済の発展を目指して、当たり前のことを真摯に行ってきました。
しかし、超高齢社会が到来し、組合員の多様化や准組合員の増加など、対応すべき新たな状況も生まれています。前組合長が築いてきたものをさらに昇華させながら、組合員と一体となって、組合員のライフステージに合致した新たなビジョンをつくり、豊かな地域づくりを実現させたい」。
宮澤賢治が描くイーハトーブ(理想郷)を目指し、JAいわて花巻は、これからも組合員とともに歩んでいく。
(写真)高橋専太郎前組合長
JAいわて花巻の概要
●組合員組織・協力組織
農家組合 368組合
青年部 484人
女性部 2,923人
生産部会 35部会(10,407)
その他 7組織(30,343人)
●農業基盤
水稲作付面積 16,539ha
麦大豆作付面積 2,724ha
野菜作付面積 722ha
(平成27年農林業センサス)
●組合員数
正組合員 22,522人
准組合員 19,029人
合 計 41,551人
●役員数
理事36人、監事6人
●職員数
正職員 565人
臨時・嘱託 104人
パート 319人
合計 988人
●主要事業取扱実績(単位:百万円、平成29年2月末現在)
取材・構成:(一社)JC総研 主席研究員 小川理恵
※前編へのリンクはコチラ
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