JAの活動:農協改革を乗り越えて -農業協同組合に生きる 明日への挑戦―
【パルシステムグループ】協同組合としてのJAグループへの期待2017年10月25日
高橋宏通・パルシステム生活協同組合連合会常務執行役員広報本部長
「産直」とは、単に安全・安心な食べ物を調達する手段ではなく、農業を中心とする持続社会をつくるための協同だと高橋氏はいう。30年以上にわたる産直事業の取り組みをふまえ、意欲ある生産者が主人公となった農協と心豊かな地域社会づくりへ向けた協同組合連携が不可欠だとJAグループに期待する。(※高橋宏通氏の「高」の字は正式には異体字です)
自立した協同組合の連携で
豊かな地域社会を
◆共感を「消費する力」で応援
パルシステムグループは、「心豊かなくらしと共生の社会を創ります」を理念に掲げ、関東地区を中心とした福島県から静岡県にかけた12都県で活動する生活協同組合によって構成される。会員生協を合わせた総事業高はおよそ2100億円で、155万世帯の組合員が加入する。
事業の基盤は宅配だ。全国の生協に先駆けて1990年から個人別の宅配事業(個配)を実験的にスタートさせ、93年からグループ全体で本格展開を開始した。現在では、個配利用者の割合が人数ベースで全体の87%を占める。
(写真)公開確認会の様子
毎週約3000品目を扱う商品の中心が、産直だ。青果、肉、卵、牛乳といった生鮮品のほか、産直原料を活用した加工品の開発も積極的に行っている。豆腐やプリン、チャーハン、みそ、しょうゆなど現在は、400品以上の商品を開発、販売する。産地や栽培履歴が明らかな産直に対する組合員の信頼は高く、いずれも評価は高い。
現在、産直の提携数はおよそ400産地まで広がり、取り扱いに占める産直の比率は、米100%、青果97%など高い。産直への理解を広めるためには、交流活動も生産者と消費者の相互理解を図るためには不可欠で、消費者が生産地を訪れる交流企画には、年間1万7000人が参加している。
2014年に開始したキャンペーン「『ほんもの実感!』くらしづくりのアクション」では、商品利用による「消費する力」を通じて、日本の農業・漁業の再生や持続可能な社会作りを呼びかけている。産地やメーカーでは、環境保全や持続可能性を重視した商品づくりに取り組んでいる。その姿勢と作り手とのつながりを広く社会へ伝え、多くの共感、賛同の声が届いている。
◆農業が持つ「公益的価値」
「産直」への考え方は、単に安全・安心な食べ物を調達する手段として捉えるのではない。農林水産業を柱とする持続社会をつくるために、相手の存在を認め合い、理解し合い、利益もリスクも分かちあえる関係の構築を目指している。
こうした関係を持つ全国の農協をはじめとする生産者団体を通じ、出荷された商品のみを「産直品」と位置づけている。産地とは「産直4原則」として(1)生産者、産地が明らかであること、(2)生産方法や出荷基準が明らかで生産の履歴がわかること、(3)環境保全型・資源循環型農業をめざしていること、(4)生産者や組合員相互の交流ができること--を掲げ、産直協定を結ぶ。
全国の生産者とともに30年以上にわたって産直事業を手がけ、環境保全型農業の推進、生物多様性保全、地域における農商工連携の仕組みづくりなど、農業がもつさまざまな「公益的価値」を広げ、それを支えてきた。
(写真)生産者と消費者による二者認証は119回におよぶ(「パルシステムの強みと成果早わかり読本」より)
農業は、人間にとってなくてはならない貴重な食べ物を提供するだけでなく、生き物や農村文化を守り育むなど、さまざまな価値を持っている。今までの農政は、これらの「公益的価値」をあまり評価せず、生産者はボランティア同然のような働き方を余儀なくされてきた。
しかし、生産者が新たな価値を生み出していることを考慮すれば、もっと農業や農村に目が向けられるべきだと感じる。
気候の変動や農村の高齢化に悩まされ、日本の農業はますます厳しい状況のなか、農業がもつさまざまな意味を多くの消費者に伝え、作る人も食べる人もいっしょになってこの価値を高めていく必要があると考える。
◆「強い農業」政策への懸念
政府の「食料・農業・農村基本計画」が2015年に改定されてから2年が経過した。計画には「強い農業」と「美しく活力のある農村」が大きく掲げられている。
新たに盛り込まれたポイントは
(1)食料自給率を45%に引き上げる(カロリーベース)
(2)食料の安定供給の確保、農産物、食料の輸出促進
(3)6次産業化の戦略的推進
(4)担い手育成、担い手への農地集積、集約化
(5)米政策改革の推進
--の5点だ。
なかでも「強い農業」は、グローバリゼーションの流れを前提に、関税が撤廃されても強い農業をつくれば生き残れると想定している。政府の規制改革推進会議農業ワーキング・グループでの議論を経て、政府・与党がまとめた「農業競争力強化プログラム」では、全農を軸とした農協改革が打ち出された。
しかし「強い農業」には問題も少なくない。まず、小規模農家の切捨てにつながることが懸念される。欧米型の大規模、効率重視の農業へ補助金等が集中的に投下されることも想定される。
次に、効率重視、生産性重視の農業は、農薬や化学肥料の多投につながり、有機農業をはじめとする環境保全型農業推進の流れと逆行する可能性がある。
また担い手への農地集積は、企業などが合法的に農地を囲い込むことを可能にすることにつながる。その場合、中山間地などの効率の悪い農地はさらに見捨てられかねない。
◆意欲ある生産者を主人公に
産直を基礎に事業を行う組織の一員として、農協へは意欲ある生産者が「主人公」となり、それを応援する組織となることを期待している。
(写真)産直交流企画の参加推移
実は、古くから取引のある生産者のなかには、過去に農協を離れ、独自で農作物の販売先を探してきた人も少なくない。彼らは農業とまったく異なる流通の世界に身を投じ、試行錯誤しながら販売先を開拓してきた。
そのなかで生協と出会い、共感し、現在の信頼関係を築いてきた経緯がある。こうした生産者は、団結力が強く、安定した集荷を実現している。生協との連携の密度も高い。
意欲ある生産者が主人公となるには、その努力に報いる評価が不可欠だ。パルシステムでは、生産者や専門家と話し合いながら「農薬削減プログラム」を定め、化学合成農薬や化学肥料を削減した作物に対し、一定額を上積みして代金を支払っている。
(写真)産直品を中心とした農畜産物受注高推移
さらに消費者との交流を通じた相互理解の活動によって生産者と消費者が話し合い、感動することで両者のきずなをより強固にしていく。その結果、新たな価値観や生き方を共有する関係がつくられる。そうなれば、農業を志す後継者が集まることにつながる。
農協にも「悪しき平等主義」を見直し、意欲ある生産者が報われる組織へ進化することを期待したい。そうなれば、農協改革も怖くない。
◆自給率と安全性で連携を
(写真)パルシステムの産直青果
今後は農協、生協が力を合わせて、生産者と消費者の距離を縮めていく必要がある。最後に以下3つの課題について提起したい。
1点目は食料自給率の向上だ。先述の食料・農業・農村基本計画では、2020年の達成目標としてカロリーベースの食料自給率を50%に設定した。新計画では、総括されぬまま目標を45%へと下方修正している。農水省がこのほど発表した2016年度の食料自給率は38%と、コメが不作だった1993年度の37%に次ぐ低水準にまで落ち込んだ。
自給率向上へ向けた具体的行程がみえず、このままでは下方修正した目標すら達成できそうにない。食料自給率を高めるためには、生産構造はもとより消費構造、流通のしくみなど、フードシステム全体を根本的に見直さなければならないだろう。
2つ目は、食品の安全性向上。安全性を向上するために食品の管理レベルを高めるにはコストがかかる。しかし、高価な農産物は売れる状況にない。米業界でも、減農薬米のような加算のついた米は売れず、ゆがんだ状況を打破しなければならない。
(写真)飼料用米の使用量推移
安全面にコストをかけても、売れなければ価格に転嫁しにくい。その結果、しわ寄せは生産者が被ってしまう。メリットを受ける消費者や流通、小売が、相応のコストを負担する仕組みが必要となる。また、現行の食品表示制度では、消費者が安全性に対する価値を正当に認識することが難しい。生産者と消費者が協同で、供給の制度の構築が不可欠だろう。
最後に、種子の保全を挙げたい。主要農作物種子法の廃止が3月の国会で可決された。これにより、中長期的に多国籍企業による種の独占が進むことを危惧する声が高まっている。本来、種子は多様な生態系の交雑によって生まれたものであり、人類全体の財産といえる。
それがメキシコでは、NAFTA(北米自由貿易協定)締結により、多彩な品種が栽培されていた豊かな農業が、輸出補助金付きの遺伝子組換えトウモロコシによって崩壊した。行き場を失った多数の農業生産者は、米国への不法移民となり、社会問題となっている。これは生産者だけの問題ではない。
新自由主義による富の集中と貧困の拡大を防ぎ、心豊かな地域社会づくりへ向けた役割は、今後さらに求められていくだろう。それには、協同組合間の連携が不可欠となる。協同組合は自立した組織だ。それぞれの地域で問題に向き合い、地域と農業の発展に貢献するような農協が、存在感を発揮していくことを期待する。
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