JAの活動:挑戦・地域と暮らしと命を守る農業協同組合 女性がつくる農協運動
【現地レポート】JA静岡市女性部学校給食事業 未来をつくる人を育てる2019年1月17日
JA静岡市女性部は地域の学校給食に自分たちで作った野菜を供給する事業に取り組んでいる。単に食材を納入するだけではない。子どもたちに農業体験もしてもらうというJA組織ならでは食農教育として展開、地元の食と農業者を理解するだけでなく、さらに自分たちが暮らす地域を知り誇りを持つ子どもたちを育てている。地域を支える持続的な取り組みが期待されている。
◆食材納入の高い壁
学校給食に野菜を納入しようという取り組みが始まったのは平成19年。JAの理事に就任した3人の女性が中心になった。男性とは違う視点でJAの事業ができないかという思いからだった。
当時理事の海野フミ子さんは、地域で作っている野菜や女性部が加工している味噌などを地域で食べてもらえないかと学校給食への納入を考えたが、そこには「女性理事として女性部の活動をきちんとした事業にもっていこうという思いもありました」と話す。
(写真)藁科地区のグループのメンバー。
左から三浦恭子さん、杉山富美恵さん、望月輝男さん、田中さち江さん、
佐藤亘子さん(ぱくぱく給食おうえん隊の代表)、望月道子さん。
ぱくぱく給食おうえん隊の活動も担う。
今は女性部の組織の1つ、「パクパク給食おうえん隊」として活動しているが、新鮮な野菜を子どもたちに食べてもらいたいという思いはすんなりと実現したわけではなかった。
当時の理事でパクパク給食おうえん隊の代表、佐藤亘子さんによれば、最初は静岡市に地元の農産物を使ってもらえないかと直接かけあった。しかし、農家が直接納入するなどというのは前例がないとあっさり断られたという。程度の差はあれ学校給食への食材納入はどの地域でも壁は高い。食品メーカーや食品卸などが納入業者というのが当たり前と考えられている。牛乳も学校給食に欠かせない食品だが、地域の乳業メーカーが納入する。海野さん、佐藤さんが考えたのは、いわば地域の酪農家が牛乳を給食に直接納入できないかと提案するようなことだったといえるだろう。
もちろん断られたからといってあきらめたわけでない。JAもバックアップし県や市と粘り強く協議を重ねていった。その結果、開けた道は単に食材の納入業者になるのではなく、地産地消の推進と子どもたちへの食農教育体験も実践するということだった。
言い換えれば、女性組織やJAならでは強みを活かした活動として地域の学校給食の一端を担うことになったといえる。
佐藤さんは「地域で食農教育と食材提供をセットでできるのは私たちだけだということに気がつきました」と話す。
熱心な働きかけが実を結び平成22年に県、市、JAが「藁科・梅ヶ島学校給食事業推進協議会」を設立。この年にモデル事業として藁科学校給食センターへ野菜を納入した。
(写真)定期的に集まって共同で農作業。地域の農地を維持する活動を行っている。
◆給食への理解を深め
同時に実施したのが農業体験である。給食センターの栄養教諭との話し合いでまずは大根を納入することを決め、子どもたちの農業体験も大根栽培をすることにした。
女性部だけでなく、男性理事や地域の生産者も盛り上げようと協力して、農地を貸し出して「きゅうしょく畑」の看板を掲げた。9月の種まき、10月の間引き、そして1月に収穫。自らが育てた大根がそぼろ煮となって給食に出され、子どもたちは残さず食べたという。
子どもたちは「きゅうしょく畑」での農作業の様子を絵にしたり、地元の農産物が給食に使われている日には校内放送で知らせた。佐藤さんたちはこうした取り組みを通じて、子どもたちにより食と農の大切さを伝えるため、農家と給食センター関係者との交流会も実施しお互いの理解を深めた。
(写真)藁科学校給食センターの見城紳一所長(左)。この日は地元の赤カブが給食に出された。「子どもたちに地元の食材があることを知らせることで、子どもたちにも感謝の気持ちが生まれているのでないか」と話す。右は山川佳子栄養教諭。手にしているのが「パクパク給食おうえん隊」を子どもたちに伝えるための写真。
栄養教諭など給食センターの関係者が畑を訪問し、野菜づくりの現場を見学。農作業の苦労や計画したとおりに野菜の栽培ができるわけではないことなどを改めて伝えた。一方、佐藤さんたち農家の女性たちも給食センターを訪問、衛生管理に厳しくそれぞれに納入時間が細かく決められ、納入された食品のチェックと万一に備えた保存を毎日繰り返していることや、大量の給食づくりには大きさや形が不ぞろいの野菜はやはり扱いに困ることなど、現場の実態を知り理解を深めた。
こうした取り組みを経て、翌23年度にJAとして食材納入業者に登録。JAとして代金決済や事務手続き、給食センターとの連絡、調整などに関わり、女性部は改めて野菜などを納入する給食グループとして「パクパク給食おうえん隊」を組織した。地域の女性農業者グループや味噌やコンニャクづくりなどのグループ、JAの直売所「じまん市」出荷者など、総勢30名ほどがメンバーとなり、野菜などを納入している。
モデル事業ではわずか2品目の納入だったが、29年度には11品目、30年度は18品目にまで増えた。納入量も1500kgに迫る。ざっと品目を挙げると、サツマイモ、里芋、ジャガイモ、インゲン、オクラ、キュウリ、タマネギ、ナス、ニガウリ、手作りコンニャクなどで、6つの学校(4小学校、1中学校、1小中学校)と2幼稚園の約280名分の給食食材に使われている。
◆地元産に高い評価
こうした年間の野菜納入計画は給食センターとJA、そして佐藤さんらグループの中心メンバーが会議を開いて決める。給食センター担当の山川佳子・中藁科小学校栄養教諭は「身近な人が野菜を作ってくれているという理解が子どもたちに浸透しつつあります。種類もどんどん増え一時的ではなく、年間通して供給してもらっていることも知らせていきたいと思っています」と話す。
(写真)9月下旬に行った種まき
山川教諭が食に関する指導で各校を回るときに必ず持っていくものがある。それはパクパク給食おうえん隊のおもなメンバーの写真だ。大きく引き伸ばして、いつもみんなに見せて宣伝する。「知っている、あのおばさんだ!」と声が挙がったり、自分の祖父が写っていることに自慢げになる子もいるとか。
「とにかく新鮮で品質がいい。ずっと続けていってほしい」と話す。
ただ、学校給食事業では農産物は決められた通りに納入しなければならない。朝に納入するため収穫は前日か当日の早朝ということもある。
「朝、収穫に行ったらイノシシにやられて全部だめだったということも。本当に困りました」と佐藤さん。鳥獣害ではなくても天候不順が原因で出荷を予定していたメンバーから、明日は納入できそうにない、と急遽連絡を受けたこともある。慌ててJAに手配を依頼したり、今ではJAの直売所「じまん市」とも協力し、そんなアクシデントがあっても出荷対応できるような工夫も進めてきた。
納入は2か月前に量と価格を決めて見積もり書を出す。正直に言って、見積もり価格よりも納入時点で相場が上がっていれば市場や直売所に出したほうがよかったと思わなくはない。給食関係者のなかからは、こんなに品質がいいのにこんな価格でいいのかと思うという声もある。きちんと価値を評価した価格が地域の食材提供事業を持続させるためには必要だろう。
ただ、何よりも佐藤さんたちがこの取り組みを続けているのは子どもたちと一緒に給食を食べたとき、「おいしかった」と言われたことが忘れられないからだ。メンバーの一人、三浦恭子さんはジャガイモを納入した。「使っていただけるのはありがたい。自分の農産物に自信が持てます。学校給食に納入していると言えば、箔がつくという感じです」と話す。
(写真)学校給食に最初に提供したのはダイコン。子どもたちも農作業を体験。10月下旬の間引き作業
◆畑から教室へ 食と農 郷土の魅力を伝える
女性部が中心となって始めた地域の食と農を支える活動には、教育現場からの期待も高い。
中藁科小学校の片野秀樹校長は「地域の良さに気づき、関わる子」を目標に掲げる。
中山間地域の藁科地区は豊かな自然とともに、質のよい農産物とそれを作り続ける農家がいる。この学校給食への納入事業も、そもそも非農家の子どもたちにも「絶対においしい地元の野菜」(佐藤さん)を食べさせたいという気持ちから始まった。
片野校長の掲げる教育方針では「豊かな自然、誇れる特産物、地域のために活動する人々がここ藁科地区には存在する」と指摘している。"地域のために活動する人々"とは、まさにパクパク給食おうえん隊のことだ。しかし、今の生活が当たり前と思ってしまい、地域の自然や農作物が、地域の人たちが築き上げてきたこの地域の資源であることに気づきにくいのも事実。片野校長は総合学習の時間で「わらしな学」を推進するといい、それを通じて「子どもたちには地域の良さに気づき、地域を愛し地域を大切にできるように育ってほしい」と強調している。
地元の農産物を学校給食に提供しようと始まった活動は、それに取り組む人々の姿そのものが未来を担う子どもたちを育んでいく--。佐藤さんたちは給食センターやJAと連携をいっそう深め、これからも畑から教室へ地元野菜を届けていく。
(写真)ダイコンの収穫は1月
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