JAの活動:第65回JA全国青年大会特集
【レポート・JAいるま野東部後継者部会】落ち葉掃きは未来への富2019年2月18日
埼玉県三芳町を中心とした北武蔵野地域は、江戸時代から火山灰に覆われて痩せた土地に平地林を育て、その落ち葉から堆肥を作って土壌改良を行ってきた。急速な江戸の人口増加にともなう食料不足を背景に始まったこの落ち葉堆肥農法を今も継承しているこの地域は平成29年に日本農業遺産にも認定された。周辺の都市化が進むなかでも「未来への富」だとしてこの農法を礎に農業経営に取り組むのが、青年組織のJAいるま野東部後継者部会のメンバーだ。その思いを聞いた。
◆300年以上続く土づくり
埼玉県南西部から東京都にかけての武蔵野台地は北の入間川と荒川、南の多摩川にはさまれた水に乏しい地域である。都市化が進み、住宅や物流倉庫などに姿を変えてきているが、江戸時代に急速な人口増加を支える食料生産の場として開拓された歴史を持つ。
火山灰に覆われた痩せた土地でもともとは広大な萱野であり、周辺農村の飼料や肥料、燃料などための採草地として利用されていたが、利用権をめぐって争いも増えてきたため地域の訴えを受けて江戸幕府は川越藩の領地とし、1694年、藩主柳沢吉保が食料増産のために新田開発をしていくことになった。
(写真)左から高橋さん、林さん、中村さん、飯野さん
現在の三芳町と所沢市には上富、中富、下富の地名があるが、この3地域が開拓された「三富新田」であり、史料によると今のふじみ野市や川越市など近隣から移住した180軒で新しい村ができあがった。
青年組織であるJAいるま野東部後継者部会は91名。このうち三富新田の後継者たちは300年前に入植した先祖たちの末裔ということになる。部会長の高橋敦士さん(40)は11代目、部員の中村和輝さん(33)は7代目、林将嗣さん(34)は13代目だ。
受け継いできた土地は屋敷地と畑と平地林からなる。間口は40間(約72m)、奥行き375間(約675m)の短冊状の区画で1戸あたり約5haずつ配分された(左下図)。現在も道路に面した側が屋敷地であり、その奥に畑、畑の向こうに平地林が続く計画的な地割りであり、計画的な農村づくりだったことが分かる。風が強い地域で表土が飛ばされないよう畑の境には茶を植えた。それは商品作物にもなり今もこの地域には茶園がある。
平地林にはコナラやクヌギなどが植えられ、その落ち葉を集めて堆肥にし、それを畑に入れて土壌改良を行ってきた。洪水による栄養分の蓄積はなく、火山灰土で覆われた土地を農地に変えていくには落ち葉堆肥を定期的に入れて土づくりをしていくほかはない。今の農地は300年以上にわたるその積み重ねの結果だ。
◇ ◇
高橋さんたち後継者は家族とともに落ち葉掃きを続けてきた。ここでは平地林のことを「やま」と呼び、落ち葉掃きのことを「やまはき」ともいう。落葉樹の葉が落ちる11月から3月までの農閑期にこの作業を行う。黙々と落ち葉を集める。集めた落ち葉を農地の一角に集めて堆肥にする。
就農する前はみな「なぜ黙々と落ち葉を集めるようなことを自分のうちはしているのか」と思っていたという。目的は堆肥づくりをして地力を維持することにあるが、現代ではそれは地力維持に必須ではない。土壌改良をするならほかに方法はある。
しかし、どうして継続してきているのだろうか。高橋さんは「持続していこうという地域の空気があるからではないか」と話す。中村さん、林さんもそれを青年組織に属したことで感じているという。後継者部会として伝統的な農法を維持していくための特別な活動を何かしているわけではない。しかし、組織に参加することで地域とのつながりできる。先輩たちと知り合いになり、さまざまな相談を通じて、たとえば栽培のヒントなどももらったりする。こうしたつながりを通じて自分の地域のことが分からなければこの農法の意味や価値も分からないかもしれないという。
「毎年やり続けることが大事ですが、非効率な農法かもしれません。しかし、それがここで農業を持続させていくことになる。地域がばらばらになると守るべきものも守れなくと思います」と人とのつながりが重要だと高橋さんは強調する。
JAいるま野青年部出身で前全青協会長の飯野芳彦さんは川越市で営農しているが、三富地域と同様に自分も平地林を受け継ぐ。
飯野さんは「1年、やま(平地林)に入らなければ10年祟る、と祖母は言っていました」と話す。それは単に平地林が荒れてしまうということだけではなく、持続的な農業や地域での暮らしができなくなることへの先人の警鐘だろう。
中村さんも就農後、同じようなことを家族から聞かされてきた。「落ち葉からの堆肥づくりは、目先の利益や効率だけに走るな、ということだと言われました。先の世代の貯金を使っているということだとも思います」と話す。
◆市民も参加し農法維持
地域ではこだわりの土づくりから良質な農産物を作る努力を続けてきた。高橋さんは地域特産のサツマイモの生産が主力。販路は自宅前での庭先販売と生協と量販店のインショップなどで、父から経営を引き継ぎ、株式会社化した。「利益をしっかり出して経営を健全にしていくことが目標。経営を持続可能にしていくことがこの地域の農法も持続させることになると考えています」と意気込む。
林さんもサツマイモが主力。都市農業の強みを生かしてイモ掘り体験ができる観光農園として経営している。シーズンには近隣の駐車場が満杯になるほどの賑わいで子どもたちとの触れあいも楽しみだという。「農業を通してこの三芳町を発信していきたい」と話す。
中村さんは大根、ホウレンソウ、サトイモなど多様な野菜を栽培している。地域で出荷組合をつくり全量を量販店と契約栽培している。契約に応えるための栽培管理が大変だというが「産地として生産量がまとまる魅力はまだあると思う」と話す。伝統的な農法を続けるなかで若手農業者には高い技術が育っており、それをもっと知ってもられば都市近郊産地として食料供給を担えると考えている。
実はこの地域を含む周辺の農家には悔しい思いがある。20年余り前のダイオキシン問題での風評被害だ。中村さんは「父が、これでもう何を作ってもだめだ。農業をやめなければならないと話していた」ことを覚えている。学生だった高橋さんはテレビ局に抗議の電話をかけた。飯野さんは出荷に行くと「持ってくるなと言われた」とそのときの衝撃を話す。
問題の一端は相続にもあった。次世代に引き継ぐために平地林を売却しなければならない現実があり、そこにごみ処分の業者が入り、東京で処理できなくなったごみを低温で焼却した。この問題をきっかけにごみ焼却炉問題がクローズアップされ規制が強化されることになるが、風評被害に農家は打撃を受けた。江戸時代から続けてきた循環型農業のまさにその場を現代社会の矛盾が直撃したともいえる。
ただ、このとき地元産野菜を買い支えたのは地域だった。これをきっかけに地域内への販売に農家が目を向けていったことも事実だ、と飯野さんは振り返る。
(写真)短冊状の区画が続く三富新田(写真提供:三芳町)
日本農業遺産に認定された落ち葉堆肥農法には、自然との触れ合いや農業への関心の高まりから、落ち葉掃きに参加する市民も増えてきた。市民が江戸時代からの農法を支えている面もある。
しかし、高橋さんは「やはり農家であるわれわれが続けていくことに意味がある。そのためにもしっかり農業で生活できることが大事」と話す。仲間たちそれぞれが作物や販売ルートに創意工夫を重ね、農業者として地域で生きていく。
飯野さんは落ち葉農法について「現在の農地から得られる富は先人たちの蓄積。現在の農地への施しは未来の富のため」であり、「世代を超えた協同」がここにあると仲間たちにも発信している。
(関連記事)
・【提言・若き農業者へ】外に開いた活動で農村地域の未来を【金子勝・立教大学大学院特任教授】(19.02.15)
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