JAの活動:食料・農業・地域の未来を拓くJA新時代
【鼎談 中野剛志氏・冨士重夫氏・谷口信和氏】グローバリズムの終焉 始まる農業の新時代(1)2019年7月25日
・JAグループに望むこと
政府主導のグローバリズム政策のもと、「改革」の名により農業・農協は〝解体的〟改革を迫られている。本当にこの道しかないのか。日本の農業の行方、それに対する農業協同組合の役割と責任は何か。評論家の中野剛志氏、元JA全中専務(現在、蔵王酪農センター理事長)の冨士重夫氏、それにコーディネーターとして東京大学名誉教授の谷口信和氏を加え、ディスカッションする機会をつくった。
左から中野剛志氏、富士重夫氏、谷口信和氏
◆リーマンショック機にエリートへの不信高まる
谷口 いまの日本の政治は極端な官邸指導で、政府職員や民間の情報がまったく活かされていません。それが綻びて膿を出しているにもかかわらず政治、経済、外交でまともな成果がないまま突っ走っています。他方で、一定の内閣支持があり、国民がついていっています。これはいったい何なのか。その中で農業の問題も考えたい。
農協はたたかれていじけている印象ですが、たたかれる側に正義があるとすれば、そう簡単には屈しないぞというという根性が必要です。グローバリズムの今日的状況と、綻びをみせているにも関わらず、それでも日本は突っ走ろうとしています。そのギャップをどうみますか。
中野 グローバリズムが転機になったのはリーマンショックです。1929年の世界恐慌以来といわれていましたが、まさにその通りになりました。世界恐慌のときもそうですが、一挙に金融危機が広がると、当然、自国中心になります。一番ダメージを受けるのは地方であり、中低所得者層です。
従って、グローバリズムの失敗で一番酷い目にあう人を守るには、グローバル化の悪影響を遮断し、国民を保護する政策に切り替える必要がありました。ところがリーマンショックの後、各国は一時的にその動きが見えたものの、結局やめてしまいました。
グローバリズムが順調だったかに見えた1990、2000年代前半のアメリカでは、格差が大きく拡大しました。これはリーマンショックの後のオバマ大統領の時も縮まらず、ウォール街の金融機関の力はさらに強くなりました。いまトランプ大統領がアメリカファーストを唱えていますが、オバマは2008年の大統領選ではトランプと同じような主張をしていました。しかしオバマは、大統領になっても結局は格差是正をしませんでしたので、中低所得者層、労働者層の怒りが民主党政権に向いたのです。
中野剛志氏
(なかの・たけし)
1971年神奈川県生まれ。
東京大学教養学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。2012年春まで京都大学大学院工学研究科に出向し准教授を務めた。著書に『TPP亡国論』(集英社新書)など。
アメリカの民主党のエスタブリッシュメントやエリートが、グローバリズムで行け行けとなって、グローバリゼーションに乗り遅れた人たちに配慮しませんでした。エスタブリッシュメントやエリート層への不信が高まり、トランプの言っていることが本音であるように見えました。トランプの主張はでたらめですが、その支持者には同情の念を禁じ得ません。民主党のエリートもでたらめをいっていたのだからトランプ的なものが出てくるのは必然でした。
ブレグジット(イギリスのEU離脱)も同じことが言えます。移民を自由化して労賃が上がらないことへの反発がありました。あれも一部のエリート層が恩恵を受け、一般国民に背を向けたことへの反発です。フランスの黄色いベスト運動も同じ、それがいまの世界の流れです。
ただ、日本だけは違った動きで、リーマンショックの前からデフレで経済成長せず、むしろ経済は縮小一方でした。するとどうなるか。経済が成長しているときは自分の取り分が大きくなりますが、成長しないときは人の取り分を奪わなければなりません。利益の奪い合いが始まり、それをごまかすためルサンチマン(恨み)に火をつけ、「改革」の名を使って敵を探すことになりました。
平成の時代は自民党が悪い、そのあと官僚、銀行、郵便局、電力たたきときて、最後に農協と、敵をつくってきました。守る必要があって守ってきたものを、既得権益と呼んで因縁を付けたたく。しかし官僚や郵便局がたたかれたとき、JAや農家は賛成するか、あるいはそれに関心を持ちませんでしたよね。
◆貧困層がレイシズムへ 左右が割れて四分五裂
中野 敵をつくると政権の求心力が働きます。政治もすっかりそのくせがついてしまいました。そのとき、みんなで乗り越えようとするのではなく、誰かをたたけば自分はよくなると考えた。それが日本の「失われた20年」になったのです。
リーマンショックの後、これからはもう経済が伸びないことは分かっていました。だからトランプのアメリカファーストが出たのは当然です。アメリカは輸出を伸ばして国内の雇用を確保しようとしました。それは輸出先の雇用を奪うことでもあり、オバマはTPPでそれを上品にやり、それでは食い足りないトランプは二国間で露骨にやろうとしているのです。
谷口 貿易で帳尻を合わすのは、ほとんどモノの貿易です。しかし今日のグローバリズムは金融の世界です。金融の流れがモノの貿易と乖離しており、アメリカファーストはそこで発生した問題だと思いますが、実物経済で帳尻が合わなくなったところに問題があるのではないでしょうか。
中野 実物は、それが直接雇用を生み出すので分かり易い。だが金融の動きは複雑で見えにくい。リーマンショックまでは、わりと金融が動いていましたが、背後に大きな勢力としてあるにせよ、リーマンショックの後は金融も肥大化したまま動かなくなってしまった感じです。
一方で、金融資本主義で起こったリーマンショックですが、その後、金融のウエートを小さくしようという考えはまったくみられません。これはウォール街が完全にワシントンを乗っ取っているということです。2010年にアメリカの最高裁が、企業の政治献金の上限は憲法違反だと言う判決を出しました。その結果、もう金持ちの支配を止められなくなったのです。もはや格差是正とか、金融規制とかはできない状況です。
谷口 そういう構造は彼らに意識の面で共有されつつあります。ただやっかいなのは、それに反発する人が極端なレイシズム(人種差別)になっていることです。なぜレイシズムが復活したのでしょうか。
中野 残念ながら、人間は追い込まれて合理的に助けてもらえないと、生き残るため、非合理な方法に走らざるをえなくなります。やっかいなのは、リベラルなエリートは、レイシズムはいけないと言っても、所得格差については、これを是正しようとしないことです。従って、ますますエリートが信用されなくなります。低所得者や失業した白人労働者のことを誰も考えない。それが恨み辛みとなって蓄積しているのです。そのようにしたエリートの責任は大きい。
谷口信和氏
(たにぐち・のぶかず)
1948年東京都生まれ。
72年東京大学農学部卒業後、名古屋大学助手、愛知学院大学助教授、東京大学農学部教授等を経て、96年東京大学大学院教授。12年東京大学名誉教授
谷口 グローバリズムについては、それが一般に悪いという見方と、そうではないが人がついていける範囲を超えたという見方があり、そのギャップが大きい。グローバリゼーションそのものは16世紀から続いています。
中野 1950~70年代の西側世界はグローバル化を止めていました。むしろ19世紀末の方が交通、電信、電話の普及によるコミュニケーションとかトランスポーテーションのシステムが発達しました。他方、20世紀末以降は、インターネットなどで情報や知識はグローバル化しました。しかし近年、ヒト、モノそのものの動きはむしろ鈍化しています。海外を理解することと、ヒト・モノ・カネの経済がグローバルに自由に動くこととは別の問題です。情報や知識は土地を越えられますが、人の生活は土地を越えられません。そこに人間の本質があるのではないでしょうか。それを軽視して、世界のどこにでも住める、ふるさとは関係ない、それがグローバリゼーションだと言うと、おかしなことになるのではないでしょうか。
谷口 地理上の発見などは単純に続いているのではなくジグザグに進んできているのですが、それに合わせたヒト・モノ・カネの動きはそれほどでもありません。人々の意識とお金の流れにずれがあるということですね。その点で、例えば反トランプで大統領選に名乗りを上げたサンダースはどのような影響をおよぼすでしょうか。
中野 面白いことに、トランプとサンダースは右と左の対極にあるように見えますが、TPP反対などは共通しています。イデオロギーで右翼・保守に対して左翼・リベラルとする2つの陣営の対立といっても、それぞれの陣営がグローバリズム賛成と反対の2つに割れています。党は2つなのに、勢力は4つに割れているという構造があります。
イギリスのブレグジットも同じで、保守党のなかでもEUの残留組と離脱組、労働党も主流と反主流があり、国論が2分でなく4分しています。フランスも反マクロンの黄色いベスト運動の支持者はルペン支持者が4割、メランション支持者が2割というように割れていて、どの政党も主流になれない状態です。日本だけがなぜか違う動きですが、いま世界中でこうした4元構造になっているのです。
谷口 こうした政治、経済の危機とその解決が、われわれの日常生活になかなかつながらない点がありますが、いま実物経済がどうかということが重要になっていると感じます。例えばアメリカのラストベルトで働く人にとっては、そこの産業をどうするかが重要であって、トランプはそこへ貿易を絡め、具体的な政策を示しました。抽象論でなくリアリティがあります。
一方、日本でも、農業の農福連携のように、右、左関係なく重要だという意識が広がりつつあります。地域でも農村回帰などの流れが出ていますが、それが必ずしも全体で共有されてはいません。宮城県の蔵王で、酪農の現場で仕事をされていてどう思いますか。
冨士重夫氏
(ふじ・しげお)
1948年東京都生まれ。
77年中央大学法学部卒業後、全国農業協同組合中央会入会。常務理事、専務理事を経て、2017年一般財団法人蔵王酪農センター理事長
冨士 農業・協同組合陣営で生きてきた者として思うのですが、グローバリズムがもたらした格差拡大、環境破壊、非正規労働者の増大、不公平の拡大など負の遺産を踏まえ、国連は2012年の国際協同組合年、その後のSDGs、家族農業年など、「競争から協同」、「成長から持続」へと、これまでの価値観や社会経済システムの転換を訴えてさまざまな発信をしてきています。
いまや世界の潮流です。その中で日本の政権だけがスマート農業とか、輸出・攻めの農政とかいって、協同組合や農業の持続性などにほおかむりして、異様ともいえる成長戦略をとっています。
TPP、EPAを推進するために食料自給率38%のわが国が輸出や成長戦略、強い農業だと言っているのが今の政権です。現場からみると全くずれています。輸出で元気にはなるかもしれませんが、それで儲かるとか生産拡大できるとかはありえません。
一方で、国内の農業は高齢化し後継者不足です。そして決定的なのは、それによる生産基盤の弱体化・脆弱化です。みんな10年先を心配していますが、地域農業を維持発展させるための具体的な解決策を誰も提案していません。
野菜や肉は国産が優れており、高くても国産をという消費者がいますが、チーズなど乳製品は、国産がいいという人は少ないでしょう。ヨーロッパやニュージランド産に比べて価格も高く、品質も外国産に比べて優れていると評価されているわけではありません。そこに大きな危機感があります。人口が減少し、牛乳の消費が減るなかで、乳製品の需要はこれから増え、そこに酪農の活路があるのですが、縮小する飲用は国産で、乳製品は輸入というのでは日本の酪農の発展はありません。乳製品も国産でという姿勢に変えないと、将来の酪農確立を図ることはできません。
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