JAの活動:ここまで落ちた食料自給率37% どうするのか この国のかたち
「食料自給率」向上は「国家安全保障」に必須【藤井聡・京都大学大学院教授】2019年10月9日
わが国のカロリーベース食料自給率は史上最低の37%まで落ち込んでしまった。私たちは食料を海外に6割以上も依存していることになる。大きな要因が農業生産基盤の弱体化であり、農村地域の危機である。それはこの国のかたちにも関わる問題である。たんなる農業振興の方策ではなく、この国で人々が持続的に暮らしていくための視点を持って考えなければらないと考え、この特集を企画した。
第2回は、藤井聡京都大学教授に寄稿していただいた。
あらゆるインフラは、私達の社会、経済、暮らしを支える極めて枢要な役割を担うが、「食」に関するインフラ、つまり「食産業インフラ」は、それらの中でもとりわけ重要だ。日本経済がどれだけ疲弊しようが、エネルギーの輸入が途切れようが、食料さえ自給できていれば、とりえず生きて行くことができる一方で、どれだけ経済が強くても、食料が途絶えれば国民は生きて行くことすらできなくなってしまうからだ。
かくして、「食料安全保障」、そしてそのための「食料自給率」の向上は、我が国における枢要な国家政策に位置づけられているのである。
しかも、仮に海外から食料を輸入可能な状況が持続できたとしても、莫大なカネを、食料輸出国に支払い続ける状況を回避することはできない。そしてそれは、日本経済に巨大なデフレ圧力をかけることとなり、経済を激しく疲弊させることとなる。しかも特定の外国から「食料を買い続けなければならない」という事態は、当該国との外交における大きな弱みとなる。
つまり、食料自給率が低ければ、(1)国民の健康と生命が守れなくなるリスクを負うばかりで無く、(2)持続的な海外への支出拡大とそれを通した日本のデフレ不況拡大の巨大リスクを負っていると同時に、(3)海外の食料供給国達に将来日本を脅すのに使えるかもしれない巨大な「外交カード」をタダで配り歩いていることになるのである。こうした理由から、食料自給率問題はあらゆる国家において、安全保障の根幹を成す問題と位置づけられているのである。
◆政府の「無為無策」 下げ続けの最大要因
この様に、食料自給率の向上には、有事/平時を問わず重大な意味を持っている。しかし、驚くべき事に今、政府はこの食料自給率を上げるどころか、引き下げさせる巨大な圧力をかけ続けている。
TPP、日欧EPA、そして、実質的な日米FTAだ。
これらの自由貿易協定によって、国内農家は激しい国際競争に晒される。それを通して、日本国内の農業が諸外国との農業との競争で打ち勝つことができるのなら、そうした自由貿易協定を通して食料自給率は下がるどころかさらに上がることになるだろう。なぜなら、内需のみならず外需も獲得可能となった国内農家は、より大きな収益を上げる事に成功し、賃金が上昇、それを通して農業従事者は増え、各農家においてもさらに投資が進み生産性、生産量ともに増進するからだ。
しかし、我が国日本の農家は、欧米諸外国との競争において勝利を収めることは絶望的に難しい。それは、日本の農家の能力が低いからではない。それは偏に、日本政府の「無為・無策」が原因なのだ。
農業産出額に対する政府の農業予算の割合と(2005年)
食料自給率(カロリーベース、2011年)
図1をご覧頂きたい。
このグラフは、日本、イギリス、フランス、スイス、米国の食料自給率と、農業出荷額に対する政府支出の割合だ。ご覧の様に、米国やスイスは、農業産出額の年間総額に対して、実に6割以上もの水準の農業予算を政府が支出している。イギリスやフランスにおいても、その割合は4割以上となっている。つまり、農業という産業は、半分前後が「国費」によって支えられているのであり、要するに農業は半分程度は「政府事業」なのであり農業従事者は半分程度は「公務員」のような立場にあるというのが一般的な先進諸国の常識なのである。
ところが、我が国の農業算出額に対する政府支出は、僅か「27%」しかない。それは英国、フランスの3分の2、スイスや米国の4割程度という貧弱な水準だ。
それだけ貧弱な政府支援しかなければ、食料自給率が低くなるのも当前だ。図1に示した様に、我が国の自給率(カロリーベース)は僅か4割。これは、これら諸外国の中でもとりわけ自給率の低い(アルプス山中のため農地を作りにくい)スイスと比べても7割程度、英国に比べれば約半分、フランスや米国と比べれば3割程度しかない。
そして、こうした日本の食料自給率の「低さ」は、TPPや日米FTA等による自由貿易の加速によって、さらに激化することは必至だ。諸外国の農家は政府から大量の資金的援助を受けている一方で、日本の農家は諸外国よりも圧倒的に低い資金的援助しか受けていないからだ。つまり諸外国の政府は、農家を資金的に支援し、競争力を強化させた上で、自由貿易競争という競技場(アリーナ)に送り込んでいる一方、我が国日本の政府は、さして支援し、競争力を強化しないままに、自由貿易競争のアリーナに自国農家を送り込もうとしているのである。そして彼らは、自由競争で敗れ、廃業していく農家達に対して、それがグローバル社会における必然的帰結であると見なしている。そして、そんな競争下でも勝利した一握りの農家を褒めそやし、これこそが新しい時代の農業の在り方だ、とうそぶくのである。
少々極端な言い方をすれば、その日本政府の姿はほとんど、先の大戦でガダルカナルやペリリューで、重戦車や重機関銃で武装した米軍に向けて、小火器しか持たない兵隊達に突入を命ずる上官のようなものなのである。勝ち目の無い戦いを無理強いしても、玉砕するのが関の山なのであり、したがって、日本の農家は政府が進める自由貿易を通して衰退し続けていくのは必至なのである。
今の日本政府の農家に対する態度は左程に、残酷で残忍なものなのである。
◆農業協同組合の強化と種子法の復活を
以上の議論をまとめれば、次のようになる。
食料自給率の向上は、日本の経済成長のためにも、安全保障の観点からも極めて重要な国家的課題である、したがって、日本以外の先進諸外国では、食料自給率の向上を企図して、豊富な国費を投入している。ところが我が国日本は、諸外国に比して低い水準の国費をしか農業に投入していない。しかも愚かな事に、そのような状況下であるにも関わらず、自由貿易を加速してしまっている。そうなれば必然的帰結として今、我が国の食料自給率は低い水準に留まり、そして今後、さらに低下していくことになる。
つまり我が国政府は、食料自給率を下落させ、日本経済をさらに悪化させ、国家安全保障を悪化させる政治を、自らの取り組みを通して推進してしまっているのである。
しかも、政府が進めている「安全保障の毀損」「経済悪化」は、「緊縮」プラス「自由貿易推進」だけではない。
農業の発展にとって必須である農家の協力体制をさらに弱体化させるような農協改革を進めている。さらには、日本の農業の国産化において何よりも大切であった法制度の一つである「種子法」を解体してしまった。それを通して、日本の農業はさらに弱体化し、外資の影響力をさらに強化してしまった。
こうして我が国の農業は「風前の灯」のような状況に追い込まれてしまっている。そしてそれは、繰り返すが日本の貴重な所得を諸外国にばら撒くことを通して経済低迷圧力を強化させており、かつ、安全保障を悪化させるという事を通して、日本の農家が苦境に立たされるのみならず、全ての国民の利益が激しく毀損する事態を招き続けているのである。
こうした状況を如何にすれば改善できるのであろうか--。
この点については、筆者は、本稿に記述した状況認識を、一人でも多くの国民に認識していただくことが何よりも大切であると考えている。曲がりなりにも民主主義国家である我が国において政治の転換を果たすのならば、国民認識が正しき方向に改定することを企図する以外に道はないのだ。
無論その道は長く険しい。
しかし、その道の険しさに我々がたじろぎ、無為無策を続けてしまえば、事態はさらに悪化していく他ない。不可能とも思えるその世論改定に向けた長く険しい道に踏み出す以外に、我が国の農業が救われ、我が国が当たり前の先進国家として発展していく道は、やはり無いのである。
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